第四話 春迎えの祭り
淡路島を走る路線バスはゆっくりと山へ向かっていた。
窓の外には畑が広がる。
菜の花が風に揺れ。
遠くには海が見えた。
「思ったより広いな」
蒼真が呟く。
「島だからって小さいとは限らないよ」
潮が答える。
「淡路島は昔から特別な島だったから」
「国生み神話だっけ」
「うん」
潮は窓の向こうを見つめる。
「神様たちにとってもね」
その声は少しだけ懐かしそうだった。
◇
一時間ほどして。
三人は終点で降りた。
小さな集落だった。
山に囲まれた谷間。
民家は二十軒ほど。
田んぼ。
畑。
小川。
春の匂いがする。
「静かだな」
陸が辺りを見回す。
「静かすぎるかも」
潮が小さく呟いた。
蒼真も気づく。
祭りの準備をしている気配がない。
春祭りの時期なのに。
◇
集落の奥。
石段の先に神社があった。
大きくはない。
だが古い。
長い年月を感じさせる神社だった。
鳥居をくぐった瞬間。
蒼真の勾玉が光る。
潮も立ち止まった。
「いる」
「うん」
二人は同時に頷く。
社殿の前。
あの小さな神様が待っていた。
「来てくれたか」
少しだけ嬉しそうだった。
◇
「祭りはいつなんだ?」
蒼真が尋ねる。
「五日後じゃ」
「じゃあまだ準備できるじゃないか」
そう言うと。
神様は悲しそうに首を振った。
「今年は中止になる」
「もう決まっておる」
「え?」
陸が驚く。
「そんな簡単に?」
「人手がおらん」
「金もない」
「若い者も出ていった」
静かな言葉だった。
蒼真には反論できない。
現実だからだ。
◇
その時。
「誰だい?」
後ろから声がした。
三人が振り向く。
七十代くらいの男性だった。
作業着姿。
日に焼けた顔。
優しそうな目をしている。
「観光かい?」
「えっと……」
蒼真は言葉に詰まる。
神様に頼まれて来ました。
とは言えない。
◇
すると潮が前に出た。
「祭りのことを聞いて来ました」
男性は驚いた顔をする。
「春迎え祭りを?」
「はい」
男性は苦笑した。
「残念だけどな」
「今年で終わりだ」
やはり。
蒼真たちは顔を見合わせた。
◇
男性の名前は守屋清治だった。
長年、祭りを守ってきた世話役だという。
三人は神社の境内で話を聞くことになった。
「昔は賑やかだったんだ」
清治は懐かしそうに笑う。
「子どももたくさんいた」
「神輿も出た」
「夜は神楽もやった」
その目が少し曇る。
「でもな」
「今は十人集めるのも大変だ」
◇
蒼真は境内を見回す。
立派な舞台がある。
古い幟も残っている。
確かに。
昔は大きな祭りだったのだろう。
なのに今は誰もいない。
風だけが吹いている。
◇
その時。
蒼真の耳に声が聞こえた。
「寂しいのう」
小さな声。
神様だった。
社殿の前で座っている。
誰にも見えないまま。
「皆、忘れてしまった」
その姿を見て。
蒼真は胸が痛くなる。
これまで見た神々と同じだった。
怒っているわけじゃない。
恨んでいるわけでもない。
ただ。
寂しいのだ。
◇
帰り際。
清治がぽつりと言った。
「本当はな」
「終わらせたくないんだ」
三人が振り向く。
老人は空を見上げていた。
「わしもこの祭りで育った」
「親父も」
「じいさんも」
「その前も」
風が吹く。
「でも」
「どうしたら続けられるか分からん」
その言葉に。
蒼真の中で何かが動いた。
神守は神を守る者じゃない。
人と神を繋ぐ者だ。
なら――
「まだ終わってません」
気づけば口にしていた。
清治が驚く。
潮も。
陸も。
「俺たちにも手伝わせてください」
春の風が境内を吹き抜ける。
社殿の前で。
小さな神様の目が大きく見開かれた。
消えかけた祭り。
その火はまだ残っていた。
ほんの小さくても。
確かに。




