大海のアダム【16】燃える海(1)
燃える海 (1)
それは、あまりにも巨大だった。
山の如き圧倒的な質量を有し、三体は戯れ合うようにゆるゆると廻りながら海を泳ぐ。
大海獣ゲルダゴス。
アリシアからの情報によれば、奴は異界の邪神『ダゴン』の細胞より造られたクローンであり、この世界『アビス』で実験的に培養されている神ならぬ神だと言う。
奴が数十年に一度、不定期に引き起こす『大召海』という現象は海洋魔族たちに甚大な被害を与え、ルートによっては滅びる種族もある。
本体が潜む『死の谷』の底から胃袋にあたる部分のみが這い出して海を荒らし、満足すれば谷の底に戻り再び長い眠りにつく。それは只の食事であり、何の悪意も敵意もない生理現象だそうだ。腹が減って凶暴になっている奴を刺激して被害を増やす必要などないと、竜王をはじめとする海洋魔族たちは不干渉を貫き戦いを避けて来た。
その1800年間守り続けたルールを破り、海の支配者である竜王軍のほとんどの勢力を投入してゲルダゴスを倒す闘いに挑むきっかけを作ったのはこの俺だ。
少し冷静になって考えてみれば分かった事だが、アダムが持つ調整力の影響力が及ぶ範囲を大きく超えたこの戦いは、明らかに俺の体が超越神タケミカヅチの肋骨から造られた超神剣を依代にしている事に関係していた。
今この場に絶対的カリスマ性を持つ竜王本人が居たならこうはならなかったと思うが、しかし、竜王が不在であった事が幸か不幸か海の民達は俺と関わるごとに心を開き、まるではじめからそうと決まっていたかのようにゲルダゴスと戦う運命を受け入れ、無条件に信頼を寄せた。俺の言葉を聞くたびに瞳に輝きを宿すその姿は、後になって考えれば明らかに異常だった。
俺自身も、依代からの影響を受け少しづつだが変化していた。戦争という事柄に関しては特に、平和な日本から来たにしては落ち着き過ぎており、数々の実戦を体験したベテラン指揮官のように迷い無く指示が出せた。
俺はそれを当たり前のようにこなすばかりか、戦争を前にすると心が踊り、アリシアの事で落ち込んでいたのが嘘のように戦争モードとでも言うべき精神状態にシフトしていた。『思考加速』が当然のように機能し、俺が命令するまでもなく情報を集めてくれて闘いに備えているのが分かる。
この『思考加速』という能力も進化している。今は意識しないと使えないが、そのうちこの状態が当たり前になり、呼吸や瞬きするのと同じになってしまいそうな気がした。REYと比べれば演算能力に圧倒的な差があるが、召喚されたばかりの時の事を思えば物凄い成長だと思う。
ゆかりが付加させ、アリスが開放した力『思考加速』
こちらはREYの影響を受けているのだろう。少し前からエネルギー消費を抑えたイージーモードで展開し続ける事が可能になっていた。その『思考加速』が危険を感じ、俺の思考へ情報を送る。
アメーバのような単細胞生物の姿から、哺乳類のクジラに近い姿へと形を変えたゲルダゴス。これがただのコケ脅しであるわけがない。外見の変化以上に強烈な恐怖を抱いた俺は、ヤバいと警鐘を鳴らす思考加速に従い即座に司令を出した。
「全騎急速反転! 既にヤツの射程範囲に入っているぞ!」
叫ぶと同時に海馬の手綱を引き距離を取るよう指示を出すが、ゲルダゴスは分かっているぞとばかりに見事な連携をとり、三体がそれぞれに散開して逃げ道を塞ごうと動いた。後ろを取られた場合、89%以上の確率で全滅すると『思考加速』が告げている。
今までのゲルダゴスとは完全に別物の動きだ。外殻もはっきりしており、目があり、大きな牙がある。シロナガスクジラのようなスラリとした外見ではなく、オデコが迫り出したゴツいマッコウクジラに近い姿をしていた。
マッコウクジラと違うところは目の数。
瞼を閉じているモノもあるので全部で幾つあるのか正確に数えられないが、少なくとも一体につき500個以上はあるように見える。大きさもまちまちで、本物なのか擬態なのか分からない。ギョロギョロとせわしなく動き、こちらの能力を測っているように感じられた。
「何だありゃ!? 話と全く違うじゃねぇか! 偵察隊の奴らは何を見てたんだ!」
シリウスの声に俺も同意見だが、そんな事よりも今はこの海域から一秒でも早く脱出する方が先だ。俺たちは根本的に作戦を立て直す必要がある。堅そうな外殻を持ち、高速で泳げるゲルダゴスを相手にするなど想定してないし、それ用の装備などしていない。
「内部に熱源探知。音波攻撃が来ます!」
「防御結界出力最大!三重奏が来るぞ!」
言い終わらぬ内にゲルダゴス三体が同時に音波攻撃を放った。ビリビリと振動が全身を揺るがし、REYが組み立てた対ゲルダゴス用防御結界が悲鳴をあげる。一撃目はなんとか持ち堪えたが、連続して攻撃されたら壊れる可能性は高い。
《ゆかり!リンクはもう回復してるだろう? 頼む、手を貸してくれ!》
