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潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第七章 灯を継ぐ島

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第三話 祭りの支度

社を出ると、島のあちこちから木槌の音が聞こえてきた。


 コン、コン。


 トントン。


 海風に乗って、心地よい音が坂道を流れていく。


 「もう始まってる。」


 少女――**結菜ゆいな**は、嬉しそうに足を速めた。


 「祭りの日は、朝から島中が仕事場になるんです。」


 ◇


 港では若い漁師たちが青竹を運び、年配の人たちは注連縄を張っている。


 子どもたちは小さな手いっぱいに椿の葉を抱え、笑いながら境内へ向かっていた。


 「走ると転ぶぞー。」


 一人の老人が声を掛ける。


 「はーい!」


 返事は元気だが、足は少しも止まらない。


 その様子に、大人たちは笑い合っていた。


 ◇


 「何か、お手伝いできることはありますか?」


 蒼真が尋ねると、結菜は少し考えてから微笑んだ。


 「じゃあ、一緒に提灯を飾ってもらえますか?」


 社の倉から運び出された木箱には、丸い和紙の提灯がきれいに並んでいた。


 赤でも白でもない。


 やさしい生成り色。


 一つひとつに、墨で三本の炎が描かれている。


 蒼真はそっと提灯を受け取った。


 驚くほど軽い。


 「毎年、新しく作るんですか?」


 「いいえ。」


 結菜は首を振る。


 「破れたものだけを張り替えるんです。」


 「使えるものは、また来年も使います。」


 その言葉に、澪は静かに頷いた。


 「大切に使ってきたんだね。」


 「はい。」


 「祖母は、『物にも祭りの日を迎える楽しみがある』って言うんです。」


 ◇


 四人は長い竹竿を支えながら、参道へ提灯を掛けていく。


 一つ。


 また一つ。


 風に揺れる提灯は、昼間でもどこか温かく見えた。


 陸が見上げる。


 「夜になったら、きれいだろうな。」


 「うん。」


 潮も空を見上げた。


 「星みたいになるね。」


 ◇


 境内では、おばあさんたちが大きな釜を囲んでいた。


 湯気の向こうから、だしの香りが漂ってくる。


 「こんにちは。」


 澪が声を掛ける。


 「こんにちは。」


 おばあさんは笑顔でお玉を動かした。


 「旅の人かい?」


 「はい。」


 「お昼は食べた?」


 四人が顔を見合わせる。


 「まだです。」


 「なら、ちょうどいい。」


 「味見をお願い。」


 ◇


 差し出された小さなお椀には、野菜がたっぷり入った汁物。


 大根。


 人参。


 ごぼう。


 里芋。


 島で揚がった小魚から取っただしが、やさしく香る。


 蒼真が一口飲む。


 「……おいしい。」


 体の奥まで、じんわりと温かくなる。


 「祭りの日はね。」


 おばあさんが言う。


 「誰がお客さんで、誰が島の人かなんて関係ない。」


 「お腹が空いてる人がいたら、一緒に食べる。」


 「それが、この島の祭り。」


 ◇


 その時、小さな女の子が転びそうになった。


 抱えていた椿の葉が、ぱっと地面へ散らばる。


 「あっ……。」


 泣きそうな顔になる。


 すると近くにいた漁師も、おばあさんも、蒼真たちも、一斉にしゃがみ込んだ。


 「はい。」


 「ありがとう。」


 「こっちにもあるよ。」


 あっという間に葉は集められた。


 女の子は胸に抱え直すと、深々と頭を下げる。


 「ありがとう!」


 元気な声が境内に響いた。


 ◇


 その様子を見ていたタケルが、小さく微笑む。


 「火は、人を照らす。」


 「だが、人もまた、人を照らしている。」


 蒼真は、その言葉を胸の中で繰り返した。


 今日一日、まだ火は社の中にある。


 それなのに島はもう温かい。


 炎が灯る前から、人の心が互いを照らしているからだ。


 ◇


 午後になると、太鼓の音が響き始めた。


 ドン……。


 ドン……。


 ゆっくりとしたリズム。


 急がない。


 競わない。


 まるで島の鼓動のような音だった。


 結菜は社の方を見つめ、小さく息を吸う。


 「もうすぐです。」


 「何が?」


 蒼真が尋ねる。


 結菜は静かに微笑んだ。


 「火守の役目です。」


 その笑顔には少しだけ緊張があった。


 けれど、それ以上に「受け継ぐ」という静かな覚悟が宿っていた。

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