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大海のアダム【17】燃える海(2)

「ターゲット01、目視で確認。誘導ビーコン送ります」

「信号確認しました。射角誤差修正、コンマ2047」

「着弾予測地点を再計算せよ」


「エネルギー充填120%、バレル内圧力上昇。出力を98%で固定。冷却装置全て異常ナシ!」

「進路確認、障害物の撤去作業を完了。オールグリーン」


「着弾予測地点及び軌道計算終了。誤差は想定範囲内です」

「アルティマ弾頭複合術式の起動を確認。全て正常値。現在安定しています」


「電磁加速誘導コイル臨界点に到達。アルティマキャノン撃てます」


「よし、カウントダウン開始。各自、対ショック対閃光防御。

ターゲットスコープOPEN。トリガーはオートに設定」


「カウントダウン開始します。

5、4、3、2、1、0、アルティマキャノン発射!!」

「アルティマキャノン発射!!」

「発射を確認しました」


 少し遅れ、ゴゥ!という音と振動がコントロールルームを揺らした。竜宮城の全電力を電磁加速誘導コイルに回した為いったん停電状態となるが、非常灯の赤いライトが薄暗く辺りを照らし視界を確保していた。それも5秒ほどで回復し元の明るさへと戻る。


「速度計測メァク7.4M、アルティマ弾頭目標到達まであと71秒、69、68・・・」

「観測班、安全中域まで即時後退。そのまま見守れ」


「着弾確認しました。直撃です! 

続いて次元振動波発生。毎秒1240Gで共鳴崩壊をはじめました。

・・・うおっ、す、すげぇなコリャ・・・」


「ベクトル反転。空間が内側に沈み込みます。危険中域より観測班離脱。ーーーおい、写真なんか撮ってる場合か! 巻き込まれたら死ぬぞ!」


「しばらく観測班との通信が途絶えます。続いて竜宮城に衝撃波来ます。残り7、6、5、4、3、2、1、到達しました」


 ズガガガガッッッ!!!

 ビー、ビー、ビー、


 (静寂)


「メイン機関正常に稼動。破損軽微。防壁結界に異常ナシ。各部署問題は発生していません。怖いくらい全てが順調です」


「うむ。通信が回復次第、状況報告を急がせろ」


「こちら司令部、観測班聞こえますか? 状況を報告して下さい。繰り返します。こちら司令部、状況を報告して下さい」


 ガー、ガー、ピー、ピーという耳障りな音だけがしばらく響き、観測班は呼び掛けに応じなかった。まさか、巻き添えを食らったのか?


「観測班聞こえるか? こちら司令部状況を・・・」


「こちら観測班。ようやく通信が回復しました。現在状況確認中です。あと2分下さい。ちょっと待って・・・

 ああ、なにぃ? 何言ってんだか聞こえねぇって、カインもっとデカい声で言ってくれ。耳がバカになってんだからよーーーだから、聞こえねぇって言ってんだろ!」


「・・・・・・・混線?」


「たいへん失礼しました。状況を報告します。ターゲット01、共鳴対象を巻き込んで全て消滅。存在力ゼロを確認。ムカデの足一本残っていません。ヒャッホー、やったぜ! ざまあみろだァ〜!」


 うおおっ!という歓声と共に、緊張した空気がいっぺんに吹き飛んだ。最も困難であると思われた一番デカブツのゲルダゴスと、今や数千億以上に増え見渡す限りの海底を埋め尽くしていたウミムカデの絨毯を、アルティマキャノンの一撃が完全に消滅させたのだ。


 その威力、まさに神殺し!

究極無比と云われる禁断の超科学が生み出した古代超兵器アルティマ弾頭。その仕組みなどは解析不能だが、超科学の結晶は共鳴する存在力のうち固有振動を共有した全ての対象を互いに干渉させ打ち消した上に、存在因子そのものを融解させて消し去ってしまうという兵器だった。


 対象となる個体が持つ存在力が大きければ大きいほど威力を増し、自身の存在力が自分を消す為のエネルギーに変換されるというとんでもないシロモノで、それがたとえ神であったとしても例外なく消滅させる事が可能だった。


 こんな凄い兵器を作りながら、神によって滅ぼされたと言われるラピュエルの民。彼らは非常に信仰心に厚く、神に対して反旗を翻すような民族ではなかったと超古代史を研究する学者らは言っているそうだ。破滅を命じた神に対してこの兵器を使う事なく、禁忌を侵した罪を受け入れて自ら滅ぶ道を選んだという。


 なぜ時代も種族も違う古代文明の遺物が竜宮城にあり、まだ使える状態のまま保管されていたのかは不明だが、使用すれば神の呪いで死ぬというセキュリティが掛かっていた事からして、神が知らなかったという事はないだろう。何かに使う目的でこの地に残してあったのだ。そして竜族には神とコンタクトを取る手段が存在している。


 ゲルダゴスが暴走した時のためか?

