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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第一章 春、海を渡る

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第十一話 帰ってきた人たち

翌朝。

 

 公民館は妙に慌ただしかった。

 陸が作った祭りの告知が思いのほか広がったのだ。

 

「なんでこんなに反応あるんだ?」

 蒼真がスマホを覗き込む。

 陸は得意そうだった。


「祭り自体じゃないんだよ」

「え?」

「みんな故郷に反応してる」

 

 ◇

 

 投稿された写真には、

 

 古い神輿。

 神社の鳥居。

 夕暮れの集落。

 

 そして。

 百年前の祭りの写真。

 

 コメントが並んでいる。

 

懐かしい

小さい頃に行った

おじいちゃんが神輿担いでた

まだ残ってたんだ

 

 蒼真は静かに画面を見つめた。

 皆。

 忘れていなかった。

 

 ◇


 昼前。

 一台の車が神社へ入ってきた。

 降りてきたのは四十代くらいの男性だった。

 

 作業着姿。

 日に焼けた顔。

 神社を見上げる。

 

「変わらんなぁ」

 懐かしそうな声。

 

 ◇

 

 守屋清治が目を見開く。

「正樹か!?」

「久しぶりです」

 男性は照れくさそうに笑った。

「清治さん」

 

 ◇

 

 昔この集落に住んでいた人だった。

 高校卒業後に神戸へ出たらしい。

 何十年ぶりかの帰郷だった。

 

「祭りが最後になるって聞いてな」

「一回くらい見ておこうと思った」

 

 ◇

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 蒼真は気づく。

 祭りを残したいと思っているのは。

 集落の人だけではない。

 ここを離れた人たちも同じなのだ。

 

 ◇


 午後になると。

 また一人。

 また一人。

 人が訪れ始めた。

 

 大阪から。

 岡山から。

 徳島から。

 昔この土地で育った人たち。

 

 ◇

 

 境内が少しずつ賑やかになる。

 清治は何度も目を擦っていた。

 

「夢みたいじゃのう……」

 誰に言うでもなく呟く。

  

 ◇

 

 神輿蔵では。

 男たちが掃除を始めていた。

 

「おい正樹」

「まだ担げるか?」

「腰が無理だ」

「俺もだ」

 

 皆が笑う。

 楽しそうだった。

 何十年ぶりの再会らしい。

 

 ◇

 

 一方。

 潮は境内の隅で子どもたちに囲まれていた。

 

「お姉ちゃん観光客?」

「違うよ」

「じゃあ何?」

 

 潮は少し考える。

 

「旅人かな」

「かっこいい!」

 

 子どもたちが目を輝かせる。

 蒼真は苦笑した。

 

 神様です、とは言えない。

 

 ◇

 

 その時。

 一人の少女が言った。

 

「祭りって楽しいの?」

 

 境内が少し静かになる。


 その子は小学校低学年くらいだった。

 祭りを知らない世代。

 中止が続いていたからだ。

 

 ◇

 

 誰より先に答えたのは清治だった。

 

「楽しいぞ」

 優しい声。

「わしらが子どもの頃はな」

「朝から晩まで走り回っとった」

「神輿もあった」

「屋台もあった」

「神楽もあった」


 少女は興味津々で聞いている。

 

 ◇

 

 清治は少し笑った。

「だから見ていきなさい」

「今年はやるからな」

 

 その言葉に。

 少女は大きく頷いた。

「うん!」

 

 ◇

 

 その瞬間だった。

 蒼真の勾玉が微かに光る。


 社殿の前。

 小さな神様の姿が見えた。


 昨日より少しだけ大きい。

 ほんの少し。

 

 だが確かに。

 

 ◇

 

「潮」

「うん」

 

 潮も気づいていた。


「戻ってきてる」

 神様の力が。

 祭りの記憶が。

 人々の想いが。

 

 ◇

 

 しかし。

 その時。

 山の方から冷たい風が吹いた。

 

 ザァッ――

 木々が揺れる。

 

 蒼真は振り返る。

 山の稜線。

 そこに黒い鹿が立っていた。

 

 忘却の獣。

 静かにこちらを見ている。

 敵意はない。

 だが消えてもいない。

 

 ◇

 

『まだ足りぬ』

 頭の中へ声が響く。

 

『思い出すだけでは』

『祭りは戻らぬ』

 蒼真は目を細める。

 

 悔しいが。

 その通りだった。

 祭りは思い出だけではできない。

 準備する人がいる。

 受け継ぐ人がいる。

 未来へ繋ぐ人がいる。

 

 ◇

 

 黒い鹿は森へ消えていく。

 最後に一言だけ残して。

 

『見せてみよ』

『お前たちの祭りを』

 

 蒼真は拳を握る。

 試されている。

 神様にではない。

 過去にでもない。

 

 未来に。

 

 ◇

 

 夕暮れ。

 神輿蔵に明かりが灯る。

 久しぶりに人の声が響く。

 

 笑い声が響く。

 その光景を見ながら。


 小さな祭りの神は。

 誰にも気づかれないまま。

 静かに涙を流していた。

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