俺は、ゲルダゴスとの遭遇予測地点に向かう途中でリンクが回復してるのを確認している。すぐに話しかけて来ると思ったゆかりが、いつまで経っても話し掛けて来ない事に疑問を感じたが、そうこうしてる間にゲルダゴスを発見したのだ。
リンクが正常に機能してる事を示す表示が俺の視界の隅に浮かんでいる。だが、戦闘に入ってもゆかりは話し掛けて来ない。
《どうしたんだ!? なぜ返事しない?》
「アダムの大将どうする!? コイツはかなりヤベエぞ!」
「分かってる。こんな軽装備じゃあ、ヤツに体に傷のひとつも付けられないだろう。一時退却だ!」
「その方がいい。アイツには貫通兵器が必要になる」
俺達は先行遊撃部隊である為に、重量のある高出力の兵器を装備していない。多方面から触手が攻撃して来ると想定した散弾タイプの魔力砲を装備し、各自携帯式の簡易電磁バリアで身を守っていた。
最新鋭の武器がどんなレベルにあるかは知らなかったが、中世ヨーロッパのような鉄鎧を着ているのとはアンバランスな程に彼等の武器は近代的だ。戦闘機や戦車のような戦闘マシンという概念は無いようだが、銃火器は存在しているし、長距離弾道ミサイルのような兵器も存在している。
違いはその弾が魔力弾である事と、装填数が使い手それぞれの持つ魔力量に比例し、撃ち続けると魔力が尽きるという点だ。弾の威力も使い手により少しは変化するそうだが、弾数程には影響しない。一定の威力が保証されている代わりに、魔力の少ない者はたくさん撃てないという事だ。
「シリウスたち竜臥兵はしんがりを頼む。竜人兵は全速で離脱しろ。後続の黒竜軍重歩兵機動部隊と合流だ」
「大将はどうする?」
「右に旋回したあと、潜行したゲルダゴスを追う。あの一番デカいヤツだけ様子がおかしかった。何かする気かも知れん」
「了解した。しんがりは任せろ。大将も気を付けてくれよ!」
まわり込み退路を塞ぐ行動をとった一体が、途中から進路を変えて深く潜って行った。あの動きに何の意味があるのかを確かめないといけないような気がしたのだ。俺はシリウスに兵を逃がすように頼み、飛び抜けて巨大なゲルダゴスのあとを追う事にした。
ーーーあれ? そう言えば、爺さんの姿が見えなかったような気がしたが?
振り返って兵士達の様子を確かめた時、リラン老師の姿を見た記憶がない。結構なお喋りな爺さんが、進行開始のラッパから今まで一度も話して来ないのも変だ。
「そう言えば、老師には海馬を用意して無かったな。置いて来ちまったか? いきなり全速力スタートだったし」
「その通りじゃ、バカ者め! やっとワシの事を思い出したか!」
馬の下から声がした。
何と老師は、馬の腹に張り付いていたのだ!
「変わった趣味だ。よくここまで振り落とされなかったもんだよ」
「こんな趣味持っとるジジイがどこの世界におるかよ! 止まったら上ろうと思っておったのに、急旋回などしよって! 危うく振り落とされるところじゃったわい」
俺は老師に向かって手を伸して、海馬の腹から背中へと引き上げてやった。馬の背には簡易電磁バリア発生装置と散弾銃が括り付けてあり、ふたり乗れるだけのスペースは無い。しかし老師は、装置と散弾銃を外して銃は肩に担いだけどバリアを作る為の装置は捨ててしまった。
「捨てちまってどうすんだ!! 触手の攻撃が来たらとっ捕まるぞ!」
「アホかお前は! 天歩が使えるワシに、触手攻撃なんぞが当るかよ。要らぬ心配しとらんで早く奴を追え。お前の言った通り何かする気じゃぞ」
爺さんを背中に乗せたまま、俺は深海に潜ったゲルダゴスを追う事にした。
「見えるか爺さん。奴らがこの海域に留まっていた理由が分かったぞ。とんでもねえ隠し玉を用意してやがる」
「なんじゃあれは? ウミムカデか?」
「いや、奴等も全てゲルダゴスだ。
海底を這う地上部隊と機動力のある鯨みたいな形状に分離したんだよ。見てくれ。潜行したさっきのデカブツがアレを産み落としている。まだ準備の途中だったんだ」
「なるほど。攻撃しないで逃げ出したワシ等を見て挟み撃ちにするのをやめ、地上部隊を産み落とす事を優先したのだな? 奴め、ワシら海洋魔族を根絶やしにする気だぞ。海底洞窟の奥のシェルターに隠れてたとしても、あのサイズならやすやすと侵入できる。いったい何匹おるのじゃ? 海底一面がウミムカデで埋め尽くされておるではないか!」
老師の言葉通り、見渡せる限りの海底はゲルダゴスが産み落としたムカデ達で埋め尽くされていた。ウネウネと気持ち悪く動き回り、海底の岩なんかはほとんど見えない。
「奴等の能力を測る必要がある。爺さんは天歩で帰ってくれ」
「アホ抜かせ!あの数にひとりで何が出来る? 能力を測る前に犬死にするだけじゃ。ワシも闘う」
「分からない人だなぁ! あんたが居たら魔法が使えないんだよ。広範囲大出力の雷撃魔法をぶっ放したら爺さんまで巻き込んじまう」
「ならばワシと思考リンクしろ。『血の契約』があるからには容易く出来るはずじゃ。既にワシ等の命は契約で繋がっておるのじゃからな! 魔法を撃つ前に天歩で離脱する」
「くそ! 結局こうなるのか!
