第26話 密林グルメ紀行
2人が再び密林を訪れたのは、討伐や依頼とは無縁の静かな日だった。
「こういう時こそ、自分の研究の時間に使わなきゃな」
背に網と袋を背負い、ナカムラはコリーを伴って緑深い密林の小道へ足を踏み入れた。
「それにしても、本当にまた来たんですね。密林なんて、どんな猛獣に会わないかビクビクする場所なのに」
「シレーンにある程度、安全な場所を教えてもらってある。そこなら獣の通り道じゃないし、食材も豊富なんだ」
濃密な湿気と、葉の滴がしたたる音。
昨日降った雨のせいか、空気は重いが、緑は一層瑞々しく映えていた。
「ところで、今日は何を探してるんですか?」
コリーが問いかけると、ナカムラは木の根元にしゃがみ込み、実を拾う。
「ああ、これだ」
手のひらに転がっていたのは、青い実だった。
表面は青緑色、硬そうで、酸味の強い香りがかすかに漂っている。
「……なんか、青くてあんまりおいしそうじゃないですねぇ」
「それはこいつが酒に浸かった後に、もう一度言ってくれ」
ナカムラは楽しそうに笑いながら、袋に実をいくつも回収していく。その表情はどこか懐かしさを帯びていて、コリーは首をかしげた。ナカムラには確信があった。
これは、かつて自分のいた世界で「梅」と呼ばれていた果実だ。そのまま生で食べれば毒物だが、酒に浸せば芳醇な香りを放ち、料理にも重宝される。
採集は続く。ただの木肌に見える灰色の幹。だが表皮を少し剥ぐと、中から淡い緑の芽が伸びている。
「ウド……だな」
さらに足元には、先がくるりと丸まった芽が群生していた。
「これも……ワラビ」
さらに進むと、青々とした竹が自生するエリアがあり、土を割って伸びる、固い殻をまとった筒状の芽。
「……タケノコ」
呟くたびにナカムラの顔がほころぶ。見慣れぬ食材にしか見えないそれらを、彼は迷いなく袋に詰めていった。
「また何か考え付いたのかな~」
コリーは笑みを浮かべながら、相棒の奇妙な行動を楽しそうに見守っていた。
最後に二人が向かったのは、密林に流れる川だった。清らかな水が音を立てて流れ、川辺の茂みは小動物の隠れ家になっている。ナカムラは背負ってきた網を取り出し、茂みの中へと突っ込んだ。
「よし、引き上げるぞ」
ザバッと水音がして、網の中で何かが跳ねる。透明な殻に縞模様、立派なヒゲを持つ小さな生き物。
「エビィ!」
コリーが目を輝かせる。何度か繰り返すうちに、袋の底にはエビが次々とたまっていった。
「これで今回の仕事は完了だな。さ、都に戻るぞ」
街へ戻ると、まず足を運んだのは酒屋だった。
「一番度数の高い酒をくれ」
店主が差し出した透明な瓶からは、鼻を突くようなアルコールの香りが立ち上る。ナカムラはさらに砂糖と大きめの瓶を購入すると、その場で青い実を洗い、砂糖とともに瓶へ詰め込んだ。そこへ酒を注ぎ、蓋を閉じる。
「これでしばらく寝かせれば……梅酒だ」
見慣れぬ光景に、コリーは首を傾げながらも興味津々で覗き込んでいた。
続いて二人が向かったのは冒険者ギルドだった。受付嬢に台所を貸してほしいと頼むと、あっさりと快諾してくれる。
「出来たらぜひ教えてくださいね~」
にこやかに送り出され、ナカムラはギルドの台所に食材を並べた。
まずは野菜。ウドとワラビは水にさらし、アクを抜く。タケノコは湯がいて柔らかくする。続いて、穀物の粉に水を加え、力を込めてこねる。
「ふぅ……なかなか骨が折れるな」
額に汗をにじませながら、生地をまとめ、薄く伸ばし、畳み、細く切っていく。
――うどんの麺が完成した。
大きな鍋で湯がくと、白い麺がふわりと浮かび上がる。
つややかに光る麺を見て、コリーは感嘆の声を漏らした。
次はエビ。殻をむき、背ワタを取り、筋切りをする。そして野菜とともに粉を水で溶いた衣にくぐらせ、油へ落とす。
ジュワッ!
弾ける音と香ばしい匂い。黄金色に揚がったエビ、タケノコ、ワラビ、ウドを次々と皿に並べる。最後に、湯がいた麺を器に盛り、その上に天ぷらを豪快にのせ、複数の調味料を合わせたタレをかければ
『密林てんぷらうどん』の完成だ。
「いただきます」
コリーは恐る恐る麺をすすった。つるりと喉を滑る食感に、目を見開く。
「……なにこれ! もちもちしてて、すっごくおいしい!」
続けて天ぷらをかじる。
サクサクとした衣の中から、ぷりぷりのエビが弾け、濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。
タケノコは歯切れよく、ワラビはほのかな苦味がアクセントに。ウドは香り高く、油をまとって一層引き立っている。
「密林でとれた食材だけで、こんなご馳走ができるなんて……おいしいでしゅ~」
コリーは、口いっぱいに頬張った天ぷらをもぐもぐと咀嚼しながら、満足そうな顔をしていた。
ナカムラは笑いながら自分も箸を取り、うどんをすすった。
「工夫次第で、まだまだ新しい料理が作れる、やはり新天地はやめられないな!」
二人はしばし無言で食べ続けた。外の喧噪も忘れ、ただ湯気と香りに包まれながら。
こうして、密林の恵みとナカムラの知恵が結びつき、新たな料理『密林てんぷらうどん』が、この世界に生まれたのだった。




