表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第一章 春、海を渡る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/91

第九話 国生みの欠片

泉のほとり。

 

 半ば土に埋もれた石碑を前にして、誰も言葉を発せなかった。

 

 風が吹く。

 木々がざわめく。

 

 しかし石碑だけは、長い時の中で変わらずそこに在り続けていた。

 

「これ……」

 蒼真が近づく。

 

 表面には古い文字が刻まれている。

 読めるはずがない。

 普通なら。

 

 だが。

 勾玉が淡く光った。

 文字が揺らぐ。

 まるで眠っていた記憶が目覚めるように。

 

 ◇

 

 蒼真の頭の中へ言葉が流れ込む。

 

 海。

 空。

 何もない世界。

 その中心に立つ二柱の神。

 国を生み。

 島を生み。

 命を生んだ神々。

 

 そして――

 その足元から広がる無数の光。


 人々の祈り。

 願い。

 感謝。

 それらが島々を結びつけている。

 

 ◇

 

『国は土地だけではない』

 声が聞こえる。

 

 男とも女ともつかない声。

 遠い神代の響き。

 

『人が繋がり』

『想いを受け継ぎ』

『共に生きることで』

『国は形を持つ』

 

 ◇

 

 蒼真は息を呑む。

 それは神話の話ではなかった。

 今の時代にも通じる言葉だった。

 

 ◇

 

 視界が戻る。

 蒼真は石碑に手をついていた。

 

「大丈夫?」

 潮が支える。

 

「ああ」

 少し息を整えながら頷く。

 

「見えた」

「何が?」 

 陸が聞く。

 

 蒼真は石碑を見る。

「この祭りはただの祭りじゃない」

「え?」

「国生みの神話と繋がってる」

 

 ◇

 

 清治が目を丸くする。

「そんな大層なものだったのか?」

「多分」

 蒼真は頷く。


「昔の人は、この泉で神々に感謝してた」

「土地を作ってくれたこと」

「海を与えてくれたこと」

「生きていけること」

 

 それが祭りの始まりだった。

 

 ◇

 

 潮は石碑を見つめる。


「だから残ってたんだ」

「何が?」

「神気」

 

 潮の瞳が揺れる。


「何百年も前の祈りが」

「まだここに」

 

 ◇

 

 その時だった。

 黒い鹿が再び動く。

 泉の向こう。

 静かにこちらを見ている。

 

 敵意はない。

 ただ悲しそうだった。

 

『人は忘れる』

 声が響く。

 

『だから私は生まれた』

 

 ◇

 

「お前は何なんだ」

 蒼真が尋ねる。

 

 鹿は少しだけ首を傾げた。

『忘却ではない』

『諦めだ』

 

 ◇

 

 三人が息を呑む。

『人が諦めた時』

『私は生まれる』


『もう無理だ』

『仕方ない』

『時代だから』

『どうにもならない』

 その言葉は重かった。

 

 ◇

 

 蒼真は理解する。

 この獣は悪そのものではない。

 人の弱さから生まれた存在だ。

 

 祭りを消したのは獣ではない。

 諦めだった。

 

 誰も悪くない。

 だからこそ厄介だった。

 

 ◇


 すると。

 守屋清治が前へ出た。

 

「……そうかもしれんな」

 静かな声だった。

 皆が振り向く。

 

 清治は泉を見つめている。

 

「わしも諦めておった」

「清治さん……」

「人がおらん」

「金もない」

「若い者もおらん」

「だから終わりじゃと」

 

 ◇

 

 老人は苦笑する。

「でものう」

「本当は終わらせたくなかった」

 その声は震えていた。

「祭りが好きだったからな」

 

 ◇

 

 風が吹く。

 その瞬間。

 泉の水面が光る。

 黒い鹿の身体が少しだけ透けた。


 まるで重い鎖が一つ外れたように。

 

 ◇

 

『そうか』

 鹿は静かに言う。

『まだ残っていたのか』

 悲しそうで。

 どこか安心したような声だった。

 

 蒼真はその姿を見つめる。

 

 そして気づく。

 この獣もまた。

 忘れられた存在なのだと。

 

 ◇

 

 その時。

 石碑の文字がさらに光った。

 

 眩い光。

 泉の奥から何かが現れようとしている。

 

 潮が目を見開く。

「神代の記憶……!」

 

 水面の中央。

 そこから現れたのは。

 一枚の古びた木札だった。

 

 神札。

 だが普通ではない。

 神代文字が刻まれている。

 

 そして中央には。

 渦を描くような紋様。

 蒼真の勾玉が強く共鳴した。

 

 ◇

 

 潮の顔色が変わる。

「これ……」

 

「どうした?」

 

 潮は木札を見つめたまま答えた。

 

「出雲へ行く前に」

「見つけちゃいけないものを見つけたかもしれない」

 

 春の風が泉を渡る。

 

 そして、

 遠い神代から続く大きな謎が、静かに姿を現し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