頼むから死に急ぐなよ。アンタが死に場所をこの戦場と決めているような気がして心配なんだ。フラグをビシバシ立てやがって!クソ!」
「旗など立てた覚えはないが、お前さんの世界では旗を立てると死ぬのか?」
「死ぬんだよ! そういうルールなんだって」
「奇妙なルールじゃな。理解できんわい」
「理解しなくていい。とにかくヤバいと思ったら無理せず逃げてくれ。俺は俺で何とかする」
「これが一人で何とか出来るレベルか? 敵は数億はいるんじゃぞ?」
「ここで躓くようなら、どの道この先の相手には敵わない。俺とゆかりは神様に喧嘩売ろうってんだ。この程度でビビってたまるか!」
「神に喧嘩を売るじゃと? 無茶苦茶じゃな。気が触れておるとしか思えん。しかしだ。ワシはそういうどうしようもないバカが好きじゃ。やるからには頂点を目指す。そのようにしてワシも修行に臨んだ。丁度良い機会じゃ。ワシの技の数々を実戦で見せてやる。目に焼きつけ忘れるでないぞ!」
「それがフラグだっていうんだよ!」
俺とリラン老師は、数億は下らない数のムカデに似た形状になったゲルダゴスに向かって突進した。まだ命令が与えられていないせいか、奴等の反応は予想よりも鈍い。老師が放った気功砲の衝撃波で数体が吹き飛びバラバラに砕けたが、それらは死んだ訳ではなく、更に細かく分裂しただけで破片が小さなムカデへと形を変えた。
「打撃系は意味がないな。では、これならばどうじゃ!」
爺さんは竜闘気を全身に纏うと、全長2㍍くらいはあるムカデ達の懐に入り、闘気を乗せた拳をドスンと叩き込んだ。
竜闘気は神気に近い特別な闘気だ。
叩き込まれた気が体内を駆け巡り細胞核を破壊する。ぷくっと膨れたムカデは、パンと弾けて粉々になり再生する様子はない。
「核を破壊すれば再生せん。この方法ならイケるぞ!」
「なるほどな。単細胞生物じゃ無くなったから核がたくさんある訳か。全ての核を同時に破壊しないと再生するんだな。普通に考えてあの鯨サイズの細胞核全てを同時に破壊するなんて事は絶対に不可能だ」
「だが、お前さんのプランならば少なくとも一体は倒せるじゃろう?」
「罠から逃げ出されなければな!」
俺も爺さんに習い闘気を纏う。
竜闘気なんて使えないから、俺が纏うのは蛇気だ。
破壊力としては劣るし、性質も違うが、蛇気には意思が伝達できるという利点がある。“全ての細胞核を喰らい尽くせ”と命じた蛇気をムカデの体内に撃ち込み、喰らわせた後に回収する事が出来るのだ。まだ命令と攻撃と回収を同時に行うのは無理があるが、『思考加速』がレベルアップしたおかげで少しはやれるようになって来た。後は実戦で馴れるしかない。
俺は爺さんに背中を預けて闘い続け、蛇気を撃ち込みながら弱点を探った。破壊力に特化した竜気と、体内の構造や組織などを探りながら攻撃できる蛇気。どちらが優秀であるかこの際は関係ないが、長期戦になれば蛇気の方に歩があると俺は思う。なぜなら、回収した蛇気は何度も同じ戦闘を繰り返す事によって学習し、効率を徐々に上げて行く事が出来るからだ。
「爺さん、そろそろ大技を出すぞ。蛇気達も準備が出来て来た」
「よし、溜めを作る間合いが必要になるじゃろう? この辺りのムカデどもを一掃してやる。お前さんは自分の準備をしろ」
「了解した!」
流石は百戦錬磨の猛者である。
何をするつもりなのか、だいたい分かっている様子だ。
俺は闘いながら練っていた気を開放してチャクラを回し、体内電圧を限界値まで上げた。まだまだ本場物とは天と地の差があるが、ムカデ相手なら充分な効果があるだろう。内部構造も把握できたし、細胞全てを統括している中心核の位置も分かった。
「今だ爺さん、やってくれ!」
「竜神気開放! 極奥義『爆裂竜禍陣』!」
岩盤に叩きつけた拳を中心に、円を描くように闘気が走る。リラン老師が放った奥義は、俺達のいる場所を起点に半径30㍍ほどの岩盤を砕き割り、その亀裂から吹き上がる闘気がムカデどもを木っ端微塵に消し飛ばした。流石は『極奥義』だ。威力が段違いである。
「今度は俺の番だ。八岐のオロチ直伝『地雷牙』を喰らいやがれ!」
巨大とまでは行かないが、大蛇の形をした雷撃を纏う黒蛇気が放射線状に地を走る。ピンポイントに中心核を狙い撃つよう意思を込めた雷撃の蛇達は、ムカデどもの体内を走り抜け次々に核のみを破壊して行く。見た目の派手さは無いが効果テキメン。この一撃で3000匹は軽く殺したのではないだろうか?
