第十話 祭りを呼ぶ声
神の泉から戻る道。
誰もすぐには口を開かなかった。
神代の石碑。
黒い鹿。
そして泉から現れた神札。
気になることは山ほどある。
だが。
蒼真の頭の中にあったのは別のことだった。
「祭りまであと四日か」
ぽつりと呟く。
潮が隣を見る。
「神札のことじゃないんだ」
「気になるけどな」
蒼真は苦笑する。
「でも今は祭りだろ」
その言葉に。
潮が嬉しそうに笑った。
◇
公民館へ戻ると。
守屋清治と数人の世話役が集まっていた。
神輿蔵の掃除をしていたらしい。
皆、汗だくだった。
「どうじゃった?」
世話役が聞く。
蒼真は少し考え。
「祭りをやりましょう」
と言った。
◇
部屋が静かになる。
老人たちが顔を見合わせる。
「だからな」
「それが難しいんじゃ」
一人が言う。
「人がおらん」
「神輿も担げん」
「神楽もできん」
「手伝う人もおらん」
どれも正しい。
反論できない。
◇
その時。
「呼べばいいじゃん」
陸が言った。
全員が振り向く。
「呼ぶ?」
「そう」
陸は当たり前の顔をしている。
「昔ここに住んでた人とか」
「親戚とか」
「近所の町の人とか」
「祭り好きそうな人とか」
◇
「そんな簡単に……」
「やってみなきゃ分かんないだろ」
陸は笑う。
「俺たちも来たし」
その言葉に。
老人たちは少しだけ黙った。
◇
蒼真は思う。
陸は時々こうだ。
難しいことを難しく考えない。
だから人を動かせる。
◇
清治が腕を組む。
「帰ってくるかのう」
小さな声。
寂しさが滲んでいる。
「帰ってきますよ」
蒼真は答えた。
根拠はない。
でも。
そう思えた。
◇
その日の午後。
三人は集落を歩き回った。
空き家。
閉まった商店。
人の少ない路地。
だけど。
話を聞くたびに思う。
誰も祭りを嫌いになったわけじゃない。
皆、
「昔は楽しかった」
と言う。
◇
「だったら残ってるんだな」
蒼真が言う。
「何が?」
潮が聞く。
「祭り」
蒼真は空を見上げる。
「形じゃなくて」
「心の中に」
潮は少しだけ目を見開いた。
そして優しく笑った。
「神様みたいなこと言う」
「そうか?」
「うん」
◇
夕方。
三人は神社へ向かう。
境内には誰もいない。
だが。
社殿の前では。
小さな神様が待っていた。
「どうじゃった?」
蒼真は答える。
「まだ諦めてない人がいる」
神様の顔が少し明るくなる。
「本当か」
「うん」
「だからやる」
◇
その時。
風が吹いた。
境内の木々が揺れる。
カラン――
鈴が鳴る。
神様は目を閉じた。
まるで泣いているようだった。
「久しぶりじゃ」
震える声。
「祭りの話をしてくれる者がおるのは」
◇
蒼真は何も言わなかった。
ただ。
境内の向こうを見る。
石段。
鳥居。
神輿蔵。
神楽殿。
全部残っている。
なら。
まだ終わっていない。
◇
その夜。
陸は公民館の机にスマホを置いた。
「よし」
「何するんだ?」
「祭りの告知」
蒼真が瞬きをする。
「告知?」
「時代はネットだろ」
陸はにやりと笑った。
「神様もアップデートしなきゃな」
その言葉に。
潮が吹き出した。
蒼真も笑う。
そして。
社殿の前の小さな神様だけが、
「アップデートとは何じゃ?」
本気で悩んでいた。




