39.伝えたい気持ち
僕は朝陽先輩の隣にゆっくりと座る。
お弁当を出しておにぎりを渡そうとするが、朝陽先輩は前を向いたまま。
「朝陽先輩……?」
「あっ、ああ! お弁当ありがとう!」
朝陽先輩はおにぎりを受け取るが、その顔はどこか緊張していた。
「また一緒にお弁当が食べられてよかった」
「そんなにですか?」
「うん。また直の作ったお弁当を一緒に食べられるんだよ」
そんなことを当たり前みたいに言われて、僕は少し困ってしまう。
以前ならただ嬉しいだけだった。
でも最近は朝陽先輩の一言一言が妙に心に残る。
「でも、普段より食欲なさそうですね」
いつもなら何かを言う前におにぎりを食べている朝陽先輩が、まだラップすらも外していない。
「いただきます」
僕が食べるのを待っていると、先におにぎりを口に入れる。
いつもと変わらない味。
だけど、どこか久しぶりに感じる。
「いただきます」
朝陽先輩は手を合わせると、ゆっくりお弁当箱を開ける。
「俺の好物ばかりだ……」
朝陽先輩の好きな卵焼き、唐揚げ。
そして、嫌いな野菜を克服した野菜の肉巻き。
いつもと変わらないお弁当だけど、どこか懐かしいおかずも入れてみた。
「美味しい……」
一口食べた朝陽先輩が嬉しそうに笑う。
「やっぱり直の料理って落ち着く」
「大げさですよ」
「大げさじゃないよ」
朝陽先輩はおにぎりを置いて、僕の方に向きを変えた。
「俺……実は直と会うまではご飯なんて、ただ食べられればよかったんだ」
「だから、お昼はパン一つだったんですね」
「うん」
朝陽先輩はお母さんが忙しいのもあり、お昼にパンを食べていたのは知っている。
だけど、食いしん坊の朝陽先輩が当時パンを一つしか食べていないのが気になっていた。
でも今の話を聞いて、そもそも食事に対してあまり興味がなかったことがわかった。
それなのに僕は朝陽先輩が食いしん坊だと勘違いして――。
「でも、直といるとご飯がすごく美味しく感じられたし、毎日が楽しいんだ」
朝陽先輩の言葉に胸が跳ねる。
楽しいと思ったのは僕だけではなかったんだ。
僕も嬉しくなり微笑むと、朝陽先輩はどこか緊張した顔を僕に向けた。
「直……」
名前を呼ばれると、胸の鼓動はさらに早くなる。
何をいうのか待っていると、朝陽先輩は首を横に振った。
「ごめん。なんでもない」
朝陽先輩は視線を逸らした。
「えっ?」
「今言うことじゃない気がした」
僕の名前を呼んだのに、笑って誤魔化す朝陽先輩。
「朝陽先輩?」
「もっとちゃんと伝えたいからさ」
小さな声で呟く朝陽先輩。
僕には聞こえないふりをすることもできた。
でも、確かに聞こえてしまった。
「そう言えば、母さんが親子丼を食べたら、泣いて喜んでいたよ」
「本当ですか!? 喜んでもらえてよかったですね!」
そんなに嬉しい話が聞けるなら、教えた僕としても嬉しくなる。
「教える先生が上手だからだね」
「朝陽先輩が頑張ったからですよ」
これで僕の出番は役目は終わってしまった。
また料理を教えるとは言ったけど、いつ教えるかは決まってない。
そう思うと、どこか楽しい時間も寂しく感じる。
その後もくだらない話をして、結局朝陽先輩はあの時何を言いたかったのか聞けずにお昼休みは終わってしまった。
学校が終わり、僕はいつものように惣菜店で手伝いをしていた。
「直、お母さんちょっと買い物に行ってくるからお店の留守番頼んだわよ」
「はーい」
一人になるとつい考えてしまう。
朝陽先輩は、あの時何を言おうとしていたんだろう。
朝陽先輩のことが気になって仕事が手につかない。
お客さんがいない時は尚更だ。
朝陽先輩も楽しかった日常を寂しく感じているといいな。
「直」
あれ……?
朝陽先輩の声が聞こえてくる。
さっきから考えすぎて空耳が聞こえているのだろうか。
「朝陽先輩……?」
顔をゆっくり上げると、そこには制服姿の朝陽先輩が立っていた。
「えっ!? 今夕方ですよ!?」
驚く僕に先輩は少し照れたように笑う。
部活帰りにしか寄らないと思っていたのに。
「コロッケ、一つ!」
「あっ……はい!」
僕は急いでコロッケを包装紙で包んで持っていく。
いつもの注文。
いつもの光景。
なのに今日は少し違って見えた。
コロッケを渡そうと手を伸ばすが、朝陽先輩は受け取らず僕の手元を見ていた。
「何かありましたら?」
「俺、やっぱり伝えようと思って!」
心臓が大きく鳴った。
鮮やかな茶色の瞳がまっすぐ僕を見つめる。
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