表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第一章 春、海を渡る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/91

第八話 神の泉

昼過ぎ。

 三人は裏山への道を登っていた。

 守屋清治も同行している。

 地図に記された場所を探すためだ。

 

「こんな山にそんな場所があったかのう……」

 清治は首を傾げる。

 

 生まれてからずっとこの集落で暮らしてきた。

 それでも知らない。

 それほど長い年月、忘れられていたのだ。

 

 ◇

 

 山道は細かった。

 人が通った形跡も少ない。

 落ち葉が積もり。

 枝が伸び放題になっている。

 

「本当に合ってるのか?」

 陸が言う。


「多分」

「多分かよ」

「地図は本物だから」

「そこは信じよう」

 

 ◇

 

 しばらく歩いた時だった。

 潮が立ち止まる。

 

「ここ」

「え?」

「神気がある」

 

 その瞬間。

 蒼真の勾玉が淡く光った。

 

 確かに。

 空気が違う。

 山の匂いの中に。

 どこか澄んだ気配が混じっている。

 

 ◇

 

 草木をかき分ける。

 すると。

 

 そこにあった。

 小さな泉。

 

 直径は数メートルほど。

 透き通った水。

 岩の隙間から絶えず湧いている。

 

 周囲には古い石が並んでいた。

 まるで祭壇の跡のように。

 

「こんな場所が……」

 清治が息を呑む。

 

 ◇

 

 その時。

 蒼真の視界が揺れた。

 

 水面が光る。

 そして――

 景色が変わった。

 

 ◇

 

 大勢の人がいる。

 今の集落よりずっと多い。

 

 白装束の人々。

 神楽を舞う若者。

 笑う子どもたち。

 泉の周りには灯火が並び。

 皆が祈っていた。


 豊作を。

 海の安全を。

 家族の幸せを。

 

 ◇

 

 そして。

 泉の中央から光が現れる。

 

 淡い金色。

 優しい光。

 人々は歓声を上げる。

 誰も恐れていない。

 その光を歓迎している。

 まるで長年の友人に会ったように。

 

 ◇

 

 蒼真には分かった。

 あれが祭りの神だった。

 今は小さくなってしまった神。

 かつてはこれほど人々に愛されていたのだ。

 

 ◇

 

 景色が戻る。

 泉だけが残る。

 

 蒼真はしばらく言葉を失った。


「見えたの?」

 潮が聞く。

 蒼真は頷く。

「昔の祭りだ」

 

 清治が目を見開く。

「本当にあったのか……」

 

 ◇

 

 その時。

 泉の水面が波紋を広げた。

 誰も触れていない。

 それなのに。

 

 静かな声が聞こえる。

 

『思い出して』

 

 蒼真たちは顔を上げる。

 

『忘れないで』

『この祭りを』

『人々の願いを』

 

 泉そのものが語っているようだった。

 

 ◇

 

 だが。

 次の瞬間。

 

 泉の奥から黒い霧が滲み出した。

 

 ズズズ……

 水が濁る。

 冷たい気配。

 

 潮が息を呑む。

「まずい」

「忘却の獣だ」

 

 ◇

 

 だが昨夜の獣ではない。


 もっと大きい。

 もっと濃い。

 泉の底から現れたそれは。

 まるで巨大な鹿のような姿をしていた。

 

 黒い角。

 闇でできた身体。

 そして空洞の瞳。


 ◇

 

 鹿は静かに蒼真を見つめる。

 そして頭の中へ声を響かせた。


『なぜ残そうとする』

『誰も望んでいない』

『人は前へ進む』

『古いものは消える』

 

 その声は責めているわけではなかった。

 むしろ静かだった。

 だからこそ怖い。

 

 ◇

 

 蒼真は拳を握る。

 確かにそうだ。

 時代は変わる。

 全てを残すことはできない。

 

 だが。

 それでも。

 消してはいけないものもある。

 

 ◇

 

「俺は神様を守りたいんじゃない」

 蒼真は言った。

 

 鹿が動きを止める。

 

「祭りを守りたいんでもない」

「じゃあ何だ」

 

 その問いに。

 蒼真は思い浮かべる。

 

 祖母の笑顔。

 凪島の人々。

 潮。

 陸。

 祭りの写真に写っていた人たち。

 そして守屋清治。

 

「繋がりだ」

 静かに答える。

「人が人を想った証を残したい」

 

 ◇

 

 風が吹いた。

 泉の水面が輝く。

 

 黒い鹿は黙って蒼真を見つめる。

 

 そして。

 ほんの少しだけ。

 悲しそうな目をした。

 

 まるで。

 その答えを待っていたかのように。

 

 その時。

 潮がはっと顔を上げる。

 

「蒼真……」

「どうした?」

 

 潮の視線は泉の奥へ向いていた。

 

 そこには。

 古い石碑が半分埋もれていた。

 

 今まで気づかなかった。

 石碑には文字が刻まれている。

 

 そしてその文字は――

 

 前に蒼真が見た、

 おのころ島の神代文字に似ていた。

 

 忘れられた祭りは。

 どうやら国生みの神話そのものと繋がっているらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