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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第一章 春、海を渡る

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第十四話 春迎えの祭り

祭りの朝は早かった。


 まだ空が薄青い頃から。

 神社には人が集まり始めていた。 


 境内を掃く人。

 幟を立てる人。

 屋台の準備をする人。

 神輿を運び出す人。


 皆の顔には疲れよりも笑顔があった。


 ◇


「おお……」

 蒼真は鳥居の前で立ち止まった。

 数日前とは別の場所のようだった。 


 静かだった神社。

 誰もいなかった境内。

 それが今は人で溢れている。

 子どもたちの声。

 太鼓の音。

 笑い声。


 春の風に乗って広がっていく。


 ◇ 


「戻ったな」

 陸が言う。


「うん」

 蒼真は頷いた。


 祭りそのものが戻ったというより。

 人が戻ったのだ。 


 ◇ 


 午前中。

 神事が始まる。

 祝詞が響く。

 参列した人々が静かに頭を下げる。 


 その姿を見ながら。

 蒼真はふと思った。

 神様を信じているかどうかは関係ないのかもしれない。 


 感謝したい。

 願いたい。

 大切な人の幸せを祈りたい。

 その気持ちこそが神事の始まりなのだと。


 ◇ 


 昼になる。

 屋台が並ぶ。

 焼きそば。

 たこ焼き。

 綿あめ

 リンゴあめ


 子どもたちは大はしゃぎだった。

 潮もなぜか綿あめを持っていた。 


「何それ」

「もらった」

「三つ目だぞ」

「……そうだっけ」


 神様でも甘いものには弱いらしい。 


 ◇ 


 午後。

 神輿が鳥居の前へ運ばれる。

 集まった人々が見守る。


 守屋清治もいる。

 正樹たちもいる。

 集落を離れていた人たちもいる。


 そして。

 祭りを知らなかった子どもたちもいる。 


 ◇ 


「せーの!」

 掛け声が響く。

 神輿が持ち上がる。

 歓声が上がる。


 清治の目から涙が零れた。

 誰にも気づかれないように拭う。 


 だが。

 蒼真は見ていた。


 ◇ 


 神輿が集落を進む。

 太鼓が鳴る。

 人々が続く。

 家々の前で手を振る人たち。

 懐かしそうに眺める老人たち。

 子どもたちの笑顔。 


 ◇ 


 その時だった。

 蒼真の勾玉が強く光る。

 世界が揺らぐ。 


 ◇ 


 神輿の周囲に。

 昔の人々が現れる。

 百年前の子どもたち。

 五十年前の若者たち。

 祭りを守ってきた人々。

 皆が笑っている。

 今の人たちと重なるように。


 ◇ 


 蒼真は息を呑む。

 祭りは消えていなかった。

 受け継がれていた。

 見えない場所で。

 人の記憶の中で。 


 ◇ 


 神社へ戻る頃には。

 空が夕焼けに染まっていた。


 最後の神楽が始まる。

 舞台には若者たち。

 何十年ぶりかの奉納神楽。 


 ぎこちない。

 完璧でもない。

 それでも。

 誰もが見入っていた。


 ◇ 


 そして。

 舞が終わる。

 静寂。


 その次の瞬間。

 境内を柔らかな光が包んだ。 


 ◇


 社殿の前。

 祭りの神が立っていた 


 今度は少年ではない。

 若い神の姿。

 白い装束。

 春風をまとったような神気。 


 ◇ 


 もちろん誰にも見えない。

 だが。

 皆どこか嬉しそうだった。

 理由は分からなくても。

 何かが戻ったと感じていた。


 ◇ 


 神は境内を見渡す。

 人々を見つめる。


 子どもたち。

 若者たち。

 老人たち。

 そして蒼真たち。


 ◇ 


「ありがとう」

 静かな声だった。

 神様らしくもない。

 ただの感謝。 


 それだけだった。 


 ◇ 


 その瞬間。

 神社の奥。 


 遥か昔から閉ざされていた神の泉の方向から。

 眩い光が天へ昇った。

 誰もが空を見上げる。 


 夕焼けの空を貫く一本の光。

 まるで何かが目覚めたように。


 ◇ 


 潮の顔色が変わる。

 蒼真の勾玉も震えている。


「蒼真」

「分かってる」


 祭りは取り戻した。

 人々の想いも繋がった。 


 だからこそ。

 眠っていた神代の記憶が目覚めたのだ。


 ◇ 


 祭りの神は光を見つめながら微笑む。 


「ようやくか」 


 その言葉には。

 長い長い時を待ち続けた者だけが持つ響きがあった。 


 春迎えの祭りは終わった。 


 だが。

 蒼真たちの旅は。

 ここから本当に始まろうとしていた。

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