第十六話 海を渡る朝
出発の日の朝。
祭りが終わって三日。
集落は再び静けさを取り戻していたが、その静けさは以前とは違っていた。
どこか明るい。
どこか温かい。
そんな静けさだった。
◇
「本当に行くんじゃな」
守屋清治が言う。
蒼真は頷いた。
「はい」
「神代の鍵のこともありますし」
「それに」
広がる海を見る。
「知りたいんです」
◇
なぜ自分が勾玉に選ばれたのか。
なぜ神々の声が聞こえるのか。
祖母が何を知っていたのか。
神代の航路とは何なのか。
知りたいことが増えていた。
◇
清治は笑った。
「若い頃はのう」
「知らんことを知りたいと思った」
「年を取ると」
「知っとることを守りたくなる」
「祭りを復活させてくれてありがとう。」
その言葉は温かかった。
◇
集落を出るとき、
祭りで一緒だったみんなが見送ってくれた。
「ありがとう」
「また来てね」
「おねえちゃん、また鬼ごっこしようね」
みんなの笑顔がうれしかった。
◇
蒼真たちは一度凪島に帰ることにした。
帰りのフェリーの中、
潮はいつまでもうれしそうだった。
「祭り、続くといいね」
「続くさ」
蒼真も陸もうれしかった。
◇
翌日、
荷物の準備をして凪島の港に向かうと
港では陸が騒いでいた。
「潮!」
「荷物多くないか!?」
「普通だよ」
「普通じゃない!」
潮の旅行鞄は明らかに大きかった。
◇
「何が入ってるんだ?」
「着替え」
「そんなに?」
「着替え」
「絶対嘘だろ」
蒼真が苦笑する。
旅が始まるというのに。
いつも通りだった。
◇
船が港を離れる。
ゴォォ……
エンジン音。
白い波。
少しずつ遠ざかる凪島。
蒼真は甲板に立っていた。
◇
祖母の家。
神社。
港。
全部が小さくなっていく。
◇
「寂しい?」
隣に潮が来る。
蒼真は少し考えた。
「少しだけ」
「でも」
笑う。
「帰ってくる場所だからな」
潮も嬉しそうに笑った。
◇
昼前。
船は淡路島へ近づく。
海が広い。
いままで見ていた海とは違う気がした。
もっと大きく。
もっと遠くまで続いている。
◇
その時。
蒼真の勾玉が微かに光った。
海の上。
誰にも見えない光の線が伸びている。
まるで道のように。
◇
「潮」
「見えるの?」
潮は真剣な顔になる。
「うん」
「神代の航路」
◇
光の線は海の上を走っている。
島から島へ。
神社から神社へ。
まるで瀬戸内全体を結ぶ網のようだった。
◇
「昔は全部繋がってたんだ」
潮が呟く。
「人の祈りで」
「神様だけじゃない」
「人も一緒に作った道」
◇
蒼真はその光景を見つめる。
消えかけている線。
けれど完全には消えていない。
まるで希望のようだった。
◇
午後。
淡路島へ到着する。
港は凪島よりずっと大きかった。
観光客もいる。
車も多い。
賑やかだ。
◇
「おおー!」
陸が早速はしゃぐ。
「島なのに都会!」
「失礼だろ」
「前来た時もこんなに都会だったっけ?」
蒼真が呆れたが、
陸がはしゃぐのもわかる気がした。
◇
その時。
人混みの向こうに。
一人の少女が立っていた。
高校生くらい。
長い黒髪。
白いワンピース。
こちらをじっと見ている。
◇
蒼真と目が合った。
少女は驚いたように目を見開く。
そして。
小さく呟いた。
「……神守?」
◇
次の瞬間。
少女の姿は人混みの中へ消えていた。
蒼真は立ち尽くす。
今の言葉。
聞き間違いではなかった。
◇
「どうした?」
陸が聞く。
「いや……」
蒼真は人混みを見る。
もう少女の姿はない。
◇
だが。
胸騒ぎがした。
この旅で初めて出会う。
自分たち以外の"神の世界に関わる者"。
そんな予感がしていた。




