第四話 橋の真ん中で
翌朝。
空は雲ひとつない青空だった。
宿を出ると、おばあさんが縁側から手を振っている。
「あ、おばあちゃん!」
陸が大きく手を振り返す。
「おにぎり、おいしくいただきます!」
「慌てて歩いたらだめよ。」
「橋の上は風が強い日もあるけんね。」
「はい!」
四人は深く一礼し、再び歩き始めた。
振り返ると、おばあさんの姿は小さくなっていた。
それでも、手はずっと振られていた。
◇
大三島橋とはまた違う表情を見せる橋を渡り始める。
潮の流れは少し速く、海面には白い筋が幾筋も描かれていた。
「潮が走ってる。」
潮が身を乗り出すように海を見る。
タケルが静かに言う。
「瀬戸内海は穏やかに見える。」
「だが、その海の下では、絶えず潮が動いている。」
蒼真は欄干にもたれ、海を見つめた。
表面は静かでも、見えないところでは力強く流れている。
それは、人の心にも少し似ている気がした。
◇
橋の中ほどまで来たときだった。
向こうから、小学生くらいの男の子とお父さんが歩いてきた。
男の子は大きなリュックを背負い、一生懸命歩いている。
「こんにちは!」
元気いっぱいの声が響く。
「こんにちは。」
蒼真たちも笑顔で挨拶を返した。
すれ違う、その瞬間。
男の子が立ち止まる。
「あの!」
「はい?」
「これ、見つけたんです!」
小さな手を開くと、中には丸い石が一つ。
白い地に、細い青い線が一本入っている。
「きれいでしょう?」
澪がしゃがみ込む。
「本当だ。」
「海みたい。」
男の子は嬉しそうに頷いた。
「ぼくね、橋を全部歩くんです。」
「お父さんと約束したから。」
お父さんは少し照れくさそうに笑う。
「小学校を卒業した記念なんです。」
「中学生になる前に、一緒に歩こうって。」
◇
「疲れない?」
陸が聞く。
男の子は首をぶんぶん振った。
「疲れる!」
みんなが笑う。
「でもね。」
男の子は胸を張る。
「橋を渡るたびに、『できた!』って思えるんだ。」
その笑顔は、朝日に負けないくらい輝いていた。
◇
別れ際。
男の子はその石をポケットへしまう。
「これね。」
「全部の島で一つずつ拾うんだ。」
「最後に並べるの。」
蒼真は目を細めた。
「素敵な思い出になるね。」
「うん!」
男の子は元気よく頷いた。
「お兄ちゃんたちも、いい旅してね!」
「ありがとう。」
「君もね。」
◇
親子の姿が小さくなっていく。
澪がぽつりとつぶやく。
「石を集める旅かぁ。」
潮が笑う。
「私たちは言葉を集めてる。」
陸は胸ポケットを叩いた。
「僕は写真かな。」
蒼真は旅日記を取り出した。
「僕は全部かな。」
「景色も。」
「言葉も。」
「人も。」
「全部、この一冊に。」
◇
橋の中央には、小さな表示板が立っていた。
『ここから大島』
蒼真はその文字をしばらく眺める。
島が変わる。
景色も変わる。
でも、この旅で出会う人たちの温かさだけは、どの島でも変わらない。
タケルが空を見上げる。
「蒼真。」
「はい。」
「島は違っても、空は一つだ。」
蒼真も空を見上げる。
どこまでも青く、どこまでも続く空。
その下で、人は橋を渡り、船を漕ぎ、誰かを迎え、誰かを送り出してきた。
神代の航路とは、きっとそんな営みが幾重にも重なって生まれた道なのだろう。
四人は新しい島へ向かって、また一歩、歩き出した。