「おお!たいしたモンじゃ。ワシの奥義が色褪せるわい」
「爺さん退却だ。感触は掴めたから今はもう充分だ」
「なんじゃ、もうスタミナ切れか? フンドシは着けておるのじゃろうな?」
「着けてるよ!」
ただし下着としてではなく、腹巻きとしてサラシ代わりに巻いているのだが、それは内緒だ。俺達は一通りの目的を果たし、この場を離れる事にした。あまり派手に暴れて、ムカデを産むのにご熱心な巨大鯨の如きゲルダゴスに目を付けられても困るし、今は情報を持ち帰るのを優先したい。それに正直言ってスタミナ切れだった。
ーーーマズいな。眠くなって来た。
大技を一発使う度に寝てたら話にならん。マジでスタミナの問題を解決しないと独りの時なら完全にアウトだ。ゆかりと相談せんといかんな・・・
海馬を回収して、先に退却させた俺の部隊を追う。いくら機動力が増したとはいえ、ゲルダゴスを相手に海馬のスピードがあれば逃げ切れないとは考えられない。何か大きなトラブルなえなければ全員無事に帰還したはずだった。
しばらく走ると、遠くに黒竜師団の旗が見えて来た。
やはり全員無事であるようだ。数が減った様子はない。
「止まれ。様子が変じゃ。奴らから生気が感じられん」
背中越しに言った老師の言葉に、俺は急制動をかけた。確かに変だ。軍に全く動きがない。旗は海流に揺れているが、誰ひとりとしてこちらを見ようともしない。先ほどから合図を送っているのにも関わらずだ。
「爺さん、千里眼は使えるか?」
「いや。ワシにその能力はない」
「俺もまだ充分には使えないんだ。ゆっくり警戒しながら近づくしかないな・・・」
俺の千里眼は不安定だ。調子がいい時は使えるが、極度に疲れたりすると焦点がブレて像をはっきりと結ばない。今回も肉眼よりはマシ程度の千里眼しか使えないので、顔までは確認出来ない。隊はクサビ形の陣形を取った500人規模のものが4つ菱型に並び、移動陣形のまま停止している。一番奥の陣に黒竜将軍が精鋭部隊と共に居るはずだが、そこまではまだ見えない。最前列までは距離にしてあと1㌔ほどだが、一番奥までは更に500㍍はある。
「これは!?・・・いったい何があったんだ!」
最前列の中に入ると、異様な光景が二人を待っていた。少し手前から気づいてはいたが、こうして手の触れる位置から見るとその異様さに冷たいモノが背中を走る。
「全員石化しておる。皆、驚いた表情はしているが陣形に乱れはない。という事は、この規模を一瞬で石化させたという事になる。信じられん事じゃ・・・」
「石化・・・? ゲルダゴスは石化も出来るという事か?」
「そうなるな。他にこうなる理由も考えられん。
あのゲルダゴスには石化能力がある。怪音波に神経毒、それに石化能力。それもこのような広範囲を一瞬で行えるという事は、かなりの数の魔眼を持っているという事じゃろう。これは魔法による石化ではなく、ゴーゴン族の固有能力と同じ『石化呪』じゃ。呪いを掛けた者を殺さぬ限り解ける事はない」
「将軍はどこだ!!
将軍なら石化耐性くらい持ってるんじゃ無いのか!?」
「無駄じゃ。『呪い』は魔法とは違う。
『呪い』には『呪い』で対抗するより他に方法がない。ゴーゴンと対する時は『呪い返し』の呪いで防御するのが定石じゃ。何の用意もなければ防ぐ方法はない」
まさか竜王軍の誇る重歩兵機動部隊、黒竜師団2000騎が何もせずに全滅するなど考えてもみなかった。彼等は屈強な体を活かした防御力の高い兵士達で、運んで来た武器も重量はあるが強力な物ばかりだ。中遠距離攻撃も可能な、動く要塞さながらの重火器武装部隊だった。
「くそ! あの無数の目は全て魔眼だったのか!
