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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第七章 灯を継ぐ島

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第六話 消えない灯

祭りは夜更けまで続いた。


 笛の音が静かに遠ざかり、太鼓も最後の一打を終える。


 子どもたちは母親に手を引かれながら家路につき、大人たちも提灯を手に、ゆっくりと坂道を下り始めた。


 笑い声が少しずつ小さくなり、広場には篝火だけが残る。


 薪が崩れる音。


 火の粉が夜空へ舞い上がる音。


 それだけが、静かな島に響いていた。


 ◇


 結菜は篝火の前へ座り込む。


 その隣へ祖母も腰を下ろした。


 「疲れた?」


 「……少しだけ。」


 そう答えながらも、結菜の表情はどこか晴れやかだった。


 祖母は笑う。


 「今日は、よく歩いたね。」


 「はい。」


 「風も待てた。」


 その言葉に、結菜は少し驚く。


 「見てたの?」


 「もちろん。」


 「火守は火だけを見るんじゃない。」


 「火を運ぶ人も見るんだよ。」


 ◇


 蒼真たちは少し離れた場所から、その様子を見守っていた。


 誰も話しかけない。


 今は、この時間が結菜と祖母のものだと感じていたからだ。


 やがて祖母は、一本の長い火箸を手に取る。


 篝火の中から、まだ赤く熾っている炭を一つ選び、小さな土鍋へそっと移した。


 「……あれ?」


 陸が首をかしげる。


 「火を消さないの?」


 結菜が振り返る。


 「全部は消さないんです。」


 「この火は、また火守殿へ帰るんですよ。」


 ◇


 蒼真は静かに立ち上がる。


 「帰る……。」


 その言葉が胸に残る。


 祭りのために外へ出た火は、役目を終えると、また静かな社へ帰っていく。


 人と同じだ。


 旅に出て。


 誰かと出会い。


 また帰る。


 だから、次の旅へ出られる。


 ◇


 祖母は土鍋を結菜へ渡した。


 「最後までお願い。」


 「はい。」


 結菜は両手で受け取る。


 祭りが始まる前に持った火入れよりも、小さく見える。


 けれど、その中には確かな赤い熾火が息づいていた。


 風が吹く。


 灰がふわりと舞う。


 結菜は昼と同じように立ち止まり、風が過ぎるのを待った。


 タケルが微笑む。


 「覚えたな。」


 「はい。」


 結菜も笑った。


 「急がないこと。」


 「待つこと。」


 「火が教えてくれました。」


 ◇


 火守殿へ戻る道は、もう提灯の灯も少なくなっていた。


 夜露に濡れた石畳が、月明かりをやさしく映している。


 誰も急がない。


 祖母も。


 結菜も。


 島の人たちも。


 まるで、この静かな時間までが祭りの一部であるかのようだった。


 火守殿の扉が静かに開く。


 炉の中には、朝から燃え続けていた小さな炎が待っている。


 結菜は土鍋の熾火を、その炉へそっと戻した。


 赤かった炭が、もとの炎へ触れる。


 すると炎は、ふっと少しだけ明るく揺れた。


 まるで、「おかえり」と迎えてくれたように。


 ◇


 祖母は手を合わせた。


 結菜も、その隣で静かに頭を下げる。


 タケルも続いた。


 蒼真たちも自然と手を合わせる。


 誰も願い事は口にしない。


 今日一日を無事に終えられたこと。


 それだけで十分だった。


 ◇


 社を出ると、東の空がわずかに白み始めていた。


 「もう朝?」


 澪が驚いたようにつぶやく。


 「祭りの日は、いつも短いんです。」


 結菜は少し名残惜しそうに笑う。


 「でもね。」


 「終わるから、また来年が楽しみになるんです。」


 蒼真は旅日記を開く。


 夜明け前の薄青い空の下で、ゆっくりと書き記す。


 > 『灯は消えたのではない。帰る場所へ戻っただけだった。』


 そして、その下へもう一行。


 > 『人もまた、帰る場所があるから、新しい一歩を踏み出せる。』


 ページを閉じると、小鳥が一羽、社の屋根から飛び立った。


 新しい朝だった。


 そして、旅もまた、新しい朝を迎えていた。

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