西から来る者――宇喜多の帰順
宇喜多へ問いを送ったあとも、兵庫津の評定は続いていた。
播磨は荒れている。
田畑は荒廃し、橋は落ち、帰る家を失った兵が兵庫津に溢れている。
それでも一つだけ、大きな問題は片付いていた。
羽柴との停戦である。
播磨と但馬の境を定め、羽柴勢は播磨から退いた。
捕虜は交換される。
竹田城も返還される。
播磨側は但馬へ介入しない。
羽柴側も播磨へ兵を入れない。
数年間の相互不可侵。
少なくとも東と北については、しばらく大軍が入ってくる心配をしなくてよくなった。
だからこそ、西が問題になった。
宇喜多だった。
---
やがて宇喜多から正式な使者が来た。
清盛館隣の集会所で、播磨諸家がこれを迎えた。
使者は最初こそ頭を下げた。
羽柴勢が宇喜多領を通り、播磨へ入ったこと。
結果として播磨に大きな損害が出たこと。
これについては申し訳ない。
だが、その後の説明になると空気が変わった。
「我が殿が羽柴勢を招いたものではございませぬ」
羽柴が勝手に通った。
宇喜多は止めようとした。
しかし止められなかった。
「大軍でございましたゆえ」
宇野の者の顔が険しくなる。
使者はさらに言った。
「我が殿一人の力にて、いかにして羽柴勢を止められましょう」
そこで赤松の者まで表情を変えた。
謝罪ではある。
しかし、
どうしようもなかったのだから仕方がない。
そう聞こえた。
宇野の者が立った。
「その『仕方がない』のために、我らは何人死んだと思っておる」
使者も退かなかった。
「されど宇喜多が羽柴を播磨へ呼んだわけではございませぬ」
「通したではないか!」
「止められなかったのでございます!」
そこから評定は荒れた。
---
宇喜多の使者をいったん退出させる。
そして播磨諸家だけで話し合った。
ここで問題になったのが、まだ播磨の政治制度そのものが完成していないことだった。
守護すら決まっていない。
評議員の資格も決まっていない。
誰に拒否権を持たせるかも決まっていない。
つまり今の「播磨評議」は、後世の制度化された評議会ではない。
戦争を生き残った家々が、とりあえず一室に集まって話しているだけだった。
だから最後は、単純だった。
「決を採ろう」
多数決。
宇喜多に対し、播磨戦乱についての賠償を要求する。
応じない場合、軍事力をもって要求する。
賛成。
反対。
一人ずつ意思を示した。
宇野は賛成。
赤松も賛成。
小寺も賛成。
別所も、しばらく考えた末に賛成へ回った。
慎重論もあった。
播磨は疲弊している。
また戦をする余裕などない。
しかし、
「他国の軍勢を通して播磨を焼かせても、謝れば済む」
という前例だけは残せない。
最終的に出兵が多数を占めた。
少弐は頭を抱えた。
「それで、誰が率いるんだ」
静かになった。
皆が少弐を見る。
「……私?」
黒田が言った。
「ほかに誰がおります」
「いや、これは播磨の戦だろう」
「ですから、播磨諸家が決めた戦を、諸家のいずれか一つへ預ければ揉めます」
赤松を総大将にすれば宇野が従属したように見える。
宇野なら逆。
別所を立てても同じ。
黒田自身では小寺色が強すぎる。
そこで、播磨の土地を直接相続する立場ではなく、それでいて全軍から一定の信頼を得ている少弐が残った。
「守護ではありません」
黒田が念を押した。
「今回の出兵が終わるまでの総代です」
仮に名付けられた役職は、
臨時守護総代。
播磨諸家の決議を軍事面で執行する、一時的な責任者。
領主ではない。
守護でもない。
戦が終われば権限を返す。
少弐は何度も確認した。
「本当に臨時だからな」
「分かっております」
「備前を私の領地にしたりしないからな」
「誰も頼んでおりませぬ」
こうして播磨混成軍は西へ向かった。
---
ところが。
宇喜多には、もっと大きな問題が迫っていた。
毛利である。
毛利側でも宇喜多への疑念が爆発した。
但馬へ向かう羽柴勢を領内に通した。
そして出雲で蜂起した尼子残党が敗れると、宇喜多領へ逃げ込んだ。