そうとも考えられるが、そもそもゲルダゴスは『アビス』を創った奴がこの世界の秩序の一つとして実験的に設置したクローン神だ。ようするに、把具羅が瓶の中に入れて飼育していたのである。奴が何を考えていたかなど分かる筈もないが、善意で行なった実験でない事だけは確かだろう。


 しかしこれで三体いた内の一体、一番デカいゲルダゴスは消滅した。ミッション成功に湧き立つ竜人達は、互いに抱き合い喜びを表現している。この古代兵器を操作する為の施設は、王家に列なる皇族や貴族出身のうち、特に優秀な人材で構成された特別チームで運行されている。本来なら部外者の俺などが立ち入れぬ超極秘エリアだが、老師が特別に許可してくれたので入る事が出来た。


 このエリアに入った途端、目が点になった。

まるでスターウォーズの映画に出て来る宇宙船のセットみたいな計器類の山に「なんじゃコリャ?」状態だった。もしかしたら竜宮城の下には巨大宇宙船が眠っていて、ここはその時になれば艦橋に早替わりするのかも知れない。そう思わせるほどの施設だった。


 ただし、計器類の全てが動く訳ではなく、正面にある巨大スクリーンのようなパネルには今も何も映ってはいない。八割以上の操作パネルは電源も入らず使い方も分からないという。つまり完全なるオーバーテクノロジーの産物なのだ。こんな状態でよくアルティマキャノンが撃てたモノだと感心するばかりだった。


「これで一番厄介なヤツは始末したな。後の二匹は自力で倒すしかあるまい」


 俺の隣にはリラン老師がいた。

王族の血を持って封印を解かれるこの設備も、老師が健在だからこそ機能するのであって、彼が意識を失えば機能停止してしまう可能性がある。


「えらく疲れた顔をしてるが大丈夫か? まさか呪いが発動したんじゃないだろうな?」


「心配はいらん。封印を解除するのに大量の精神エネルギーを使ったからじゃ。呪いなどではない。この脱力感も少し休めば回復する。それより、服の機能が解明したそうじゃな?『石化呪』も解呪する目処が立った。全てお前さんのおかげじゃよ。感謝する」


「礼はヨムルに言ってくれ。俺達は運が良かった。この調子で爺さんの呪いも解除できるといいな」


「そうじゃな。近い内に死ぬと分かっていても、呪いで死ぬのではなく寿命で死にたい。死ぬ前に一度でもいいからアリシアの子を抱いてみたいと思っておるよ」


 そのあと老師と離れた俺は、海馬を預けている厩舎へと向かった。ゲルダゴス撃破の報告を受けて湧き立つ兵士達の様子を眺めながら気分は憂鬱だった。あれから何度も繰り返しゆかりに呼び掛けているのだが、リンクは正常に機能しているのに返事をしてくれないのだ。


 きっと、アリシアとの事をかなり怒っているに違いない。それに老師との『血の契約』も、俺の独断で結んでしまった。ふたりにとって同様のリスクを伴う契約であるからには、ゆかりと相談せずにした事を怒られても仕方がない事だ。だが、返事をしてくれないのでは謝る事も出来ないではないか。


《ゆかり、返事をしてくれ。状況は全て把握してるんだろ?》


 やはり返事はない。この状況でアリシアに会う訳にはいかないし、先ほどコルルにも聞いたが、ポニの姿も城内の何処にもなかった。怒って出て行ってから、およそ2時間が経過している。


ーーーまさか城の外へ出たのか?