俺がその事に早く気づいていたら・・・」
「気づいてどうなるモノでもあるまい。むしろお前が石化されずに済んだ事をヨシとする他ない。生き残った者がいなければ情報を伝える事も出来ず、この闘いはすんなり全滅して終わる可能性すらあったのだからな。生き残った者が死んだ者の意思を継ぎ前に進む。それが戦というものじゃ」
「まだ死んだ訳じゃない。呪いを掛けた奴を倒せば『石化呪』は解けるんだろ?」
「呪いが心の臓に届く前ならばな。
約2時間。それが竜人兵達のタイムリミットじゃ。体の大きな竜臥でも3時間は保たんと思って間違いない。ただし、この『石化呪』がゴーゴンのモノと同質の呪いであった場合の事。それより強力な呪いなら時間は更に無いと思った方がいい」
「悪い話ばかりしやがって! 対策を練り直してから準備して再戦では間に合う訳がない。事実上こいつら全員助からねえじゃないか!『石化呪』を防ぐ手段も、ゴーゴンの呪いと同じだという保証が無い以上は準備して良いのか判断しようが無い。八方塞がりだ」
「その通り。こ奴らは事実上失ったも同然じゃ。残念だが仕方がない。それよりも、この事を早く本陣に伝えねばならん。ゲルダゴスの奴がそのまま城へと向かったかも知れんからな」
「イヤ。その心配は要らねぇ。ゲルダゴスの野郎は再び鯨のような形態に戻ると、∪ターンして戻って行ったよ」
耳に着けた補聴器のような形をした竜王軍純正通信機から、品のないダミ声が会話に割り込んで来た。
「シリウス! 生きてたのか!」
「当たり前だ!と言いたいところだが、運が良かっただけだ。見逃してくれたのさ。俺達小隊など眼中にねえんだろう」
「今どこに居る? なぜ俺達と合流しない?」
「動けねえのさ・・・例の神経毒だ。大半は防御結界で防げたが、ずっとその範囲内にいてはやはり15分が限界だった。大将が言ってたスペック通りだったよ。無理するんじゃなかった」
「位置情報を送ってくれ。迎えに行く」
俺とリラン老師が位置情報をもとにシリウス達を探しあてると、隊は全員が毒にやられて痺れた状態であり、しかも海馬を全て失っていた。貴重な機材である電磁バリア発生装置だけは取り外して背に背負っているが、それを運んでいた海馬達は避難した海底洞窟の入口付近で全て死に絶えていた。
「生き恥をさらしておったかシリウス。貴様もしぶといな」
洞窟の壁に背を預け、座り込んで動けない兵達の中からシリウスを見付けたリラン老師はそう声を掛けたが、声に詰る調子はなく、ほっと安堵した風があった。五人の竜臥達も毒は喰らっているが健在だ。
俺も竜人兵士達の様子を診ながら、誰も死ぬ状態にはない事に安堵して深く息を吐いた。携帯させた解毒薬も、ちゃんと効果があったようだ。
「どういう状態だったのか状況を話せるか?」
「ああ、大丈夫だ。オレとこいつら五人は竜臥だからな。回復も早い。あと数分もすれば体の痺れも取れるだろう」
そしてシリウスから聞いた話に、俺も老師も唸り声を漏らさずにはいられなかった。ゲルダゴスはまた、とんでもない形態変化をした事が分かったのだ。
「間違いない。アレは『メデューサオクトパス』だった。天災級と呼ばれる海のバケモノ『メデューサオクトパス』はゲルダゴスの奴が生み落したモンスターだったんだよ。奴らの生息域が『死の谷』と重なっているのもそれで納得がいく。本体に戻らず、はぐれた個体がそのまま居着いたんだろう」
「それが奴の体から分離したと言うのか!?
とんでもない話じゃ。あの蛸を一匹倒すだけでも1000人以上の兵力が必要になる。それが数百匹・・・竜王軍の兵力だけでは到底足りん。今回集まった他種族からの友軍兵力を合わせても殲滅は不可能じゃ!」
「そんなに『メデューサオクトパス』って強いのか? ーーーん? そう言えばその名前、前にも聞いたような・・・」
「産まれたばかりのせいか、大きさは大した事はない。しかし、石化能力は大きさとは関係ないんだろうな。まるで魚の群れのようにひとかたまりになって泳ぎ、瞬く間に黒竜師団全てを石化しちまった。まさか天災級と言われるバケモノが数百匹も群れで現れるなんて予想もしない事だ。何の対応も出来ずに全滅だよ」
「お前達はなぜ毒を喰らった? 奴の下手に廻る危険を犯すなど、戦上手のお前にしては考えられぬ失態じゃ。道場では下っ端じゃが、戦の腕はそれなりに認めておったのに」
「下っ端とは手厳しいなあ。オレなりに頑張っていたつもりだったんですがね?」
「アホかお前は! あんな手抜きトレーニングが頑張っている内に入るか! お前は才能はあるのに努力をせん。勿体無い限りじゃよ。そのうちコルルとやらにも抜かれるぞ。アレに才能は無いが、目標に向け努力しようとする姿はお前の兄と共通するモノがある。それに、将来なりたい者の姿がはっきりと見えておるようじゃ。はっきりとした目標がある者は強くなる。後はきっかけ次第じゃろう」
「コルルに抜かれる? いくら老師の言葉でもソレは流石に無いと思いますね。あいつは竜臥として産まれて来なかった。竜人では竜臥には勝てません」
「果たしてそうかな? お前はこのアダムに手も足も出ず一方的にやられたではないか? 体格と身体能力では圧倒的に勝っていたのにかかわらずな。格闘技とはそもそも・・・」
「ああっ! 思い出したぞ!
