第27話 梅仕事とギルドの新メニュー
ナカムラが梅と砂糖を詰め込み、度数の高い酒を注ぎ込んだ大瓶は、ギルドの片隅、ひんやりとした倉庫に置かれることになった。
「一か月くらいすれば、ある程度飲めるはずだ」
「一か月……長いなぁ~」
瓶の前にしゃがみ込んで、コリーはじっと中をのぞき込む。透明な酒の中で青い実がぷかぷかと浮かび、少しずつ色が移っていく。
「まだ一日目だから、そんなに変わらないぞ」
「でも、見てると気になりません?」
「我慢しろ。我慢が肝心なんだ」
数週間後。
「色が変わってきましたね!」
コリーが興奮気味に瓶を持ち上げる。酒は透明から、ほんのりと黄金色に染まりつつある。
「そうだろう? 香りも出てきてるはずだ」
ナカムラは瓶の蓋を開け、慎重に香りを嗅ぐ。ふわりと立ち上る酸味と甘みの混ざった匂い。
「うん、これは期待できる」
「ちょっと! わたしも!」
コリーが顔を突っ込むようにして香りを吸い込むと、途端に目を丸くした。
「すごい……お酒の匂いなのに、フルーツみたい!」
「それが梅酒の魅力だ。完成したら、まず一口……」
「……全部飲んじゃダメですからね」
「俺がそんなことするか」
二人は顔を見合わせて笑った。
1か月後。
瓶の中の液体はすっかり黄金色に染まり、揺らめく度にとろりとした輝きを放っている。
「もう……いいんじゃないですか?」
「そうだな。試飲してみるか」
小さなグラスに注がれた梅酒は、甘酸っぱく芳醇な香りを漂わせていた。
コリーは一口含むと、目を見開く。
「……んんっ!? これおいしい!!!」
「だろう。あの青臭い実が、ここまで変わるんだ」
ナカムラも一口飲み、満足げに頷いた。
「梅酒完成、だな」
これで全てが揃った、そう言わんばかりにナカムラは冒険者ギルドの新メニュー密林グルメの準備を始めた。
週に一度の「毒魚食堂 出張所」の日。今夜は、普段以上に冒険者たちの熱気に包まれていた。噂によれば、密林で採れた食材を使った新メニューが出る上に、熟成を待ち続けた特製の酒が振る舞われるという。
「おい、今日の料理には酒がつくんだろ?」
「しかも自家製らしいぜ。なんでも毒のある実が入っているらしいぞ」
「そんなんでうまくなるのか?」
「まあ、とりあえず飲んでみりゃわかるさ」
冒険者たちは期待半分、不安半分で長机に腰を下ろす。
やがてナカムラとコリーが厨房の奥から食材を運び出すと、場の空気がざわめいた。
「……なにこれ?」
「葉っぱ? 木の皮?? ……いや、あれは密林の木の幹だろ」
「食べられるのは、せいぜいエビくらいじゃねえか?」
机の上に並べられたのは、一見して美味しそうとは言い難い素材ばかり。
中には薬草のような強い匂いを放つものもあり、冒険者たちは顔を見合わせて苦笑する。
「手打ちの麺、って言ってたけど……太すぎないか?」
「こりゃあ、失敗作を無理やり出すんじゃねえのか」
場には落胆が広がった。
それでも「酒とエビの天ぷらだけでも楽しもう」と、半ば諦めながら料理の完成を待つ。
ほどなくして――。
目の前に運ばれてきたのは、大ぶりの丼だった。
立ちのぼる湯気の向こうから、澄んだ出汁の香りがふわりと広がる。
魚介の甘み、海藻の奥行き……それらが合わさり、冒険者たちの鼻腔をくすぐった。
「……お?」
「うまそうだぞ」
丼の表面を彩るのは、揚げたての天ぷら。
黄金色に輝く海老の天ぷらは、衣が花のように広がり、見るだけで食欲を誘う。
その隣には、香ばしい衣をまとった山菜――ウド、ワラビ、そしてタケノコが並んでいた。
ナカムラが手短に説明する。
「密林で見つけた食材だ、きちんと処理はしてあるから旨いぞ!まずは出汁をひと口味わってくれ」
冒険者たちが丼ぶりを手に持ち、湯気ごと吸い込む。
「……っ! うまい!」
「優しい味だ……けど、薄いんじゃなくて深い。魚の甘みがある」
疑念はたちまち溶け、歓声がこぼれた。
「次は……」
海老の天ぷらを割ると、サクッと心地よい音が響く。
中からはぷりぷりとした身が現れ、噛むと濃厚な甘みが衣の香ばしさと溶け合う。
「……これ、密林で捕まえたエビなのか?」
「うますぎる! 唐揚げとはまた違う食感だな!」
続いてウドの天ぷら。爽やかな苦味と清涼感が口いっぱいに広がり、出汁に浸せばやさしい旨みに変わる。
ワラビはぬめりの柔らかさとほろ苦さが絶妙で、タケノコは噛むほどに甘みをにじませる。
そして、主役のうどん。
箸で持ち上げると、太さにばらつきがある麺がずっしりと重みを感じさせる。
「見た目は少し変わってるが……」
一口すすると――つるりと滑らかで、もちもちとした弾力が心地よい。
出汁を吸った麺からは小麦の香りと旨みが溢れ、天ぷらとの相性は抜群だった。
「なんだこれ……太いからこそ噛みごたえがある!」
「腹にたまるな……これは冒険者向きだ!」
最初に感じた落胆は、完全に覆されていた。
料理に舌鼓を打つ彼らの前に、さらに琥珀色の液体が差し出される。
恐る恐る口に含むと――。
「……っ!? なんだこれ、甘酸っぱくて……香りが広がる!」
「でも後味はすっきりしてて、また飲みたくなる!」
天ぷらの香ばしさや出汁のやさしい塩気を受け止め、口の中を洗い流す。
自然と次のひと口を誘う魔力。
「料理と酒がこんなに合うなんて……」
「こいつは贅沢すぎる!」
こうして、『密林天ぷらうどん』と梅酒は、冒険者ギルドの新たな名物として語られることになった。
「密林から持ち帰った得体の知れない食材」を、「誰もが喜ぶご馳走」に変えてしまったのだ。
その夜、ギルドの大広間には笑い声と「もう一杯!」の声が響き、梅酒の瓶は次々と空になっていった。