 竜宮城の中に部外者が入る事は事実上不可能だ。

存在感知の術式が常に作動しており、登録された者以外が許可なく侵入すれば警報が鳴ってすぐに捕まる。海中だから泳いで簡単に侵入出来そうな気がするが、実際には全く逆なのだ。


 城の周りには目には見えないシャボン玉の膜のような壁がある。常に大きさを変えているので、どの場所にあるのか分からない。膜には発光術式が仕掛けてあり、触れた者の体が5秒ほど光る。その間に侵入コードを唱えれば光は消えるが、知らなければずっと光ったままだ。


 出る時も同じで、膜をくぐれば必ず一度は光る。届出なしに勝手に出れば光ったままなのだ。竜宮城は俺のいた世界で言うホワイトハウスレベルの建物だから、セキュリティ面では世界最高レベルの様々な仕掛けがされている。光っているという事は信号を発している事と同じで、どこに隠れようが居場所が分かり、不審者はすぐ警備兵に報告される。警備兵の数も半端ではないし、今は厳戒態勢中だから更に厳重なチェックがされているという話だ。


 ポニの退城申請が出されていない事は確認済。という事は必ず城内のどこかにいるはずなのだが、誰に聞いてもセイレーンの幼成体など見ていないと言う。裸の幼女が城内をうろついていればかなり目立つと思うのだが、シールさん達に手伝って貰って探しているが見つかってなかった。


ーーーあいつ、本当にどこ行っちまったんだ?


 俺が城内に入った本当の目的は、ポニを本陣ヘ連れて行きダクロス以下将軍達と面通しする事で、アルティマキャノンの発射を見学するためではなかった。人伝えに頼んだが見付からないというので、俺が直接ポニを探しに来たのだ。


 城内をウロウロしていた時に老師に見付かり、アルティマキャノンのコントロールルームヘ招待された。そして先ほど、発射撃滅のシーンを見れたという訳だ。


 なぜポニを探しているかと言うと、海流操作の仕組みをセイレーンの精鋭部隊の者から聞こうと呼び出したところ、現れたガラシャというベテラン将校がポニならばゲルダゴスの海流操作を打ち消す事が可能かも知れないと言ったからだ。


 なぜポニにそんな事が出来るのかと聞くと、彼女は自分が体験した不思議な現象を話してくれた。ポニとチームを組み『海域横断鉄人レース』に参加した後の事、彼女をはじめ他のメンバー三人はしばらく海流操作が出来なくなったと言った。


 ポニには生まれつき不思議な力があり、小さな頃から飛び抜けた海流操作の才能を持っていたという。あのドM変態幼女にそんな才能があったなど信じられないが、とにかく本人から話を聞いてみない事には作戦に組み込んでいいのか判断しようがない。という訳でポニを早急に探し出さねばならなかった。


 ガラシャを伴い本陣まで行き、ダクロスには一通りの話をしてある。仮にゲルダゴスの海流操作を打ち消す事が出来たとして、どう作戦に組込むかを相談する為だ。


 他の将軍達も、そんな特別な能力を持つセイレーンが居るなら是非とも会いたいと俺に言って来た。子供を作戦に使うのは本当のところあまり気が進まない。単細胞生物の時ならいざ知らず、石化能力まである今のゲルダゴスは危険すぎる。俺が側についていたとしても、石化からポニを守れる保証など何処にもないのだから。


「やっぱりどこにもいませんね。本当にどこへ行ってしまったんでしょうか?」


 コルルは、新設した高速機動小隊の者達と一緒にポニを探してくれていた。建物内に居ないのなら、植物園や庭園など敷地内にある施設のどこかにいるだろうと言っていたが空振りに終わったようだ。俺も馬で城の周りを探そうと厩舎まで来たところ、コルルが小隊を連れて戻って来たのに出くわした。


「城内はシールさん達に任せてある。探してみて分かったが、竜宮城ってのはとてつもなく広いな。ポニに隠れる気があったら探し切れないぞ」


「なぜ隠れる必要があるんですか? きっとモノ珍しくてアチコチ見て廻ってる間に迷子になったんですよ。アダム殿も迷ってたでしょ?」


「同じような建物や通路が無数にあるし、わざとそうしてるのか知らないが、迷い易いような配置がしてある。これは侵入者避けか?」


「さあ、分かりません。何せ古い建物ですからね。子供の頃から遊び場にしていた僕ですら知らない場所があるくらいです。増改築を何千年も前から繰り返し、旧兵宿舎があるエリアなんて本当に迷路みたいですよ。僕でも迷いますから」