『メデューサオクトパス』の魔眼ってコレじゃん!」
俺は爺さんの言葉を遮り大声で叫んだ。
ヨムルから貰った服の襟首にある硬い素材、学生服の首の部分に着けるカラーみたいなヤツは『メデューサオクトパス』の魔眼から削り出して作った超レア級アイテムだとヨムルは言っていた。兜代わりに頭部を護る事が出来る、世界にふたつとない特別な品だという話だ。
「急に耳元でデカい声を出すな! ワシはひとより耳がイイんじゃ。頭に響く」
「俺の服の襟にあるコレは『メデューサオクトパス』の魔眼から作ったアイテムで、体を自由に石化させたり解除したり出来るんだよ。石って言っても只の石じゃなくて、ダイヤモンドみたいな硬い鉱物や衝撃に強い純鉄鉱など自由に選べるらしい」
「なんじゃと? それが事実なら、お前はその服を着ている限り『石化呪』を無効に出来ると言う事になるが、そんな都合の良いモノがこの世にあるものか! あれば神級アイテムじゃぞ!」
「ヨムルはそう言っていたよ。魔法を付加させれば間違いなくゴッズアイテムだってね」
「ヨムルとは蛇王の事か? お前とはどんな関係じゃ?」
「あれ?話してなかったか? 俺の嫁だけど?」
「なぁにぃぃ! 夢魔王との事は噂を耳にしたが、蛇王とも結婚しておるのか!? ゆかりとか言う娘はどうした? 先日結婚したばかりの新婚ほやほやラブラブカップルじゃと自慢しておったじゃろうが!」
「自慢なんてしてねえよ! ヨムルとはゆかりと一緒に結婚したんだ。神様の前でな」
「呆れた男じゃな・・・。そのうえアリシアとも結婚するんじゃろう? 召喚されて10日あまりで3人、アリシアで4人目か? バハムルトの奴が反対しとる気持ちが分かるわい。少し姫が可愛そうになって来た」
「ラヴェイドには100人以上嫁さんがいたぞ。この世界じゃ一夫多妻は当たり前って話じゃなかったのか? 子種だけくれってのはお断りだけど、俺はそういうのは嫌いだからしないつもりだよ?」
俺自身まだこの世界の風習に慣れた訳ではないし、アダムの役割についても完全に承諾する気にはなれない。特にあの『真名』の存在は困る。意思を奪われ、種付けの事しか考えられない発情した猛獣のようになるのは真っ平ご免だ。
そう言えば、メデューサの娘が『真名』を知っているとアリシアのメイドが言っていたが、ヨムルはそれを知っていてこの『石化呪』無効化アイテムをくれたのだろうか? だとしたらヨムルには本当に感謝せねばならない。石にするぞと脅されて子種を要求されても逃げる事が出来る。足など部分的に石化されて身動き出来なくされ、永久に子種を絞り取られたらたまったモノではない。こちらがその気にならなくても『真名』を使われたら、俺は只の精子製造マシンになってしまうのだ。
「アダムにこんな事を言っても仕方ない事じゃろうが、ワシら竜族の風習では妻は三人までじゃ。あのハーレム兎と一緒にされては腹が立つ。ワシもアイツは好きではない。一夫一妻の風習がある有翼族や天狗などは、奴の事をたいそう嫌っておるよ」
「そうなのか? アイツは自分で自分の事をモテモテ貴族のドンファンみたいに言ってたぞ? 死んで良かったな」
「死んだ? 脚王が? それは初耳じゃ」
「ヨムルの蛇に食われて異次元にさよならだ。もう戻って来る事はないそうだから死んだと同じだろ? 秘密にしてるのは人類側の勢力に知れると色々マズいからか? そういう情報操作が出来るなら俺の噂も制限して欲しいもんだ」
とりあえずシリウス達が回復するのを待ち、俺達は城へと一旦帰る事になった。単細胞生物である前提での装備は現在のゲルダゴスには全く意味がないし、俺の服の機能を研究し『石化呪』に対する対策を練る為だ。竜宮城の施設なら人材も揃っており、機能の解析も短時間で可能かも知れないと言う事だった。
