第52話 狂熊
岩山地帯の川沿い。先行して偵察に出たリンたちが戻り、イザベラが短く告げる。
「まずいのがいた。でかいシログマ……いや、普通じゃない。首から上が紫色に染まってた」
「紫?」
ナカムラが目を細める。
「ただのシログマじゃない。サイズもでかすぎる、もうあれは新種の魔獣よ。あいつの爪か牙を受けたら、即死だって思っていい」
エリダイトは興奮のあまり震える声で叫んだ。
「毒のあるものを食い続けた結果、自分自身も毒を蓄えたのでしょう。しかも頭部だけが変貌とは……見た目の特徴から仮名『ドクカブト』この一帯の異変の中心にいるのは間違いありません!」
ゲイルが低く唸る。
「だったら、今ここで仕留めるしかねぇな」
ナカムラは仲間を見渡し、即座に指示を出した。
「弓を使えるイザベラとシレーンは高台に。罠を仕掛けて優位を取る。リンとゲイルが誘導役、コリーは後方支援、俺はカバーに回る。各自、全力を尽くすぞ」
岩場に網とロープの仕掛けが設置される。高台に上ったイザベラとシレーンが弓を構え、川辺にはナカムラとコリー。リンは岩陰に潜み、ゲイルは大声を上げながら獣道を進み、標的を誘い出した。
やがて、岩陰から巨体が姿を現す。白毛の巨熊、だが首から頭部にかけてはどす黒い紫色に染まり、目は血走り、泡立つ唾液が毒々しく滴り落ちている。
「うわ……でっか」
コリーが思わず息をのむ。
「おいで」
リンが挑発し、石を投げつけた。ドクカブトは怒声のような咆哮を上げ、四肢で地を叩きながら突進してくる。
――――ッ
ロープが引っ張られ、巨体が仕掛けた網に絡まる。
「今だっ!」
イザベラとシレーンが矢を連射し、毒矢も混じって撃ち込む。巨体は何度も矢を受けて血を流すが、紫色の毛並みはなおも威圧感を放っていた。
「効いてる! ……はずだよね?」
コリーが叫ぶ。
しかし次の瞬間、ドクカブトは凄まじい力で網を引きちぎった。血まみれになりながらも、その動きは信じられないほど速い。
「高台に向かってる!」
シレーンの矢が連続して突き刺さるが、巨体は構わず岩を駆け上がる。その動きは獣というより魔物そのものだった。
「嘘でしょ!? あの大きさで登ってくる!?」
シレーンは慌てて後退するが、逃げ切れない。
「跳べ!」
リンが叫ぶ。
シレーンは必死に飛び降り、地面に転がった。着地の衝撃で足を捻り、苦痛に顔を歪める。すぐさまコリーが駆け寄るが、ドクカブトの目はもう一人の射手――イザベラに向いていた。
牙を剥き、巨体が迫る。
「こっちだぜ!」
ゲイルの斧が回転しながら飛び、ドクカブトの片目を潰す。巨獣は絶叫し、地面をのたうち回った。
そこへリンが柄尻にロープを結んだナイフを投げ込み、喉元をかすめる。イザベラもすかさず弓を射るが、分厚い脂肪に阻まれて深手には至らない。
「まだ動く!? なんて化け物だ!」
転がり暴れていたドクカブトは、運悪く至近にいたコリーとシレーンに狙いを定めた。
「コリー、下がれっ!」
ナカムラが飛び込み、ドクカブトの振りかぶった爪を甲冑ムカデで補強した装甲で受ける。しかし爪のするどさが勝り、左肩に激痛が走った。骨がきしみ、砕ける音。
「ぐっ……!」
もう片方の爪が迫る。ナカムラはコリーを庇い、必死に包丁を構えた。
その瞬間――
手にした包丁が青白く輝いた。
全身を振り絞り、渾身の一撃を放つ。
――――ッ
光刃が首を断ち切り、ドクカブトの巨体が崩れ落ちた。血と毒が地を濡らし、凄絶な臭気が辺りを覆う。
戦いは終わった。だがナカムラの左腕は抉られ、紫色に染まっていく。
「ナカムラさんっ!」
コリーが駆け寄り、泣き叫ぶ。
イザベラは顔を歪める。
「この傷じゃ……しかも毒まで回ってる。助かる見込みは……」
「言わないでください!」
コリーが遮った。
涙を流しながら、必死に治癒スキルを使う。
「ナカムラさんが助かるかどうかなんて……死んでみないとわからないでしゅ! どーせ、この人のことだから……毒なんて尿結石にして出してくるんです!」
声が震え、嗚咽が混じる。
「心配させた罰として……尿管裂けるくらいの痛みを味わえばいいんでしゅ……だから、生きてくださいよ……!」
光がナカムラの身体を覆い、血を少しずつ押しとどめていく。
仲間たちはその場に急ごしらえのキャンプを設営し、総力をあげてナカムラの救命にあたった。
川のせせらぎが毒に濁る中、一夜は長く続いた――。