「こいつは困ったな。城の敷地内に居るならすぐ見つかると思っていたのに、誰からも目撃情報がない」


「僕達はもう一度城の周りの施設を当たってみます。僕のチャンネル周波数は登録してありますよね?」


「ああ、大丈夫だ。使い方はスマホより簡単だからな」


 俺は耳に着けた竜王軍純正の通信機をコンコンと指先で叩いた。海の中は地上に比べ魔法の操作が難しく、彼らはそれを補う為に魔導機械を使っている。セイレーン達が持つ貝殻型通信機はシービット族という魔導具を造る事に長けた種族から買っているそうだが、この補聴器サイズの軍支給品は竜族の職人が造った特注品だ。


 性能も高く、血圧や心拍数も同様に送る事が出来る。正確な位置情報を送る事が出来る上位機種は隊長格の者しか携帯していないが、俺が持ってるコレは将軍達が使っているタイプと同じ最新式の高級品で、横流しすれば中古の城ひとつくらいは買える価値があるそうだ。


 別にお金に興味はないからそんな事する気にもならないが、とにかく希少なので大切にお使い下さいと通信機を渡してくれた将校のひとりが言っていた。軍の懐事情など知らないが、竜王軍ほどの規模になると相当な維持費が掛かるのは想像するに易い。たぶん国家予算の三割以上を軍事費に使っているのではないだろうか?


「スマホ?」


「俺の元いた世界で普及してた通信情報端末だよ。そろそろアップルから最新機種が発表されてる頃じゃないかと思うんだが、もう関係ないか・・・ そう言えば、俺がこちらに召喚された時に着ていた服や持ち物はどうなったんだろう?」


「異世界からの持ち込み品は貴重ですから、大魔王ゾーダ様が管理していると思いますよ。帰った時に確かめたらどうですか? アダム殿はアリシア様と結婚された後はこちらに住まわれるんですよね?」


「どうするかなんて決めてない。仮に落ち着くとしても随分先の話になると思うぞ。あ、そう言えば祝いの言葉がまだだったな。高速機動小隊小隊長就任おめでとう!」


「まだ、(仮)です。今回の活躍次第で正式なものとするらしいですから、今は試験運用の段階ですよ。セイレーンとの3マンセルを基本にするなど前代未聞ですから。でも、ありがとうございます。ご期待に応えることが出来るように頑張ります!」


 では時間がありませんので、と言って敬礼して去ったコルルの部隊がセイレーン達を連れて海を駆けて行くのを見送り、俺は自分の海馬を厩舎から引っ張り出して海を走らせた。


 馬の背中は気分が落ち着く。

それはカナダで過した日々を思い出すと同時に、俺が馬という動物に特別な感情を抱いているからに違いない。


 俺は馬が大好きだ。

およそ三年間を過したカナダでの日々で、馬の世話は俺が責任を持って与えられたはじめての仕事だった。遠い親戚の家がカナダにあり、そこで農業を営んでいたのを手伝いながら青春と呼べる時間を過した。ゆかりが失踪したとも知らず、俺はそこで知り会ったローリィ・マルシェルという女性と恋に落ちた。馬が好きなのはローリィの事を思い出すからなのかも知れない。


 甘く切ない初恋の思い出。

ひとつ年上の大学生だった彼女は、専攻する畜産研究の為に知り合いのツテでカナダにある親戚の農場に来ていた。家畜の世話は彼女の仕事だったが、数が多くてたいへんなので、俺も一緒に世話するようになった。半年という短い期間だったが、彼女と一緒に馬や牛、豚やニワトリなどの世話をし、はじめての事に悪戦苦闘しながら精一杯生きた日々。


 まだ太陽の登らぬうちから飼い葉を用意し、小屋を掃除する時は動物たちを運動を兼ねて外に出し、掃除が終るとまた入れるの毎日は馴れぬうちは目が回るほど忙しく、それこそ夜はバタンキューだった。しかし一ヶ月も過ぎた頃には体も馴れ、乗馬も教えて貰い、生活を楽しむ余裕ができた。俺は馬との相性が良く、瞬く間に上達してすぐに師匠であるローリィよりも上手くなった。


