天正三年正月――三つの財布
天正三年正月―四十郎に少弐家を預ける。
そう決めてしまうと、少弐にはもう一つ、決めなければならないことがあった。
金だった。
清盛館には、いくつもの帳面があった。
少弐自身の商いの帳面。
兵庫津の帳面。
西国艦隊の帳面。
生野銀山。
復興費。
瀬戸内会議が集めた物資。
戦中に各家が出した兵糧。
どこからどこまでが少弐のもので、どこからが播磨のものなのか。
戦時中は、それでもよかった。
必要なら出す。
足りなければ借りる。
船が必要なら西国艦隊を呼ぶ。
米がなければ倉を開く。
それで戦を乗り切った。
だが平時になってまで続ければ、やがて誰にも分からなくなる。
四十郎が帳面を見ながら言った。
「これは少弐家の銭でございますか」
少弐も帳面を見る。
「……どれ?」
「それを尋ねております」
少弐はしばらく黙った。
「分けよう」
「何をです」
「私の金と、皆の金」
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そもそも少弐は、自分を播磨守護だとは思っていなかった。
戦中には臨時守護総代と呼ばれた。
今では臨時総大将である。
だが、それは必要だから預かっている役目に過ぎない。
「播磨を取ったわけじゃないからな」
少弐は言った。
備前についても同じだった。
宇喜多を降したからといって、備前が少弐領になったわけではない。
ならば播磨や備前から生じる富を、少弐家の収入にしてはならない。
ここで少弐は、はっきり線を引いた。
播磨・備前の富は瀬戸内会議のもの。
少弐家の富は少弐家のもの。
まず、この二つを混ぜない。
四十郎も賛成した。
むしろ侍従長として少弐家の帳面を預かるなら、その方がありがたかった。
「では、少弐家の財産を決めてくだされ」
「そんなにないよ」
「あります」
四十郎に即答された。
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まず、
清盛館。
これは少弐家の館とする。
周囲の会議所や共同倉庫まで少弐家のものにはしない。
清盛館そのものと、その家政に必要な建物だけである。
次に、
兵庫津で清盛館を構えたころに始めた金貸し。
商人、船乗り、職人などへ銭を貸し、利を得る。
戦時には復興や船の修理にも使われたが、元をたどれば少弐個人の商いだった。
これも少弐家のもの。
そして三つ目。
本屋。
少弐が長年集めてきた明・朝鮮の書物。
それを読める者に翻訳させる。
日本語に直す。
写本を作る。
必要なら原書そのものも写す。
医学。
兵学。
歴史。
地理。
農業。
暦。
文学。
さまざまな書を扱う。
翻訳した本を寺社や武家、商人、学者へ売る。
これも少弐が以前から築いてきた商いだった。
「これでいい」
少弐は言った。
清盛館。
金貸し。
本屋。
この三つを少弐家の基本財産とする。
領国の年貢を少弐家の財布には入れない。
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そして、この少弐家に属する者も整理した。
筆頭は松浦。
そして渡辺。
その他、播磨へ来る以前から少弐と行動してきた古参たち。
旅をし、商いをし、清盛館ができる以前から少弐についてきた者たちである。
ここに四十郎が侍従長として加わり、戦乱で主や職を失った播磨の者を新たに召し抱えていく。
古参と新参。
商人と武士。
祐筆と家人。
それらを四十郎が一つの少弐家としてまとめる。
少弐は四十郎に言った。
「私の家は、土地から米を取って食う家にはしない」
四十郎は少し考えた。
「商いで食う武家でございますか」
「もともと商人だからな」
それでよかった。
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次に問題となったのが、西国艦隊だった。
これはもっと大きな話だった。
西国艦隊の俸給は、もともと小田から出ている。
軍船。
水夫。
兵。
港湾要員。
その維持には莫大な銭がかかる。
だが少弐が帳面を調べてみると、奇妙なことに気づいた。
「……船、減ってないな」
戦乱は激しかった。
陸では大勢死んだ。
播磨は焼けた。
城も落ちた。
だが西国艦隊は、沿岸支援や輸送を中心に運用したため、致命的な海戦をほとんど経験していない。
大きな損耗がない。
その一方で交易は続いていた。
朝鮮。
北方。
明。
琉球。
それぞれとの交易路は生きている。
人参。
白磁。
書物。
砂糖。
香木。
毛皮。
虎皮。
牙。
その他の品々。
船は軍務だけでなく、交易にも動いていた。
その利益を計算すると、少弐は考え込んだ。
「これ、小田から給金をもらい続けなくてもよくないか」