『石化呪』を無効化できれば、ゲルダゴスを二時間以内に倒さなくても石にされた兵士達を助ける事が出来るかも知れないし、俺も使い方が分からないゴッズ級アイテムの使い方が分かり、今後の闘いに有利になる。というより、このアイテムが使えなければ数百匹もの『メデューサオクトパス』と闘うなど自殺に等しいと全員が口を揃えて言うのだ。
それに、戦上手といわれるシリウスが下手をした原因となったゲルダゴスの能力。それは、あの鯨が海流操作をしたという事実だ。セイレーンだけが持つ固有能力をゲルダゴスも使えると聞かされた時は、流石にこれは駄目かも知れないと俺も思った。移動能力での圧倒的有利性が無くなれば、俺が考えた作戦も根底から覆される。
セイレーン達に用意して貰った、超自然兵器とでも言うべきアレが意味を持たなくなってしまうのだ。それは即ち、負けを意味する。俺の用意した兵器は、下手をすると婆さんの雷牙より威力がある。自然破壊という意味では最悪の兵器かも知れない。だが、あの普通ではないバケモノを倒すには現状コレしか考えられないのだ。
俺が考えた兵器は、地脈を流れる蛇脈を暴走させ、龍脈と合わせて地殻ごとゲルダゴスをマグマの海に沈めるという物だ。その為に、婆さんの居た場所から俺とヨムルを運んだあの丸い船を利用して爆弾を作らせた。中に入ってしまった海水を取り除き、人間の船から火薬を大量に背しめてパンパンに詰める。信管に使うのは婆さんから貰った『賢者の心臓』の欠片だ。
あれは霊的物質なので、この世界の物理法則で壊れる事はない。一度俺に渡って所有権が俺になっているから、ゆかりならば『口寄せ』していつでも手元に戻せる。俺以外には触れられないし、俺が見せようと思わなければ誰にも見えない。そういうモノなのだ。
婆さんの造ってくれた『賢者の心臓』は蛇神気の塊だ。普通の者が少しでも触れれば、蛇神の神気はたちまちに触れた者の命を奪う。触れる事が出来るのは神か、神の体から造られた素体を持つ俺くらいのモノで、もちろんこの世の物ではないらこの世界の法則にも囚われない。
その超常のアイテムは、蛇脈を流れる蛇気と龍脈を流れる龍気と混ざると連鎖爆発を誘発する。
婆さんから『賢者の心臓』を使うときの注意事項として、体内から出した不安定な状態の時は間違っても龍気に当てるなと強く言われていた。互いが反発し龍気が暴走して荒れ狂うのだ。
その時に婆さんから『賢者の心臓』は一度所有権が確定すれば失う事は無いが、神ならば所有権を奪う事が出来るから、定着させたら体から出すなとも言われた。もし定着させた状態で無理矢理『賢者の心臓』を奪われた場合、間違いなく俺の体は壊れて修復不可能になるらしい。
『アビス』に流れるエネルギーの源である地脈を使う。
竜王ですら倒せないとセイレーン王から聞いた時、俺は追い詰められたあの状況からこの悪魔的発想が頭に浮かんだ。『アビス』で生まれたバケモノは『アビス』の力で破壊する。地脈を暴走させた場合、どこまで自然を破壊するかは分からない。だが、確実にゲルダゴスを殺すにはこの方法しかないと直感的に感じたのだ。
大量の火薬は、海底火山から押し込んだソレを地脈深くに潜り込ませるために使うに過ぎない。複雑に蛇脈と龍脈が絡み合い、常に不安定な場所はダクロスが教えてくれた。
俺は当初、俺とヨムルが出て来た海底火山の火口を使う気でいた。しかしこの作戦をダクロスに話したところ、それでは爆発規模が足らないと、古来から何度も噴火と爆発を繰り返している『熱海』と呼ばれる海水温が40℃を越える海域を薦められ、そこを最終決戦の場としたのだ。
だが、その作戦の問題点はゲルダゴスをその『熱海』に誘い出した後、海域から外に出さないよう逃げ道を封鎖するという点だ。移動速度が時速30㌔に充たない単細胞生物の時ならば何の問題も無かった。電磁ネットを用意させ、上から被せて浮上させない為の措置も準備させてあった。
しかし・・・
「王よ。聞こえるか?