 日の沈みかけた草原をローリィと並んで走り、いつしか二人は当然のように恋に落ちた。俺のはじめての女性は彼女だ。半年の研修期間が終わりアメリカへと帰国した彼女は、その後も長い休みになるとカナダの親戚のところに滞在して手伝いを続けた。叔母さんは、土地を分けてあげるからこのままローリィと結婚して農業をすればいいと薦めてくれたが、俺は日本に帰らなければいけない理由があるので今は返事が出来ないと答えた。その話が出た前日に、速水のジジイが死んだことを日本からの連絡で知ったのだ。遺言でもあり、俺はすぐ日本に戻らなければならなかった。


 財産を処分して身軽になったらカナダに戻る。その時に答えを出すと言いながら、相続の件でゴタゴタしている間に月日が流れ、結局俺はカナダには戻らなかった。


 住まいを東京に移した事を叔母に伝えていなかったので、音信不通になった俺を海外から探すのは困難であったに違いない。今でこそ個人が携帯電話を持ち歩く事など当たり前になっているが、当時は持っていない方が当たり前だったのだ。


1995年での携帯電話普及率はおよそ10%

1998年にGoogleが誕生し、その翌年にドコモからi-modeが発表され普及率は一気に拡大して60%に達した。当時はその間の微妙な時期であり、記憶も曖昧だが、まだ携帯電話を持ちはじめたばかりで連絡先などは限られた者にしか教えていなかったと思う。


 後で知った事だが、ローリィは俺を訪ねて2回ほど日本に来たらしい。しかし言葉の壁が俺の足取りを追う事を拒み、速水の親戚にも一切連絡をしていなかった俺を滞在中に見付けるなど不可能だった。結局ローリィとはそのまま絶ち消え、彼女は他の男と結婚したらしい。


 そんな昔の事を思い出しながら馬を走らせていると、いつの間にかアリシアの部屋が見える位置まで来ている事に気付いた。ゆかりの気分をこれ以上害さない為になるべく近寄らないようにしていたのに・・・


 部屋を見ていたら窓からアリシアが顔を出した。

俺を見つけて満面の笑みを浮かべ、おいでおいでと手招きしている。声を出さないでジェスチャーだけなのもなんだか変だ。


 このまま通り過ぎるのも何だし、アリシアの様子がおかしいので俺は馬を寄せた。アリシアは嬉しそうにキャッキャしているが、俺はあんな事があった後なのでなんだが顔を合せ辛い。第一、どう言葉を掛けて良いか思いつかないでいた。


「大声を出さないで下さいね」


「・・・?」


「今、気持ち良さそうに眠ったところなのです」


 アリシアは口に手を当て、いかにも内緒話といったポーズをしてそう言っている。


「眠ってるって誰が?」


「ポニさんです。決まってるじゃないですか」


「部屋の中にいるのか!?」


「シーっ、声が大きいですよ。起きてしまいます」


 物音を立てないようにして部屋に入れと言うので、俺は馬を降りてアリシアの部屋の窓から中に入った。なんだか間男になった気分だ。朝になり周囲も明るくなりかけているので、誰かに見られでもしたらバツが悪い。


「なんでポニがここに居るんだ?」


 部屋の中には確かにポニがいて、アリシアのベッドのど真ん中でスッポンポンのまま大の字になって寝ていた。お腹がポンポンに膨らんで、臨月間近の妊婦さんみたいになっている。メイドが薄い掛け布を掛けてやる度にフン!とか言って蹴飛ばしてしまい、その度に掛けるを繰り返していた。


「ポニさんとはお友達になったのです。一時間ほど前からあのようにお休みになりました」


「お友達? アリシアがポニを部屋に呼んだの?」


「いえ、ポニさんから来て下さいました」


「お兄さんのバカ〜! 食ってやる!100個必ず食ってやるぅ〜」


 突然起き上がってそう叫び、そのままベッドに倒れてムニャムニャと言いながら眠るポニ。こいつはかなり寝相が悪く、俺は何度も噛み付かれた経験がある。手や足ならまだマシだが、頭からガブリとやられた時は本当に血が吹き出た。目を開けたら口の中で、首に牙が突き刺さっていたのだ。食ってやる!と叫んだ時に反射的に身構えてしまったのは仕方ないことだろう。


「何言ってんだコイツは?」


「100個食べられたら貴方の事を諦めると言って、エキセントリックケーキを頑張って食べていたのです。89個まで頑張っていたのですが、ダウンしてしまいまして」


「エキセントリック(不思議)なのはアイツの頭の中身だ。なんでケーキ食えたら諦めるって発想に結び付くのか、俺には全く理解できんよ」


「速水様には恋する女子の気持ちが分かりませんか? どれほどの幸せと引き換えにしても、貴方の事を諦めきれないと言っているのです。無理なのははじめから分かっていたのですから」


