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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第一章 春、海を渡る

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第五話 祭りを残す理由

神社からの帰り道。


 三人は細い農道を歩いていた。

 田んぼには水が張られ始めている。

 山から吹く風は少し冷たい。

 だが陽射しは暖かかった。


「言っちゃったな」

 陸が言う。

「何を?」

「手伝わせてくださいって」

「言ったな」

「言ったね」

 潮も頷く。


「勢いだった」

「だと思った」

 蒼真は頭をかく。

 でも後悔はしていなかった。


 あの神様の顔が忘れられない。

 守屋清治の声も。

 祭りを終わらせたくない。

 その気持ちが伝わってきたから。


 ◇


 その日の午後。

 三人は集落の公民館へ向かった。


 清治が声をかけてくれたらしい。

 祭りの関係者が集まるという。

 集まると言っても五人だけだった。

 皆、高齢者だった。

 蒼真の祖父母くらいの年代。


「若い子が来たぞ」

「珍しいなぁ」

「観光か?」

 そんな声が飛ぶ。


 ◇


 話を聞くうちに事情が見えてきた。

 祭りは百年以上続いている。


 神社の春祭り。

 豊漁と豊作を願う祭り。

 しかし、担い手がいない。


 神輿を担ぐ人も。

 神楽を舞う人も。

 準備をする人も。

 皆、高齢になっていた。


「今年で終わりにしようと思っとる」

 一人の老人が言った。

 その声には諦めが滲んでいる。


 ◇


 蒼真は机の上に置かれた古い写真を見る。

 昔の祭りだった。


 大勢の人。

 子どもたち。

 神輿。

 笑顔。


 今の静かな集落からは想像できない。


「すごい祭りだったんですね」

 蒼真が言うと。

 老人たちは少し嬉しそうに笑った。


「昔はな」

「島の外からも人が来た」

「夜店も出た」

「夜通し賑やかだった」


 その話を聞きながら。

 潮は写真を見つめていた。


 じっと。

 何かを探すように。


 ◇


 そして、 小さく呟く。


「まだいる」

「え?」


 蒼真が振り向く。


「祭りの神様」

「力は弱いけど」

「まだ残ってる」


 潮の瞳は真剣だった。


「この祭りはまだ終わってない」


 ◇


 その夜。

 三人は神社へ戻った。

 境内は静かだった。

 月明かりが石段を照らしている。


 そして、

 社殿の前に。

 昼間の神様が座っていた。


「どうじゃった?」

 神様が聞く。


「みんな祭りを嫌いになったわけじゃない」

 蒼真が答える。


「続ける力がなくなっただけだ」

 神様は黙る。


 しばらくして。

「そうか」


 小さく笑った。

「それなら少し安心じゃ」


 ◇


「なあ」

 蒼真は尋ねる。

「祭りってそんなに大事なのか?」


 神様は驚いた顔をした。


 そして。

 少し考えてから言う。


「祭りそのものが大事なのではない」

「え?」

「人が集まるんじゃ」

「笑う」

「願う」

「感謝する」

「思い出を作る」


 神様は夜空を見上げた。


「祭りはそのための場所なんじゃよ」


 ◇


 蒼真は黙る。


 凪島の夏祭りを思い出していた。

 屋台。

 花火。

 子どもたちの声。

 祖母の笑顔。

 陸の馬鹿騒ぎ。

 潮の浴衣姿。


 あれは。

 ただの行事じゃない。


 確かに誰かを繋いでいた。


 ◇


「だから」

 神様は優しく笑う。


「忘れられるのは構わん」

「神様じゃからな」


「でも」

 その声は少しだけ寂しかった。

「人と人との繋がりまで消えてしまうのは悲しい」


 蒼真は頷いた。

 潮も。

 陸も。

 同じ気持ちだった。


 ◇


 その時。

 神社の奥から風が吹く。


 ザァッ――

 木々が揺れる。


 蒼真の勾玉が光った。

「っ!」


 潮が立ち上がる。

 空気が変わった。

 昼間とは違う。


 冷たい。

 嫌な気配。


「どうした?」

 陸が尋ねる。


 潮は社殿の裏山を見つめていた。


「いる」

 低い声。


「何かいる」


 そして。

 神様の顔から笑みが消えた。


「まさか……」

 震える声。


「まだおったのか」

 裏山の闇の中。

 何かがこちらを見ていた。


 黄色い瞳が二つ。

 月明かりの中で静かに光る。


 蒼真は無意識に勾玉を握りしめた。

 神を忘れさせるもの。


 封じたはずの忘却の残滓が。

 どうやら、この祭りにも影を落としているらしかった。



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