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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第一章 春、海を渡る

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第七話 神輿蔵の埃

翌朝。

集落はいつも通り静かだった。

 

 鳥の声。

 畑へ向かう軽トラック。

 遠くで鳴く犬。

 祭りまで五日。

 しかし、

 準備をしている人はほとんどいなかった。

 

 ◇

 

「さて」

 公民館の前で陸が腕を組む。

「祭り復活って言っても何するんだ?」

 蒼真も考えていた。


 神様と戦うなら分かる。

 だが今回は違う。

 相手は現実だ。

 人手不足。

 高齢化。

 祭り離れ。

 剣も勾玉も役に立たない。

 

「まずは知ることかな」

 潮が言う。

「祭りのことを」

 

 ◇

 

 守屋清治に案内され。

 三人は神社の裏へ向かった。

 そこには古い建物があった。


 木造の小屋。

 鍵のかかった蔵。

「神輿蔵じゃ」

 清治が言う。

「もう何年も開けておらん」


 鍵が回る。

 ギィィ……

 重い扉が開いた。

 埃の匂いが流れ出す。

 

 ◇

 

 中には神輿があった。

 立派な神輿だった。


 金具はくすみ。

 木も色褪せている。

 だが、今でも美しかった。

 

「すげぇ……」

 陸が思わず呟く。

 蒼真も見入る。

 この集落にこんなものがあったのか。

 

 ◇


 その瞬間。

 蒼真の勾玉が光った。

 ふわりと。

 蔵の奥に光が浮かぶ。

 

「え?」

 そこには。

 たくさんの人影が見えた。


 子ども。

 若者。

 老人。

 

 皆が神輿を囲んでいる。

 笑っている。

 楽しそうに。

 

 まるで昔の祭りの光景だった。

「蒼真?」

 潮の声で我に返る。

 幻は消えていた。

 

 ◇

 

「今の……」

 蒼真は神輿を見る。

 潮が静かに頷く。

 

「記憶だね」

「祭りの記憶」

「この神輿が覚えてる」

 

 神様だけではない。

 物にも記憶が宿る。

 それが神話の世界だった。

 

 ◇

 

 蔵の整理を始める。

 すると。

 古い木箱が見つかった。

 

 中には写真。

 帳面。

 古文書。

 

 そして。

 一冊の分厚い記録帳。

 

「祭礼記録?」

 蒼真が表紙を読む。

 清治が目を見開いた。

「まだ残っとったのか」

 

 ◇

 

 ページを開く。

 そこには百年以上前からの記録が残っていた。

 

 祭りの日付。

 参加者。

 神楽の演目。

 神輿の巡行経路。

 

 そして。

 当時の人々の言葉。

 あるページで蒼真の手が止まる。

 

【今年も皆で祭りを迎えられた。

神様に感謝する。

来年もこの賑わいが続きますように。】

 

 百年前の文字だった。

 

 ◇

 

「続いてたんだな……」

 蒼真が呟く。

 

 百年。

 いや。

 それ以上。

 

 誰かが受け継いできた。

 誰かが守ってきた。

 

 そして今。

 途切れようとしている。

 

 ◇

 

 潮が別のページを開く。

 すると。

 紙の間から一枚の地図が落ちた。

 

「ん?」

 蒼真が拾う。

 手描きの古い地図だった。

 

 神社。

 集落。

 山。

 海。

 

 そして。

 赤い印。

 

 集落の裏山に丸が付いている。

 

「ここ……」

 

 潮の顔色が変わる。

 昨夜。

 忘却の獣が現れた場所だった。

 

 ◇

 

 地図の余白には文字があった。

 

【神の泉。

 春迎えの祭りの始まりの地。】

 

 蒼真たちは顔を見合わせる。

「祭りの始まり……?」

「そんな場所があったのか」


 清治も驚いていた。

「聞いたことがないぞ」

 

 つまり。

 忘れられている。

 祭りだけではない。

 祭りの起源そのものが。

 

 ◇

 

 その時、

 社殿の方から風が吹いた。

 

 ちりん――

 鈴が鳴る。


 小さな神様の気配がした。

 どこか嬉しそうな。

 どこか期待しているような。

 そんな気配。

 

 蒼真は地図を握る。

「行こう」

「どこへ?」

 陸が聞く。


 蒼真は裏山を見る。

 深い緑の向こう。

 忘れられた場所。

 忘れられた始まり。

 

「神の泉だ」

 祭りを残すためには。

 まず祭りの始まりを知らなければならない。

 そう思えた。


 春風が山を渡る。

 まるで誰かが待っているように。

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