第十七話 旅人の手紙
大三島を歩いていると、小さな郵便局が見えてきた。
白い壁に、赤い郵便ポスト。
玄関先には季節の花を植えた木箱が並び、風鈴が涼しげな音を響かせている。
「郵便局だ。」
陸が足を止めた。
蒼真は建物を見つめながら、小さく笑う。
「少し寄っていこうか。」
◇
局内は木の温もりを感じる、昔ながらの造りだった。
窓口には島の地図や絵葉書が並び、棚には色とりどりの記念切手が飾られている。
局員の女性が笑顔で迎えてくれた。
「旅の方ですか?」
「はい。」
「しまなみ海道を歩いています。」
「それなら、この島の風景の葉書がありますよ。」
女性が差し出してくれたのは、大山祇神社の参道、瀬戸内海の夕景、そして柑橘畑が描かれた絵葉書だった。
澪が思わず見入る。
「きれい……。」
「写真も素敵だけど、水彩画なんですね。」
「島の高校で美術を教えていた先生が描かれたものなんですよ。」
局員は少し誇らしそうに話した。
◇
蒼真は四枚の葉書を選ぶ。
澪も一枚。
陸と潮も、それぞれお気に入りの景色を選んだ。
窓際には、小さな記帳台が置かれている。
四人は並んでペンを手に取った。
最初に書いたのは、向島の宿の女将への葉書だった。
お世話になりました。
教えていただいた朝の景色も、潮風も、忘れません。
「旅は予定どおりにいかない日ほど忘れられない。」
あの言葉どおり、たくさんの出会いがありました。
また、季節を変えて帰ってきます。
二枚目は、因島の祭りの総代へ。
提灯を一緒に飾らせていただき、ありがとうございました。
太鼓の音が今も耳に残っています。
来年も、きっと誰かがあの音を受け継ぐのでしょう。
また、お祭りの日に伺います。
三枚目は、みかん畑の女性へ。
レモン、とても爽やかな香りでした。
約束どおり、実が色づく頃にまた訪れます。
その時は甘いみかんを楽しみにしています。
最後の一枚。
蒼真は少しだけ考え込む。
宛名を書く手が止まった。
「どうしたの?」
澪が覗き込む。
「この葉書……。」
「誰に書こうか迷ってる。」
その時、タケルが静かに微笑んだ。
「旅は、人だけに手紙を書くものではない。」
蒼真は首をかしげる。
「え?」
「未来のお前へ書いてみるといい。」
◇
蒼真は驚いたような顔をしたあと、小さく笑った。
そして宛名の欄へ、ゆっくりと書く。
『未来の蒼真へ』
ペン先が紙の上を静かに滑る。
この旅を終えた頃の僕へ。
今日、瀬戸内海を見ました。
人の優しさに、何度も助けられました。
「またおいで」と言ってくれる場所が、少しずつ増えています。
もし忙しくなって、この旅を忘れそうになったら、この葉書を読んでください。
帰りたい場所があることは、とても幸せなことだと、今日の僕は思っています。
書き終えた蒼真は、少し照れくさそうに笑った。
「これ、届くのかな。」
局員の女性が優しく答える。
「一年後の日付指定でお預かりすることもできますよ。」
四人は目を丸くした。
「そんなことができるんですか?」
「できます。」
「未来の自分への手紙を書かれる方も、ときどきいらっしゃいます。」
蒼真は迷わず頷いた。
「じゃあ、お願いします。」
◇
郵便局を出ると、午後の風が島を吹き抜けていく。
ポストへ吸い込まれていく葉書を見送りながら、澪が静かに言った。
「不思議だね。」
「旅って、前へ進むものだと思ってた。」
「でも今日は、帰る約束を残してきた気がする。」
タケルは空を見上げた。
白い雲が、ゆっくりと海の向こうへ流れていく。
「人は歩いた道を忘れる。」
「だが、誰かへ届けた言葉は残る。」
蒼真は胸元の神代の鍵を握る。
鍵は静かだった。
それでも、その温もりは少しだけ増しているように感じた。
神代の航路。
それは橋でも、海でもない。
人から人へ届く言葉もまた、一つの航路なのだ。
夕暮れが近づくころ、四人は再び橋へ向かって歩き始める。
瀬戸内海には、まだいくつもの島が浮かんでいる。
その一つひとつに、誰かの暮らしがあり、誰かの祈りがある。
そしてその先には、まだ見ぬ出会いが待っていた。