しかもそこで再び兵を集め、立て直そうとしている。
毛利から見れば偶然が重なりすぎていた。
羽柴を通す。
尼子を受け入れる。
織田方とも接触する。
元就の判断は厳しかった。
宇喜多、もはや許すべからず。
この際、誅す。
命を受けた小早川隆景が動いた。
山陰では毛利勢が明智・山名と向き合ったまま。
その戦線を維持しながら、山陽では小早川勢が東へ走る。
宇喜多領へ。
---
そして東からは播磨混成軍が来る。
先頭には、またスリフォンの兵がいた。
その後ろに赤松。
宇野。
小寺。
別所。
少弐は臨時守護総代として、その全軍の最終責任を負っていた。
備前へ入った。
そこで少弐は妙な報告を受ける。
「宇喜多より使者!」
「また?」
「今度は……降りたいとのことでございます」
少弐はしばらく黙った。
「誰に?」
「我らに」
理由はすぐ分かった。
西から小早川が来ている。
東から播磨軍。
宇喜多は挟まれた。
どちらかと戦わなければならない。
ならば――。
負ける相手を選ぶ。
毛利に降れば、尼子問題まで含めて何をされるか分からない。
元就はすでに「誅す」とまで言っている。
一方、播磨側の要求は最初から限定されている。
賠償。
安全保障。
責任の明確化。
宇喜多家そのものを滅ぼすとは言っていない。
ならば答えは一つだった。
---
宇喜多から正式な降伏条件が提示された。
第一。
播磨諸家に対する正式な謝罪。
羽柴勢の通行を阻止できず、結果として播磨へ戦火を招いた責任を認める。
第二。
赤松・宇野ら、直接被害を受けた領地に対する十年間の賠償。
米。
銭。
材木。
牛馬。
その他、復興に必要な物資。
一度に巨額を払わせるのではない。
十年かけて復興を支える。
第三。
宇喜多軍の解散。
少なくとも独自に大軍を動員して他勢力を領内へ通したり、周辺国へ介入したりできる軍事力をいったん解体する。
城の最低限の警備と領内治安維持に必要な兵については、後に兵庫津評議で定める。
第四。
そして最大の条件。
宇喜多家は兵庫津評定へ帰順する。
少弐個人の家臣になるのではない。
赤松の家臣でもない。
宇野の家臣でもない。
播磨諸家が共同で開いている兵庫津の評議へ参加し、その決定に従う。
少弐は条件を読んで、黒田を見た。
「これ、私に降ったことになる?」
「なりませぬ」
「よかった」
少弐は本気で安心した。
臨時守護総代は、宇喜多の降伏を受理するための最終責任者にすぎない。
宇喜多が帰順する相手は、
兵庫津評定。
まだ規則すら完全には決まっていない、あの集会だった。
---
少弐は条件を受け入れた。
戦はほとんど起きなかった。
備前へ進入したところで、宇喜多が降ったからである。
すぐに西へ使者を走らせた。
小早川隆景へ。
宇喜多は播磨側へ降伏した。
軍を解散する。
尼子残党についても武装解除させる。
宇喜多領から他国への軍事行動を認めない。
したがって――。
毛利が討つべき宇喜多軍は、もはや存在しない。
報告を受けた小早川は、進軍を止めざるを得なかった。
宇喜多を討つために来た。
だが宇喜多はもう独立して戦う勢力ではない。
ここから攻めれば、相手は宇喜多ではなくなる。
兵庫津評定。
赤松。
宇野。
小寺。
別所。
そして少弐。
つまり、ようやく羽柴との戦を終えたばかりの播磨全体を相手にすることになる。
しかも少弐と毛利の関係まで壊す。
小早川は地図を前に、長く黙った。
東から来た漣は、備前へ入ったところで止まった。
西から来た毛利軍も、その手前で止まった。
その間で宇喜多は生き残った。
勝ったからではない。
負ける相手を、自分で選んだからだった。
そして兵庫津では、また一つ問題が増えた。
守護も決まっていない。
評議の規則もない。
拒否権もない。
荒れた播磨の復興すらこれから。
そこへ今度は、
「宇喜多をどう評議に組み込むのか」
という議題まで持ち込まれることになった。
少弐の「臨時守護総代」は、本人が期待したほど簡単には解いてもらえそうになかった。