俺だ。海流操作について教えて欲しい。」
俺はゲルダゴスが海流操作を使うと聞き、本場本元のセイレーンからその能力の詳しい事を聞こうと思った。左耳に着けた貝殻のイヤリングはセイレーン王と直通チャンネルで繋がっている。
「俺? 俺とは誰の事じゃ?」
「俺って言ったらひとりしか居ないだろう。俺だよ!」
「はて?わしには『俺』という名前の知人はおらんがな」
「ボケかましてる場合じゃないんだ。早く教えてくれ!」
「いやナニ、最近は老人を狙った詐欺が横行しておるからな。側近のポニョラからよく言われておるんじゃよ。俺だとか言って電話して来る輩は相手にするなとな」
通信の向こうから、私はニョポラです。何度間違えれば気が済むんですか!などと怒鳴る声が聞こえて来た。この王の側近ならさぞかし苦労が絶えない事だろう。俺もイライラしたが、取りあえずはもう一度早く教えてくれと催促してみた。
「ところで、どちら様でしたかの? 最近耳が遠くてイカン」
俺はガチャンと通信を切った。
「ダメだ。こちらに来ているセイレーンから聞いた方が早い。精鋭部隊が来てるはずだろ? 誰か呼んできてくれ」
俺達は一匹だけ残った俺の海馬に隊の先頭を引かせ、ユニゾン泳法という方法で思ったよりも早く本陣まで戻る事ができた。服のカラーは外して竜宮城の研究施設まで早馬を走らせ、俺自身は総大将のダクロスのところに向かう。
先に連絡だけはしておいたので、司令部に到着した時には将軍達は集まっていた。黒竜将軍はもちろんいないが、エイロハという名前の将軍も居ない。彼は急遽変更した装備の確認の為に各部隊を走り廻っているそうだ。将軍の中でも一番若そうだったから、パシリをやらされているのかも知れない。
「話は老師から直接聞いた。タイヘンな事態になったな」
「タイヘンどころの話じゃない。かなりヤバいぞ。根本的に作戦を立て直す必要がある」
「いや。その時間はもう無い。今、各将軍と話し合っていたところなんだが、アルティマキャノンを使う事を検討中だ」
「アルティマキャノン?」
「超古代兵器じゃ。これを開発したと云われるラピュエルの民は神の怒りに触れ絶滅したと伝わるいわく付きのシロモノじゃよ。使う事自体が禁忌に触れる」
タグロスに代わりリラン老師が口を開いた。老師には天歩で先に本陣ヘ行って貰ったのだ。
「どんな物かは分からないけど、それはあのゲルダゴスに通用するのか?」
「もちろん通用するじゃろうな。何せ『神殺し』と云われる究極兵器じゃ。エネルギーが特殊な為に弾は一発しかないし、誰にも製造法は分からんから標的を外したら終いじゃ。しかし、当れば確実に殺せる」
「大砲自体は現在の科学力でも造ろうと思えば造れる。しかしあの特殊弾頭は絶対に造れぬし、封印を破れば王族の誰かが必ず死ぬ。しかも、その場で最も存在力が高い者に呪いが掛かるのだ」
重い口調でダクロスが続けた。
「だから皆そんな顔をしてるのか。まるでお通夜みたいなんで、また何かあったのかと思ったよ」
「その通り。こ奴ら、雁首揃えてビビって声も出せん。ここでアルティマを使わなければ全滅するのじゃ。何を迷う必要がある?」
「しかし、それでは老師が・・・」
「リラン老師に関係があるのか?」
「ああ、王族で一番存在力が高いと言ったら今この場にはワシしかおらんからな。バハムルトが不在の時で良かったではないか。老いぼれひとりの命で皆が助かるのじゃ」
平然と言ってのける老師の瞳に迷いはない。
既に死を覚悟している者だけが持つ、悟りの光が俺には見えた。
「爺さん・・・」
「なんじゃ。お前までそんな顔をするのか?
ワシの体の事は知っておるじゃろう。死ぬのが少し早くなるだけじゃ。呪われたとしても今日に明日に死ぬ訳でもないし、呪いで死ぬより寿命が先に来るかも知れん。ワシが適任じゃ。今でもワシを超える奴が身内におらんと言うのは情けない事じゃが、ワシが死んでもバハムルトがおる。それにアリシアの婿となるアダムもな!この国の未来は明るいぞ」
「しかし、老師・・・」
「先ほどまでの話し合いでも散々言ったと思うが、他に方法はない。後はどのゲルダゴスを狙うかじゃが、ワシはアダムと見に行って来たあの一番デカイ奴を標的にすべきだと思う。ウミムカデを6000匹ほど倒して来たが、焼け石に水じゃ。既に元の数に戻って更に数を増やしておる可能性も高い。動かぬ標的ならば好都合でもあるしな」
「呪いはどんな種類のものだ? ヨムルは呪い系には滅法強い。呪われたとしても発動を遅らせたり、運が良ければ解呪できるかも知れない」
「おお、それは有り難い。ワシもまだ奥義を伝授し切れておらんからすぐには死にたくない。是非とも頼むぞ」
爺さんは嘘をついている。
解呪など期待していないし、既に死を覚悟し受け入れていた。そうした心の動きが視覚的に見えてしまうのは、この場では本当に辛かった。しかし俺は、ヨムルをあの場所から救い出したら必ず解呪を頼む。解呪出来なくとも、死を少しでも遅らせるようお願いするつもりだ。
アルティマキャノンの使用が決定し、老師は技術者を連れ弾頭の封印を解除するために城へと向かった。最後の最後までダクロスや他の将軍達に活を入れ、主だった隊長格の者に声を掛けて回る老人の背中に、俺は上に立つ者の責任と覚悟がどのようなモノであるかを教えられた。
リラン・バルチネス・リュウケン
数々の伝説を残し、国宝級奥義の開発と不敗不滅の竜王軍を創る礎となった偉大な格闘家。その老師が多くの弟子達に見送られこの世を去る瞬間など見たくないと、俺は本気でそう思った。
ーーー続く
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