第十五話 神代の鍵
祭りが終わった。
それでも人々はすぐには帰らなかった。
境内には笑い声が残っている。
久しぶりに再会した者同士が語り合い。
子どもたちは最後まで走り回っていた。
春の夜は穏やかだった。
◇
蒼真たちは神社の石段に腰掛けていた。
祭りの余韻がまだ残っている。
「終わったな」
陸が空を見上げる。
「疲れた」
「途中から綿あめしか食べてなかっただろ」
「それは潮だ」
「……二つしか食べてない」
「五つだぞ」
潮が目を逸らした。
◇
その時だった。
神の泉の方向から再び光が立ち上る。
昼間よりも強い。
夜空へ伸びる白銀の柱。
まるで星へ届こうとしているようだった。
◇
「来るぞ」
潮が立ち上がる。
その表情は真剣だった。
蒼真と陸も頷く。
三人は祭りの神を伴い、裏山へ向かった。
◇
神の泉。
水面は鏡のように澄んでいる。
そして中央には。
あの神札が浮かんでいた。
神代文字が淡く光っている。
◇
「……」
潮が息を呑む。
普段は冷静な彼女が珍しく緊張していた。
「知ってるのか?」
蒼真が尋ねる。
潮はゆっくり頷く。
「伝承だけ」
「神様たちの間でも昔話みたいなもの」
◇
「神代の鍵」
その名を口にする。
泉の水面が波紋を広げた。
「神代と今を繋ぐ道標」
「道標?」
陸が首を傾げる。
「昔、この海には神々の航路があった」
「航路?」
「うん」
潮は瀬戸内の方角を見る。
◇
「国生みの後」
「神々は島々を巡った」
「人々の祈りを見守りながら」
「その道が神代の航路」
蒼真は静かに聞いていた。
◇
「でも人が忘れていくにつれて」
「航路も失われた」
「神社や祭りだけが断片として残った」
◇
その瞬間。
神札が強く光る。
眩しい光。
泉の上へ文字が浮かび上がった。
誰も読めないはずなのに。
蒼真には意味が分かった。
◇
『最初の欠片は始まりの島に眠る』
『国生みの記憶を辿れ』
◇
光が広がる。
そして。
瀬戸内海の地図が現れた。
無数の光点。
島々。
神社。
祭り。
それらが線で結ばれている。
◇
しかし。
ほとんどの線は途切れていた。
消えかけている。
ただ一つ。
強く光る場所があった。
淡路島。
その北部。
◇
「ここだ」
潮が呟く。
「最初の場所」
祭りの神が頷く。
「始まりを知るなら、まずそこへ行くべきじゃろう」
◇
蒼真は光を見つめる。
不思議だった。
少し前まで、自分はただの中学生だった。
東京で暮らしていた。
神話なんて遠い昔話だった。
なのに今は。
神代の旅路の入り口に立っている。
◇
「行くか?」
陸が笑う。
「聞くなよ」
蒼真も笑った。
「行くだろ」
◇
潮も小さく微笑む。
月明かりが銀色の髪を照らしていた。
「次はここ淡路島」
「国生みの神々の足跡を追う旅」
◇
風が吹く。
泉の水面が揺れる。
その奥で。
誰かが見ている気配がした。
とても遠くから。
とても古い時代から。
◇
神札の裏面に。
新たな文字が浮かび上がる。
蒼真だけが読めた。
八つの欠片が揃う時
失われた航路は再び開く
八つ。
つまり。
旅はまだ始まったばかりだった。