「ちなみに、エキセントリックケーキってどんなヤツ?」


「お召し上がりになってみます? 紅茶も用意しましょう。朝食には少し重いかも知れませんが、栄養価は高いです。エキセンドル地方で栽培した貴重な滋養粉を材料にロイヤルパティシエが作ったスイーツの最高峰です。製造法は謎でして、ですからエキセントリックケーキと呼ばれています」


「へえー、そんなに凄いケーキなのか? ならひとつ頂いちゃおうかな?」


「すぐ用意させますね」


 アリシアが軽く手を叩くと、すぐにケーキと紅茶が出て来た。はじめてこの部屋に来た時に出してくれた紅茶とは少し香りが違う。あの時もお菓子類は出してくれたが、目の前に置かれたケーキはちょっとサイズが普通とは違っていた。


 デカい。俺が住んでいた東京の洋菓子店なら、四人分のホールケーキに匹敵するサイズだった。これでひとり分なのかと目を疑う大きさだ。


「ポニのやつはこれを89個も食べたのか? どんな胃袋してんだよ!」


 サイズに圧倒されながら、切り分けて貰ったひときれを口に運んだ。特別好きと言う訳ではないが、甘いものは苦手ではないし、激辛料理よりはぜんぜん好きだ。


「ーーー!?」


「いかがです?」


「なんだ、この不思議な爽快感と舌でとろける濃密な甘さは!? 甘いのに全くクドくなく、喉をクリームが通り過ぎた後に残る余韻がたまらない。普通じゃない旨さだよ! 手が止まらなくなる!」


「でしょ? はじめてこのケーキを見た方はそのサイズに圧倒されますが、残してしまう方はいませんの。むしろお代わりを望まれる方がほとんどです。ですが、残念ながらふたつ以上は食べられません。お腹がいっぱいになってしまいますので」


 いかん、いかんと思いつつ、アリシアを前にするとついつい和んでしまう自分がいる。頬杖をつきながらニコニコと笑い、目の前で可愛く首を傾げる仕草もたまらなくキュートだ。どうしたらこんなにも可愛く振る舞えるのか不思議でならない。まるで映画の中のヒロインが演じたものを、名監督と名カメラマンの腕によって芸術的レベルまで昇華されたシーンを永遠に見せられている感じだ。ケーキも凄いが、アリシアの方がもっと凄い。パーフェクト過ぎて怖いくらいだ。


ーーー分かっちゃいるけど〜何とやらってヤツだ。こいつはマズい。ゆかりもたぶんこの状況を見ているのに!


 ゆかりには俺の心の動きなど全てお見通しだろう。

協力を仰がなくてはゲルダゴスに勝てそうにないのに、これ以上こじれたら修正のしようがなくなる。どんどん状況が悪くなるのに、呑気にケーキを食ってる自分が自分でも信じられなかった。


「ああっ! ボクのケーキが食べられてる!」


 背後でポニが起き上がり大声を出した。

目に炎を宿してるように見えるのは気のせいだろうか?


「あら、起きてしまいましたの? まだ夜が明けたばかりですから寝ていても構いませんよ?」


「そんな訳にはいかないよ! ボクのケーキが存在の危機に直面しているんだ! あと11個、ちゃんとキープしてくれてるよねアリシアさん!」


「お前、89個も食べてまだ食べる気か? その腹は限界を越えてるだろう?」


「限界なんて関係ない。100個食べると決めたんだ。これはボクの自分に対するケジメなんだよ。前に進む為にクリアしなくちゃいけない儀式なんだ!」


 100個食べたら俺との事を諦めると言ったそうだが、俺はポニに話をしなくてはならない。そしてその内容次第では最も危険な大役を頼む事になるかも知れないのだ。俺はどう話を切り出していいのか、正直に言って分からなかった。


「ポニさんの気持ちは分かります。夜を徹してたくさんお話しましたし、ふたりは同じ方に想いを寄せる『心の友』ですから。でも今は少し置いて下さい。速水様から大切なお話があるようですので」


