第34話 故郷の宴
毒魚食堂の戸口が、がらりと開いた。
「おう、カマヒ連れてきたぞ!」
村人の朗らかな声とともに現れたのは、初老の男、コリーとリリーの祖父カマヒであった。年齢には勝てぬ皺の刻まれた顔だが、鋭く澄んだ眼光と、いまだ逞しい肩幅が、彼が現役の漁師であることを雄弁に物語っている。
「おじいちゃん!」
コリーが立ち上がると、村人たちは笑いながら道を空け、祖父と孫の再会を邪魔しなかった。
「おお……コリーか。あの頼りなかった子が、こんな立派な姿になって……」
カマヒの目尻に、ほんのわずか光るものがにじむ。コリーは少し照れながらも、勢いよく抱きついた。
「やめてよっ!でも元気そうでよかった!」
「そう簡単にくたばるわけがあるか。まだまだ現役のつもりでやっているさ。」
周囲の村人たちも「今日は宴だ!」と口々に叫び、毒魚食堂は一気に祭りの空気に包まれる。
その夜。
長机の上には、普段では考えられぬほど豪勢な料理が次々と並んだ。
赤身魚の刺身は、深紅の宝石を思わせ、白身魚は淡雪のように透き通る。青魚の銀色の切り身が光を反射し、巨大な木の船に盛り付けられたその姿は、まさに「大漁船盛り」と呼ぶにふさわしい迫力だった。
「これはわしが今朝仕留めてきたゴアモンガラじゃ」
カマヒが自慢げに運び込んだのは、七十センチはある巨魚。鉄鉱石のように硬い歯を持ち、なんでも噛み砕く事が出来る狂暴な性格の厄介者だが、長時間煮込むと独特の旨味を放つという。その煮付けの香りが食堂全体に広がり、子どもたちは鼻をひくひくと鳴らしながら待ちきれぬ様子を見せる。
続いて現れたのは、胴回り2mもあるオオダルイカ。串に刺され、皮がぱちぱちと音を立てながら炭火に焼かれている。香ばしい匂いに包まれ、村人たちは歓声をあげた。
そして、とっておきだと運び込まれたのが――。
「「黒曜マグロ!」」
全長二メートル、漆黒の巨体。皮は黒曜石のように硬く、槍を突き立てても容易に傷をつけられぬという、高級魚だ。
「おおぉ……!」
歓声があがる中、次の言葉でナカムラはびっくりする。
「え~、本日は、こちらの黒曜マグロの解体ショーを行います。担当頂くのはせっかくこの村を代表する料理人が帰ってきてるので、ナカムラ様お願い致します。」
何の真似かわからないが、どちらにせよ、解体するのはナカムラなのは確定らしい。
「え、俺!?」
突然の指名にナカムラは目を丸くしたが、村人たちは「見たい!」「頼むぞ!」と手を打ち鳴らす。いつの間にか宴会は「解体ショー」へと変わっていた。
大きなまな板が運び込まれ、ナカムラは深呼吸をし、腰に差した出刃包丁をゆっくりと抜いた。刃が光を反射し、周囲が静まり返る。
「……よし」
黒曜マグロに包丁を入れる。
ぎぃ……という金属を思わせる音。村人たちのざわめきが止まり、息を呑むように見守る。ナカムラは手首をしならせながら、包丁を巧みに進めていく。やがて硬い皮のつなぎ目を突破し、鮮やかな赤身が顔を覗かせた瞬間――。
「おおおおっ!!」
食堂全体が歓声に包まれた。
赤と白の美しいコントラストが、次々と切り分けられていく。脂がにじみ、煌めく断面は宝石のよう。子どもたちは「すげぇ……!」と目を丸くし、大人たちは次の瞬間を待ちきれず、杯を掲げた。
そんな熱気の中。
少し離れた席で、リリーとコリーが肩を寄せ合って眺めていた。
「懐かしいなぁ……」
リリーがぽつりとつぶやく。
コリーは小さく笑い、杯を傾けた。リリーは横顔をちらりと見て、からかうように言った。
「ねえ、リリー……私が都に行ったこと、怒ってる~?」
「はぁ? そんなわけないじゃん」
リリーはわざと大げさに手を振り、にやりと笑う。
「むしろ楽しそうだよ、あんた。冒険者なんて大変そうだけど……似合ってる」
「……ありがと」
コリーの目が潤みかけたのを、リリーは何も言わずに杯を合わせることで受け止めた。
解体が終わり、黒曜マグロの刺身が大皿に並ぶ。
乾杯の声が上がり、村人たちは歌い、笑い、杯を重ねる。
その光景を眺めながら、2人は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
自分たちが関わり、変化をもたらした村。
フグを特産品とした取り組みが実を結び、漁の恵みは増し、村は活気を取り戻した。
「ここが……第二の故郷だなぁ」
つぶやいた言葉は、賑やかな喧騒にかき消された。
村の夜は更けていく。
笑い声と歌声が絶え間なく続き、灯りは夜空を照らし続けた。
その中心にあるのは、かつては空き家を使っただけの毒魚食堂。今は立派に村の象徴としてそびえ、村人たちの笑顔を映していた。




