第50話 山脈の調査隊
山脈の調査をすることにしたナカムラは、まず冒険者ギルドに向かった。都のギルドは昼下がりでも人の出入りが絶えず、依頼掲示板の前には人だかりができている。
ギルド長に面会を申し出ると、すでに話は商業ギルドから伝わっていたようで、案内は早かった。
「君を面接したのも今では懐かしいな、見事なものだと感心している。さて今回の件は聞いている。毒を持つはずのない獣や魚が人を害する……確かに異常事態だな」
老練なギルド長は腕を組み、深刻な表情で頷く。
ナカムラは考えを整理しながら言った。
「一つの調査チームだけでは限界があります。そこで、商業ギルドと連携し、山脈調査の依頼を冒険者全体に広げてほしいのです。報奨金は上乗せしてもらえるよう王太子殿下からも了承を得ています。なるべく多くの冒険者が山に入り、異常の兆候を持ち帰ってくれれば、それだけ全体像をつかみやすい」
「なるほど……確かに一団だけでは範囲が限られる。だが複数の冒険者がそれぞれ情報を持ち帰れば、網羅的な調査になるわけだな」
「ええ。私も調査のために現地へ向かいますが、それだけでは不足です」
ギルド長は深く頷き、商業ギルドと協議の上で、すぐに追加の調査依頼を掲示することを約束した。
その日のうちに「山脈の環境調査」の張り紙が掲示板に貼られ、冒険者たちが何人も参加することになった。
ナカムラ自身が率いる調査チームは、まず仲間のコリーとリン。
さらに、山脈の地理に詳しいゲイルを呼び出すと、彼は快活に笑った。
「こき使われるようになったもんだ、まぁ、額としては申し分ない。協力しよう」
次にギルド経由で紹介されたのが、生物学者のエリダイトという男だった。
細身の体格で眼鏡をかけ、分厚いノートを抱え込んでいる。見るからに研究職といった風貌だ。
「わたしはエリダイトと申します。専門は生物学、特に変異個体の観察が得意です。危険な現場に出るのは正直得意ではないのですが今回の事象は研究者として看過できませんので」
彼は自らの興奮を抑えきれないのか、言葉を早口に続けた。
「毒を持たぬ種が毒性を帯びる、これは進化か、あるいは環境的要因か……。詳細な記録を残せば学会において――」
「生きて帰ることを第一に考えてください」
ナカムラが割って入ると、エリダイトは少し気まずそうに咳払いした。
さらに、探索を得意とする冒険者二人にも声をかけた。
一人はイザベラ。中背で引き締まった体躯を持ち、短弓と短剣を腰に提げている。
「なんだかんだで付き合いも長いわよね、今回もよろしく」
彼女とは、湿地の頃からの付き合いだ。下手に高位の冒険者に依頼をするよりチームワークがとりやすい。
もう一人はシレーン。密林では大分お世話になった。
「言っとくが密林以外だと足手まといになるかもしれないよ。まぁ、恩もあるし好きに使って」
ぶっきらぼうな言い方をする彼女だが、同郷のリンとしては、彼女が一緒だと知り、少し嬉しそうだ。
調査隊が全員そろった夜、ギルドの一室で作戦会議が行われた。
卓上には山脈の地図が広げられ、川の流れや主要な山道が描き込まれている。
ナカムラは全員を見渡し、静かに言った。
「目的は山脈の川を上流へたどり、異常の原因を探ることだ。毒を帯びた獣や魚が発生しているなら、川上に原因があるはず。調査範囲は川沿いを中心に進めます」
ゲイルが腕を組みながら頷く。
「わしが先導をする。まぁ、川沿いなんて誰が案内しても変わらんがな」
「じゃあ、私とシレーンは、その周辺をなるべく広く見渡しながら、観察する役ね」
イザベラとシレーンがお互いの役割を確認し合う。
エリダイトは分厚いノートを取り出し、ペンを走らせながら口を挟んだ。
「わたしは毒を帯びた個体が出れば、採取と記録を担当します。危険は重々承知ですが、得られる知見は計り知れません」
ナカムラはうなずき、最後に二人の仲間へ視線を向けた。
「リンは機動力を活かし、獣が出た時の囮や偵察を任せる。コリーは治癒とサポートを頼む」
準備は数日にわたって進められた。保存食や治療薬、縄や火打ち石といった探索必需品。
やがて出立の朝。城門前に七人が集った。
空は澄み、遠くに見える山脈の稜線が朝日に染まっている。
ナカムラは最後に全員を見渡し、静かに告げた。
「これより山脈調査を開始する。目的は原因の究明と、生還だ。必ず全員で戻ろう」
仲間たちの頷きを受け、調査隊は山脈を目指して歩みを進めた。