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そこで少弐は坂東へ報告を送った。
戦乱は激しかった。
しかし西国艦隊そのものには大きな損耗がない。
海外交易も順調である。
したがって今後、西国艦隊については、
可能な限り自らの交易収益によって維持する。
小田から恒常的に俸給を受け続ける体制を改めたい。
そう申し出た。
ただし、そこで艦隊を少弐家の私物にすることもしなかった。
「これは私の船じゃない」
少弐は言った。
ならば誰のものか。
答えは、
瀬戸内会議。
だった。
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ここで西国艦隊は、大きく姿を変えることになった。
名称も改める。
西海会社。
軍事組織としての艦隊機能は残す。
瀬戸内海の警備。
海賊対策。
輸送。
有事の海上戦力。
しかし平時には交易を行う。
朝鮮へ。
明へ。
琉球へ。
北方へ。
必要ならさらに南へ。
そして交易に必要な船、倉庫、商館、護衛船を会社として運営する。
重要なのは、その利益だった。
少弐のものにはしない。
宇喜多のものでもない。
赤松でも黒田でもない。
瀬戸内会議から西海会社へ出資した者に、出資に応じて利益を分配する。
諸家。
寺社。
商人。
場合によっては港町。
会議が認めた者なら出資できる。
船を一隻造る銭を出す者。
倉庫建設に出す者。
交易資金を出す者。
それぞれに応じて配当を受ける。
ただし軍事運用については、出資額で勝手に決めることはできない。
西海会社はあくまで瀬戸内会議に帰属する。
商いは出資者の利益を生み、軍事は会議の決議に従う。
この二つを分けた。
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もう一つ、播磨には切実な問題があった。
米がない。
正確には、年貢として安定して取れるほど田が戻っていない。
村そのものが消えた地域もある。
田植え以前に用水を直さなければならない土地もある。
そんな場所で、
「何石取れる」
と聞いても意味がなかった。
そこで少弐は提案した。
「当分、米で数えるのをやめよう」
復興期に限り、播磨の負担や俸給については、
貨幣による代納・支給を基本とする。
米が取れない村から無理に米を取り上げない。
復興普請に参加する者には銭で払う。
役人にも銭。
兵にも可能なら銭。
必要な米は、戦災の少ない地域や海上交易によって外から買う。
これなら農民は、収穫したわずかな米をすべて差し出さずに済む。
そして瀬戸内会議側も、
「荒れた田から年貢を取るために、さらに田を荒らす」
という愚を避けられる。
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四十郎は最後に帳面を三つに分けた。
一つ。
少弐家。
清盛館。
金貸し。
翻訳・写本を扱う本屋。
松浦・渡辺ら古参と、四十郎が新たにまとめる家臣団。
二つ。
瀬戸内会議。
播磨・備前の公的な収入。
生野銀山。
復興費。
道路、橋、用水。
共同防衛。
三つ。
西海会社。
瀬戸内会議に帰属する海上組織。
交易によって自らを維持し、利益は出資者へ配当する。
少弐は三冊を見比べた。
「これなら分かりやすい」
四十郎が答えた。
「最初からこうしていただきたかったですな」
「戦争中だったから」
「今後は混ぜませぬぞ」
「はい」
四十郎は帳面を閉じた。
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こうして天正三年の正月、瀬戸内会議は政治だけではなく、財布まで形を持ち始めた。
少弐は守護ではない。
だから播磨の富を自分のものにしない。
少弐家は領国から吸い上げるのではなく、清盛館を中心とした金貸しと出版・翻訳の商いで自立する。
播磨と備前の富は、復興と共同のために使う。
そして海は、西海会社が商いながら守る。
戦乱によって生まれた西国艦隊は、戦が終わればただ維持費を食う軍隊になるはずだった。
だが少弐はそれを解散させなかった。
船を商いに戻した。
海路を商路に戻した。
水夫を交易者に戻した。
そして利益を、船を支える者たちへ返す仕組みにした。
まだ誰も、それを大層な制度だとは思っていなかった。
播磨には米がない。
坂東へいつまでも艦隊の給金を頼めない。
少弐家と播磨の財布が混ざっていては困る。
だから分けた。
それだけだった。
だが、このとき生まれた、
「領国の富」
「家の富」
「共同で出資する海の富」
という三つの財布は、後に瀬戸内会議が播磨と備前だけでは収まらなくなったとき、その巨大な仕組みを支える土台になっていくことになる。




