表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風の神守り  作者: 灯野 しおん
第二部 第六章 海と空のあいだ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
102/117

第一話 橋の上の約束

朝。


 大三島橋の上には、まだ人影はまばらだった。


 海から吹き上げる風が欄干を渡り、橋全体が小さく歌っているように響く。


 蒼真は立ち止まり、ゆっくりと海を見下ろした。


 潮は穏やかだ。


 朝日を受けた水面が、無数の銀色の糸になって揺れている。


 「この橋も……。」


 陸が欄干へ手を置く。


 「もう景色の一部なんだね。」


 タケルは頷いた。


 「橋は島を変えた。」


 「だが、島は橋に負けなかった。」


 四人は静かに耳を傾ける。


 「橋ができても。」


 「船は今も走る。」


 「港には朝市が立つ。」


 「祭りも続く。」


 「人は新しい道を受け入れながら、昔からの道も大切にしてきた。」


 ◇


 橋の途中、小さな展望スペースに木製のベンチがあった。


 そこへ腰掛けると、一人の老人が双眼鏡を覗いていた。


 首から古びたカメラを提げ、麦わら帽子をかぶっている。


 「おはようございます。」


 蒼真が声を掛けると、老人は笑顔で帽子を上げた。


 「旅かい?」


 「はい。」


 「しまなみ海道を歩いています。」


 「いい旅をしとる顔じゃ。」


 老人はそう言って海を指差した。


 「毎朝ここへ来るんじゃ。」


 「写真を撮るためですか?」


 澪が尋ねる。


 老人は首を横に振る。


 「いや。」


 「同じ景色を見に。」


 四人は少し不思議そうな顔になる。


 「同じには見えんじゃろ。」


 老人は笑った。


 「雲が違う。」


 「潮が違う。」


 「船が違う。」


 「光も違う。」


 「だから毎日来ても、一度として同じ朝はない。」


 その言葉に、蒼真は大山祇神社で出会った女性を思い出した。


 『同じ朝は一度もありませんよ。』


 旅で出会った言葉同士が、少しずつつながっていく。


 ◇


 老人は双眼鏡を蒼真へ差し出した。


 「見てごらん。」


 覗いてみる。


 遠く、小さな漁船が一隻。


 その船の甲板で、漁師が大きく手を振っていた。


 「見える?」


 「はい。」


 「知り合いですか?」


 「毎朝会う人じゃ。」


 「話したことは?」


 「ない。」


 老人は楽しそうに笑う。


 「でも、毎朝手を振る。」


 「もう十年になる。」


 陸が思わず笑う。


 「名前も知らないのに?」


 「知らん。」


 「でも、それで十分じゃ。」


 「名前を知らなくても、人は誰かを待てるし、誰かを喜ばせることもできる。」


 ◇


 その時、海の向こうから、漁船の汽笛が一度だけ鳴った。


 老人も帽子を取って、大きく手を振る。


 船の上の人影も、同じように手を振り返した。


 ほんの数秒の出来事。


 けれど、そのやり取りには十年という時間が流れていた。


 澪が小さくつぶやく。


 「約束してなくても、続く約束ってあるんだね。」


 老人は照れくさそうに笑う。


 「そういうもんじゃ。」


 「人の縁っていうのは。」


 ◇


 橋を歩き始めた蒼真は、旅日記を開いた。


 今日のページには、たった一行だけ書いた。


 > 『約束とは、言葉で交わすものだけではない。今日も会えたね、と笑い合える毎日も、きっと約束なのだ。』


 ページを閉じると、潮風がやさしく吹き抜ける。


 その風は、向島、因島、大三島を通り過ぎ、これから向かう伯方島へと続いていた。


 四人の旅もまた、新しい島、新しい出会いへと静かに歩み始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