 俺は本気で驚いた。

今まで一言もポニを探していたなどと口にしていないし、用がある素振りも見せていないと思っていたのに、その心の内をアリシアは察していたのだ。


「なぜそう思う? テレパシーか?」


「なぜと聞かれても困りますが、速水様がとても重要な事をポニさんに告げなくてはならないのに、それが出来ずに悩んでいるように思えたのです。間違っていましたか?」


「いや。アリシアの言う通りだよ。俺はポニに、もしかしたら死んでしまう程の危険な事を頼みに来た。嫌なら断ってくれていい。出来ないなら、はっきりそう言ってくれ」


 そして俺は、ガラシャというセイレーンから聞いた話をもとにダグロス将軍と検討した作戦について話した。もちろんポニに海流操作を打ち消す事が出来たらという前提での話であり、出来ないのならそもそも準備すらしない。俺としては気が進まなかったが、私的感情は含めずあくまでも作戦のひとつとして話をした。


「だいたいの内容は分かったよ」


 ポニは真面目な顔をして腕組みをして聞いていたが、腹がポンポンなので時おりゲップと息を吐きながら苦しそうにしている。こいつには絶対シリアスは似合わないと確信した。


「海流操作を打ち消す能力なんて本当に使えるのか?」


「狙ってやった事ないから分からないけど、たぶん出来るんじゃないかな?」


「やった事ないのにぶっつけ本番で出来る訳ないだろ! 凄く危険な事なんだ。“たぶん”じゃ作戦として使えない。お前はもちろんだが、作戦に参加するメンバー全員がほぼ助からない状況になるのは確定的だ」


「なら聞くけど、他に方法があるの? お兄さんが立てた作戦の大前提は、ゲルダゴスを罠を仕掛けた海域から外に逃さない事だよね? 鯨みたいな形態変化をしたゲルダゴスが、海流操作でそこから逃げちゃったら罠の意味なくない? なら、ボクに頼る他に道はないって事になるよね?」


「確かにそうだが、やった事もないんじゃリスクが高すぎる」


「お兄さんは、そういうリスクを一切侵さないで今まで闘って来たの? ボクが見て来た限りじゃ、行き当たりばったりのその場のヒラメキと運で切り抜けて来たように思うけど? 確かにお兄さんにはデタラメな力があるみたいだけど、見ていて不安と言うか、自分の力に振り回されている感じがするよ。ボクがそうだったから、なんとなくだけど分かるんだ」


 子供とばかり思っていたポニからの鋭い指摘に、俺は言葉を詰まらせた。全くその通りで、俺の闘って来た過去を振り返れば、生きているのが不思議なほどのデタラメさだった。ゆかりがチートスキルをたくさん仕掛けたこの体も、ほとんどその能力を使えてないし、使えたら使えたでコントロールできずに振り回されている。どこからどこまでがスキルの効果で、どこからが単なる偶然なのか分からないくらいだ。


「確かにポニが言う通り、振り返ってみれば確実なんて言葉はほとんど当て嵌まらないよ。でも、俺ひとりならまだしも、今回の作戦には数万規模の命が掛かっているんだ。失敗したら後方支援の部隊も全滅するだろう。長期戦は望んじゃいないが、場合によってはそれもやむを得ないと思っている」


「ボクがゲルダゴスの海流操作を打ち消す事が出来なかったら、長期戦になるかも知れないって事? 長期戦になれば勝てるの? 逆に不利になると思うけどね」


「ポニさんの言う通り、長期戦になれば被害は増えると私も思います」


「君までそんな事を言うのか? ポニの一か八かに付き合うのは俺ひとりで充分だ。大部隊を巻き込んでやるにはリスクが高すぎる!」


「ならば、ポニさんと速水様のふたりだけで作戦に望まれては如何でしょう? 失敗しても被害は最小限で済みますし、それから長期戦に入ったとしてもリスクは何も変わりません」


「なっ!?」


「さすがはアリシアさん! ボクとお兄さんのふたりだけなら失敗だって分かったらすぐに逃げればいい。大勢いたらかえって邪魔なだけだよ」


 アリシアからのとんでもない提案に、正直言って驚いて声が出なかった。愛する男と、心の友だと言うポニを最も危険な場所に護衛もなく送り出そうと言うのだ。見るからにおとなしそうに見えるこのお姫様が、実はとんでもなく危険なお姫様だと知ったのはこの作戦が実行されてから後の事になる。




ーーー燃える海(3)ヘと続く



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