第51話 汚染された川
王都を出て数日、調査隊は山脈の下部へと到達した。眼前には切り立った岩山と、そこから流れ落ちる川。川沿いを辿るのが今回の調査の主軸だ。
「では、ここからが本番だな」
ゲイルが斧を肩に担ぎながら一歩前に出る。
川のせせらぎを聞きながら進むうち、シレーンが弓を引き絞り、川面を見つめた。
「まず魚ね」
矢が放たれ、川を跳ねた魚が岸に転がる。
魚の内臓を割き、反応を確かめる。黒緑の粘液が滲み出ていた。
「間違いない。食べれば中毒を起こすだろう」
続いてリンが仕留めた小型の獣も同様だった。内臓が濁り、血液そのものに毒素が混じっている。
エリダイトは興奮を隠さず、震える手でメモを走らせた。
「やはり……! 下部の動物ですら既に侵されている! 毒の浸透は環境そのものに及んでいると見ていいでしょう!」
「要するに川の水自体が汚染されてるってことですね」
コリーは眉をひそめ、周囲を見渡す。
「水質汚染とかいう範囲を超えてるな」
ナカムラは頷きながら川の水に目を凝らす。
一行は慎重に進みながら、日が傾くころには中部へと足を踏み入れていた。しかし調査を挟むため歩みは遅く、下流を抜ける手前で野営を決めることになった。
焚き火の周りで簡素な食事をとり、交代で見張りをすることになる。ナカムラの視界に映る魚も獣も、毒の有無を確認しなければ口にできない。しかし幸い、ナカムラの目はそれを見分けることができた。
夜半、見張りに立っていたイザベラが全員を起こした。
「起きて。……ハイグマが近づいてくる」
「ハイグマだと? この辺りに降りてくるのは妙だな」
ゲイルが斧を構える。
リンが、耳を澄ませた。
「大きい、一頭だけ。逃げてきた?」
やがて焚き火の明かりに姿を現したのは、灰色の巨体。クログマよりも二回りは大きい。鋭い爪が木を削り、濁った目がこちらを捕らえる。
ゲイルが声を張り上げ威嚇するが、クマは怯むどころか唸り声を上げて突進してきた。
「来るぞ!」
ナカムラが叫ぶ。
戦闘は短いが激しかった。シレーンとイザベラの矢が足を射抜き、リンが走り込んで斬撃を浴びせる。ゲイルの斧が頭を割るように叩き込まれ、ハイグマは倒れこむ。
倒れたクマを調べると、無数の傷跡があった。
「同族と争った痕ね……」イザベラが解体しながら呟く。
ナカムラは傷口に触れ、息を呑んだ。
「これは毒だ。同じクマと争った結果、毒に侵された可能性が高い」
エリダイトは瞳を輝かせて言った。
「ハイグマが逃げなければならない相手っ、新たな魔獣の可能性もありますねぇ」
ゲイルは苦い顔でクマを見下ろした。
「つまり、今はこの山は獣まで毒を帯びてるってわけか。やばい話になってきたな」
夜は再び静けさを取り戻したが、全員が胸に不安を抱えたまま夜明けを迎えた。
朝日が差し込むころ、調査隊は再び出立した。道は次第に険しくなり、赤茶けた岩肌が広がる。川の流れは細くなりながらも力強く、そこから放たれる毒の気配は濃度を増していた。
ナカムラは川面をのぞき込み、顔をしかめた。
「下流より濃い。水自体が毒になりつつある。上流はもっと危険だ」
ゲイルが吐き捨てる。
「毒の川、か。冗談じゃねぇ」
ここで探索班の三人リン、シレーン、イザベラが周囲の確認に散った。ナカムラたちは川辺で毒の濃度を改めて測り、休息をとる。
やがて三人が駆け戻ってきた。息を整える間もなく、シレーンが全員に伝える。
「まずいのがいる」
その言葉に一同の背筋に緊張が走った。




