第三話 国生みの島
フェリーが港へ近づいていく。
淡路島。
神話では最初に生まれた島。
国生みの始まりの地。
蒼真は甲板からその島影を見つめていた。
「神様が泣いてるって、どういうことだ?」
潮は手すりに触れたまま答えない。
海風が髪を揺らしている。
しばらくして。
「悲しいんだと思う」
ぽつりと言った。
「何かを失いそうで」
その声は小さかった。
◇
港へ着くと。
三人はフェリーを降りた。
春の日差しが暖かい。
観光客の姿も見える。
家族連れ。
ライダー。
釣り人。
一見すると何の変哲もない島だった。
「平和そうだけどな」
陸が辺りを見回す。
「そう見えるね」
潮も頷く。
けれど。
その目はどこか遠くを見ていた。
◇
三人が港を出た時だった。
道端に小さな祠が見えた。
石造りの古い祠。
誰も気に留めないような場所。
だが。
蒼真の勾玉が微かに光る。
「またか」
蒼真が呟く。
潮が祠へ近づく。
そして。
小さく頭を下げた。
「ここにもいたんだね」
その声に。
風が吹いた。
カラン――
鈴が鳴る。
誰も触れていないのに。
◇
蒼真には見えた。
祠の上に。
淡い光。
子どもほどの大きさの神様が座っていた。
丸い顔。
白い髭。
小さな杖。
まるで昔話に出てくる神様だった。
「おお」
神様は驚いた顔をする。
「見えるのか」
「まあ」
蒼真が苦笑する。
「最近は」
「神守か」
神様は嬉しそうに笑った。
しかし。
その笑顔はどこか元気がない。
「どうしたんだ?」
蒼真が尋ねる。
すると神様は少し寂しそうに言った。
「祭りがなくなる」
◇
三人は顔を見合わせた。
やはり。
神議の札に書かれていた通りだ。
「どんな祭り?」
潮が聞く。
神様は遠くの山を指差した。
「春迎えの祭りじゃ」
「昔から続いておった」
「豊作と海の安全を願う祭りじゃ」
声が少し震えていた。
「だが今年で終わりになる」
「なぜ?」
陸が聞く。
「若い者がおらん」
「準備する人もおらん」
「続ける意味が分からぬと言われた」
静かな言葉だった。
責めるような口調ではない。
ただ。
寂しそうだった。
◇
蒼真は胸が痛んだ。
悪気があるわけじゃない。
忙しいのだ。
人は生きるので精一杯だ。
だから少しずつ失われていく。
祭りも。
伝承も。
神々も。
この前に見たものと同じだった。
「場所を教えて」
潮が言った。
神様が顔を上げる。
「え?」
「私たちが行く」
「祭りを見せて」
その瞬間。
小さな神様の目に光が戻った。
◇
三人は山あいの集落へ向かうことになった。
港からバスで一時間ほど。
淡路島の内陸部。
そこに祭りの残る村があるという。
バス停へ向かう途中。
陸が呟く。
「なあ」
「ん?」
「これって」
「なんだ?」
「依頼料出るのか?」
蒼真は吹き出した。
潮も笑う。
「出ないと思う」
「マジか」
「神様だからね」
「ブラックすぎるだろ」
三人の笑い声が春風に乗る。
だがその先で待つのは。
消えかけた祭り。
そして。
国生みの島に隠された、さらに古い神話だった。




