表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
998/1011

天正三年正月――三つの財布

天正三年正月―四十郎に少弐家を預ける。


そう決めてしまうと、少弐にはもう一つ、決めなければならないことがあった。


金だった。


清盛館には、いくつもの帳面があった。


少弐自身の商いの帳面。


兵庫津の帳面。


西国艦隊の帳面。


生野銀山。


復興費。


瀬戸内会議が集めた物資。


戦中に各家が出した兵糧。


どこからどこまでが少弐のもので、どこからが播磨のものなのか。


戦時中は、それでもよかった。


必要なら出す。


足りなければ借りる。


船が必要なら西国艦隊を呼ぶ。


米がなければ倉を開く。


それで戦を乗り切った。


だが平時になってまで続ければ、やがて誰にも分からなくなる。


四十郎が帳面を見ながら言った。


「これは少弐家の銭でございますか」


少弐も帳面を見る。


「……どれ?」


「それを尋ねております」


少弐はしばらく黙った。


「分けよう」


「何をです」


「私の金と、皆の金」



---


そもそも少弐は、自分を播磨守護だとは思っていなかった。


戦中には臨時守護総代と呼ばれた。


今では臨時総大将である。


だが、それは必要だから預かっている役目に過ぎない。


「播磨を取ったわけじゃないからな」


少弐は言った。


備前についても同じだった。


宇喜多を降したからといって、備前が少弐領になったわけではない。


ならば播磨や備前から生じる富を、少弐家の収入にしてはならない。


ここで少弐は、はっきり線を引いた。


播磨・備前の富は瀬戸内会議のもの。


少弐家の富は少弐家のもの。


まず、この二つを混ぜない。


四十郎も賛成した。


むしろ侍従長として少弐家の帳面を預かるなら、その方がありがたかった。


「では、少弐家の財産を決めてくだされ」


「そんなにないよ」


「あります」


四十郎に即答された。



---


まず、


清盛館。


これは少弐家の館とする。


周囲の会議所や共同倉庫まで少弐家のものにはしない。


清盛館そのものと、その家政に必要な建物だけである。


次に、


兵庫津で清盛館を構えたころに始めた金貸し。


商人、船乗り、職人などへ銭を貸し、利を得る。


戦時には復興や船の修理にも使われたが、元をたどれば少弐個人の商いだった。


これも少弐家のもの。


そして三つ目。


本屋。


少弐が長年集めてきた明・朝鮮の書物。


それを読める者に翻訳させる。


日本語に直す。


写本を作る。


必要なら原書そのものも写す。


医学。


兵学。


歴史。


地理。


農業。


暦。


文学。


さまざまな書を扱う。


翻訳した本を寺社や武家、商人、学者へ売る。


これも少弐が以前から築いてきた商いだった。


「これでいい」


少弐は言った。


清盛館。


金貸し。


本屋。


この三つを少弐家の基本財産とする。


領国の年貢を少弐家の財布には入れない。



---


そして、この少弐家に属する者も整理した。


筆頭は松浦。


そして渡辺。


その他、播磨へ来る以前から少弐と行動してきた古参たち。


旅をし、商いをし、清盛館ができる以前から少弐についてきた者たちである。


ここに四十郎が侍従長として加わり、戦乱で主や職を失った播磨の者を新たに召し抱えていく。


古参と新参。


商人と武士。


祐筆と家人。


それらを四十郎が一つの少弐家としてまとめる。


少弐は四十郎に言った。


「私の家は、土地から米を取って食う家にはしない」


四十郎は少し考えた。


「商いで食う武家でございますか」


「もともと商人だからな」


それでよかった。



---


次に問題となったのが、西国艦隊だった。


これはもっと大きな話だった。


西国艦隊の俸給は、もともと小田から出ている。


軍船。


水夫。


兵。


港湾要員。


その維持には莫大な銭がかかる。


だが少弐が帳面を調べてみると、奇妙なことに気づいた。


「……船、減ってないな」


戦乱は激しかった。


陸では大勢死んだ。


播磨は焼けた。


城も落ちた。


だが西国艦隊は、沿岸支援や輸送を中心に運用したため、致命的な海戦をほとんど経験していない。


大きな損耗がない。


その一方で交易は続いていた。


朝鮮。


北方。


明。


琉球。


それぞれとの交易路は生きている。


人参。


白磁。


書物。


砂糖。


香木。


毛皮。


虎皮。


牙。


その他の品々。


船は軍務だけでなく、交易にも動いていた。


