第一話 春の招待状
翌朝。
蒼真は夢を見た。
海だった。
瀬戸内海ではない。
もっと広く。
もっと古い海。
世界の始まりを知っているような海。
その海の上を、一羽の白い鳥が飛んでいる。
どこまでも。
どこまでも。
西へ。
西へ。
そして鳥は一枚の羽を落とした。
蒼真が手を伸ばす。
その瞬間。
羽は一通の手紙へ変わった。
【来たれ、神守。
忘れられた神々が待っている。】
そこで目が覚めた。
◇
「蒼真ー!」
一階から千鶴の声。
「朝ご飯だよー!」
現実へ引き戻される。
蒼真は欠伸をした。
「今行くー」
机を見る。
昨夜の和紙。
夢ではなかった。
確かにそこにある。
出雲への招待状。
◇
朝食は焼き魚だった。
当然のように。
島だから。
「おかわり」
陸が言う。
「なんでいるんだ」
蒼真が即座に突っ込む。
「朝飯食いに来た」
「帰れ」
「ばあちゃんがいいって言った」
千鶴が笑う。
「若い子はいっぱい食べなさい
「ほら見ろ」
「味方を増やすな」
潮が吹き出した。
すっかりいつもの光景だった。
◇
食後。
蒼真は昨夜の手紙を二人へ見せた。
陸の顔が真面目になる。
潮も静かに和紙を見つめる。
「出雲……」
潮が呟く。
「知ってるのか?」
「うん」
少し考えてから答える。
「神様たちにとって特別な場所」
「特別?」
「年に一度」
「全国の神々が集まるって言われてる」
蒼真は頷く。
神話の知識としては知っていた。
でも。
今回は本当に集まるのかもしれない。
◇
「行くんだろ?」
陸が言った。
「まあな」
「じゃあ決まりだな」
「何が」
「俺も行く」
蒼真は即答した。
「なんでだ」
「親友だから」
「雑だな」
「それに」
陸は少し笑う。
「放っとくとお前ら危なっかしい」
「誰がだ」
「両方」
潮まで頷いた。
「それはそう」
「お前もか」
◇
その時だった。
庭から風が吹く。
祠の鈴が鳴った。
ちりん――
優しい音。
三人は顔を見合わせる。
そして外へ出た。
庭には誰もいない。
けれど。
祠の前に何かが置かれていた。
一枚の木札。
古い文字が刻まれている。
潮がしゃがみ込む。
そして。
珍しく目を見開いた。
「どうした?」
蒼真が尋ねる。
潮はゆっくり顔を上げた。
「これ……」
「神議の札だよ」
「神議?」
「神様たちの会議」
陸が嫌な顔をする。
「絶対ろくな予感しない」
「私もそう思う」
「お前もか」
◇
木札の裏には一文だけ刻まれていた。
【出雲へ急げ。
最初の祭りが消えようとしている。】
空気が変わる。
蒼真の表情も引き締まる。
祭り。
ついこの間知った。
祭りはただの行事じゃない。
人と神を繋ぐ大切な絆だ。
それが消える。
つまり。
神がまた忘れられようとしている。
潮が木札を握る。
「行こう」
その瞳は真剣だった。
「うん」
蒼真も頷く。
陸は大きくため息をついた。
「はいはい」
「分かりましたよ」
「また旅ですね」
そう言いながら。
一番楽しそうだった。
◇
数日後。
三人は港へ立っていた。
春の青空。
穏やかな海。
フェリーがゆっくり入港する。
千鶴が見送りに来ていた。
「気をつけるんだよ」
「うん」
「無茶しないこと」
「分かってる」
「それが一番信用できないんだけどねぇ」
千鶴は苦笑した。
蒼真も笑う。
潮も。
陸も。
◇
汽笛が鳴る。
旅立ちの合図。
蒼真は凪島を振り返った。
ここが始まりだった。
帰る場所でもある。
だから。
今度は守るためだけじゃない。
繋ぐために行く。
忘れられた神々を。
失われた祭りを。
人の想いを。
再び未来へ。
フェリーが動き出す。
春風が吹く。
瀬戸内海が輝く。
そして蒼真たちの新しい旅が始まった。




