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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第一章 春、海を渡る

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第十二話 神輿蔵の灯

祭りまであと二日。

 

 夕暮れの神輿蔵には明かりが灯っていた。

 昔は当たり前だった光景。

 

 

 だが今は違う。

何年ぶりかに戻ってきた賑わいだった。

 

 ◇

 

 ガリガリ――

 神輿の金具を磨く音が響く。

 

「おーい蒼真」

「そっち持ってくれ」

「はい」

 蒼真は木材を受け取る。

 神輿の一部を補修しているらしい。

 神輿は思った以上に傷んでいた。

 

 それでも。

 皆の手は嬉しそうだった。

 

 ◇

 

「懐かしいなぁ」 

 正樹が笑う。

 

「昔は祭り前になると毎晩ここだった」

「怒られたな」

「神輿で遊んで」

「お前だけじゃ」

 周りが笑う。


 蒼真はそんな様子を見ながら思う。

 これはただの作業じゃない。

 

 思い出を取り戻している時間なんだ。

 

 ◇

 

 一方その頃。

 境内では潮が子どもたちに囲まれていた。

 

「お姉ちゃん!」

「鬼ごっこ!」

「え?」

「やろう!」

 

 ◇

 

 十分後。

「ま、待って……」

 潮は石段に座り込んでいた。

 息が上がっている。

 子どもたちは元気いっぱいだ。


「弱い!」

「弱くない!」

「弱い!」

 蒼真は遠くから見て吹き出した。

 神様なのに。

 子ども相手に負けている。

 

 ◇

 

 その横で。

 陸は神輿を担ぐ練習をしていた。

 

「せーの!」

 男たちが神輿を持ち上げる。

 

 ドシッ。

「重っ!」

 陸が叫ぶ。

 皆が大笑いした。

 

「昔はもっと軽かった気がする!」

「それはお前が若かったからじゃ!」

 

 ◇

 

 数分後。

 陸は腰を押さえていた。

 

「終わった……」

「まだ祭り前だぞ」

 蒼真が呆れる。

「神輿なめてた……」

 

 ◇

 

 夕日が沈み始める。

 神輿蔵の中は黄金色に染まった。

 

 その時だった。

 蒼真の勾玉が光る。

 

 ふと振り向く。

 神輿の向こう。

 誰かがいた。

 

 ◇

 

 子どもたちだった。

 昔の祭りの子どもたち。

 裸足で走り回り。

 笑いながら神輿を囲んでいる。

 

 その後ろには若い頃の清治。

 さらにその後ろには。

 

 もっと昔の人たち。

 

 ◇

 

 何十年。

 何百年。

 受け継がれてきた人々。

 

 その姿が一瞬だけ重なって見えた。

 

 ◇

 

「蒼真?」

 潮の声で幻は消える。

「また見えたの?」 

 蒼真は頷いた。

「うん」

 

「この神輿」

「ずっと覚えてる」

 

 ◇


 潮は神輿へ手を伸ばす。

 優しく撫でる。

 

「そうだね」

「人より長く生きてるから」

「忘れないんだ」

 

 その声はどこか寂しかった。

 

 ◇

 

 夜。

 作業が終わる。

 

 皆が帰り支度を始める中。

 守屋清治だけが神輿蔵に残った。

 

 蒼真は気になって後を追う。

 

 ◇

 

 神輿の前。

 清治は静かに立っていた。

 

 誰もいない。

 神輿だけがある。

 

「清治さん?」

 声をかける。

 

 老人は振り向かなかった。

 

 ◇


「わしの父親ものう」

 ぽつりと言う。

「祭りが好きじゃった」

 蒼真は黙って聞く。

 

「祖父も」

「曾祖父も」

「代々世話役じゃった」

 

 ◇

 

 清治は神輿に手を置く。

「今年で終わると思っとった」

「本当に」

 その声が少し震える。

 

「すまんかったな」

 誰に向けた言葉か分からない。

 

 神様か。

 先祖か。

 祭りそのものか。

 

 ◇

 

 その時。

 蔵の入口から風が吹いた。

 

 カラン――

 どこかで鈴が鳴る。

 

 蒼真は振り返る。

 

 そこに。

 小さな祭りの神が立っていた。

 以前よりずっと大きくなっている。

 十歳くらいの子どもの姿だ。

 

 ◇

 

 神様は笑っていた。

 優しく。

 とても優しく。

 

「謝ることはない」

 

 清治には聞こえない。

 

 だが。

 蒼真には聞こえた。

 

「また皆が集まってくれた」

「それだけで十分じゃ」

 

 ◇

 

 神様は神輿を見上げる。

 その瞳は輝いていた。

 

「あと少しじゃ」

「あと少しで」

 

 ◇

 

 しかし。

 その瞬間。

 

 山の方角から低い唸り声が響いた。

 

 ゴォォォ……

 地面が微かに震える。

 

 潮が神社へ駆け込んでくる。

「蒼真!」

「どうした!?」

 

 潮の顔色は青ざめていた。


「神の泉が……」

「泉が黒く染まってる!」

 

 祭り前夜。

 忘却の獣がついに動き出した。

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