その利益を計算すると、少弐は考え込んだ。


「これ、小田から給金をもらい続けなくてもよくないか」



---


そこで少弐は坂東へ報告を送った。


戦乱は激しかった。


しかし西国艦隊そのものには大きな損耗がない。


海外交易も順調である。


したがって今後、西国艦隊については、


可能な限り自らの交易収益によって維持する。


小田から恒常的に俸給を受け続ける体制を改めたい。


そう申し出た。


ただし、そこで艦隊を少弐家の私物にすることもしなかった。


「これは私の船じゃない」


少弐は言った。


ならば誰のものか。


答えは、


瀬戸内会議。


だった。



---


ここで西国艦隊は、大きく姿を変えることになった。


名称も改める。


西海会社。


軍事組織としての艦隊機能は残す。


瀬戸内海の警備。


海賊対策。


輸送。


有事の海上戦力。


しかし平時には交易を行う。


朝鮮へ。


明へ。


琉球へ。


北方へ。


必要ならさらに南へ。


そして交易に必要な船、倉庫、商館、護衛船を会社として運営する。


重要なのは、その利益だった。


少弐のものにはしない。


宇喜多のものでもない。


赤松でも黒田でもない。


瀬戸内会議から西海会社へ出資した者に、出資に応じて利益を分配する。


諸家。


寺社。


商人。


場合によっては港町。


会議が認めた者なら出資できる。


船を一隻造る銭を出す者。


倉庫建設に出す者。


交易資金を出す者。


それぞれに応じて配当を受ける。


ただし軍事運用については、出資額で勝手に決めることはできない。


西海会社はあくまで瀬戸内会議に帰属する。


商いは出資者の利益を生み、軍事は会議の決議に従う。


この二つを分けた。



---


もう一つ、播磨には切実な問題があった。


米がない。


正確には、年貢として安定して取れるほど田が戻っていない。


村そのものが消えた地域もある。


田植え以前に用水を直さなければならない土地もある。


そんな場所で、


「何石取れる」


と聞いても意味がなかった。


そこで少弐は提案した。


「当分、米で数えるのをやめよう」


復興期に限り、播磨の負担や俸給については、


貨幣による代納・支給を基本とする。


米が取れない村から無理に米を取り上げない。


復興普請に参加する者には銭で払う。


役人にも銭。


兵にも可能なら銭。


必要な米は、戦災の少ない地域や海上交易によって外から買う。


これなら農民は、収穫したわずかな米をすべて差し出さずに済む。


そして瀬戸内会議側も、


「荒れた田から年貢を取るために、さらに田を荒らす」


という愚を避けられる。



---


四十郎は最後に帳面を三つに分けた。


一つ。


少弐家。


清盛館。


金貸し。


翻訳・写本を扱う本屋。


松浦・渡辺ら古参と、四十郎が新たにまとめる家臣団。


二つ。


瀬戸内会議。


播磨・備前の公的な収入。


生野銀山。


復興費。


道路、橋、用水。


共同防衛。


三つ。


西海会社。


瀬戸内会議に帰属する海上組織。


交易によって自らを維持し、利益は出資者へ配当する。


少弐は三冊を見比べた。


「これなら分かりやすい」


四十郎が答えた。


「最初からこうしていただきたかったですな」


「戦争中だったから」


「今後は混ぜませぬぞ」


「はい」


四十郎は帳面を閉じた。



---


こうして天正三年の正月、瀬戸内会議は政治だけではなく、財布まで形を持ち始めた。


少弐は守護ではない。


だから播磨の富を自分のものにしない。


少弐家は領国から吸い上げるのではなく、清盛館を中心とした金貸しと出版・翻訳の商いで自立する。


播磨と備前の富は、復興と共同のために使う。


そして海は、西海会社が商いながら守る。


戦乱によって生まれた西国艦隊は、戦が終わればただ維持費を食う軍隊になるはずだった。


だが少弐はそれを解散させなかった。


船を商いに戻した。


海路を商路に戻した。


水夫を交易者に戻した。


そして利益を、船を支える者たちへ返す仕組みにした。


まだ誰も、それを大層な制度だとは思っていなかった。


播磨には米がない。


坂東へいつまでも艦隊の給金を頼めない。


少弐家と播磨の財布が混ざっていては困る。


だから分けた。


それだけだった。


だが、このとき生まれた、


「領国の富」

「家の富」

「共同で出資する海の富」


という三つの財布は、後に瀬戸内会議が播磨と備前だけでは収まらなくなったとき、その巨大な仕組みを支える土台になっていくことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