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帰る家なき者たち――清盛館戦後評定

戦は終わった。


少なくとも、大軍同士が播磨を行き来する戦は終わった。


羽柴方との約定に従い、捕虜が返された。


竹田城も引き渡された。


播磨各地の城に残っていた羽柴方の諸将・兵士は、定められた道を通って撤退していった。


少弐方も手を出さなかった。


羽柴兵も、村へ入って略奪することを禁じられた。


城が一つ、また一つと返されていく。


地図だけを見れば、播磨は戻った。


だが実際に歩いてみれば、戻ってきたものなどほとんどなかった。


田には草が生えていた。


畑は踏み荒らされている。


用水路が埋まっている。


橋が落ちている。


道には軍勢が通った轍が残り、焼けた村では家の跡から黒い柱だけが突き出していた。


蔵は空。


牛馬も減った。


寺に人が集まり、城下から逃げた者が別の村に住み着いている。


そして何より――。


人がいなかった。


戦前に播磨を動かしていた者たちが、あまりにも多く死んでいた。


主だった家そのものは残った。


赤松。


宇野。


小寺。


別所。


そのほか播磨の国人たち。


だが、かつて家を率いていた当主や重臣の多くは討死している。


戦前と同じ顔ぶれを集めようとしても、集めることができない。


例外に近い存在が、別所長治だった。


一度は自ら城に火を放ち、そこから逃れ、生き残った。


戦前から一定の力を持ち、それを知る者も多い。


しかし、その別所ですら戦前と同じ力を保っているわけではない。


城は傷つき、家臣は減り、領地は荒れている。


誰もが生き残った。


だが誰もが弱っていた。


---


そして兵庫津には、人が溢れた。


清盛館の周囲。


寺。


倉庫。


船着き場。


仮小屋。


空いた土地。


どこへ行っても人がいる。


兵だった。


スリフォンが拾ってきた者。


小寺勢。


赤松旧臣。


宇野旧臣。


城を失った地侍。


主人を失った足軽。


村へ帰ったものの、家が焼けていたため再び兵庫津へ来た者。


家族そのものを失った者もいる。


「帰れ」


と言うことは簡単だった。


だが――。


どこへ。


少弐は兵庫津を歩いて、それを見た。


須磨で五千を見たときとは違う。


あのときは軍勢だった。


今は違う。


戦が終わったことで、彼らは兵ですらなくなりつつあった。


それなのに農民へ戻る田もない。


仕える主人もいない。


帰る家もない。


清盛館へ戻った少弐は、その日のうちに人を呼んだ。


---


久しぶりに清盛館が満員になった。


赤松。


宇野。


小寺。


別所長治。


生き残った播磨諸家。


黒田。


赤井直正。


スリフォン。


シレトク。


阿波辺岩蔵。


その他、この戦を生き延びた主だった者たち。


少弐は上座へ行かなかった。


羽柴との停戦を決めたときと同じだった。


「播磨の話だから」


そう言って皆と同じ場所へ座った。


黒田が地図を広げる。


だが、今回は戦の地図ではない。


荒廃した村。


落ちた橋。


焼けた城下。


使えなくなった街道。


人が戻っていない地域。


そうしたものを書き込んだ地図だった。


少弐が口を開いた。


「戦は終わった」


誰も答えない。


「でも、これをどうする」


地図を指した。


「これを決めないと、たぶん戦が終わったことにならない」


皆、それは分かっていた。


最初の議題は――。


守護をどうするか。


播磨には、国として表に立つ者が必要だった。


羽柴との約定。


他国との交渉。


寺社との折衝。


街道の再建。


年貢。


治安。


領地争い。


誰かが最終的に名を出さなければならない場面はいくらでもある。


赤松の家名を立て直すのか。


戦前から一定の勢力を保ち、生き残った別所長治を立てるのか。


あるいは誰か一人を立てることそのものをやめるのか。


少弐は言った。


「私はやらないぞ」


何人かが笑った。


だが少弐は真顔だった。


「羽柴殿との連判状でも言ったけれど、私は播磨の領主ではない」


赤松の者が尋ねた。


「では、誰を守護に?」


「それを決めるために集まった」


黒田が口を挟んだ。


「守護を一人置くことだけが答えとも限りませぬ」


皆が黒田を見る。


戦前の播磨なら、有力な家が一つ立ち、その下で国人たちが動く形もあった。


だが今は違う。


強大な家がない。


それぞれの家が傷ついている。


ならば逆に、


一人へ権限を集中させず、播磨諸家による評議で国を動かす。


そういう方法もある。


守護を置くとしても、絶対的な支配者ではなく、評議を代表する者とする。


「それは後で決めよう」


少弐が言った。


「先に、もっと困っていることがある」


外を指した。


清盛館の外には、兵がいる。


大勢いる。


第二の議題。


兵をどうするか。


これには誰もすぐ答えられなかった。


黒田が人数を書き出した。


戦える者。


負傷している者。


元の家が分かる者。


主人を失った者。


村へ戻れる者。


戻れない者。


スリフォンが連れ帰った五千だけではない。


戦線が縮小するたび、兵庫津へ人が流れ込んできた。


これを全部常備兵にすることはできない。


食わせられない。


だからといって解散させれば、何千人もの武装した男が、荒れ果てた播磨へ放り出される。


盗賊になる者が出る。


傭兵になる者も出る。


再び争いが起きれば、簡単にどこかの軍勢へ吸収される。


阿波辺岩蔵が言った。


「橋を直させればよい」


皆が見る。


岩蔵は地図を指した。


「橋がないんでしょう」


別の場所。


「道も」


さらに。


「船着き場も」


少弐が笑った。


「なるほど」


兵を兵のまま遊ばせない。


しかし農民へ無理に戻すこともしない。


復旧に使う。


橋を架ける。


道を直す。


用水路を掘る。


焼けた村の家を建てる。


港を直す。


寺社を修復する。


その間は兵糧を支給する。


働いた分は銭でも払う。


武器は一度預けさせるが、家へ帰れるようになった者には返す。


黒田が言った。


「軍役ではなく普請役として雇うわけですな」


「そう」


少弐は頷いた。


「帰るところを、自分たちで作ってもらえばいい」


その言葉に、座が少し静かになった。


---


スリフォンが尋ねた。


「私の兵は?」


少弐は彼を見る。


「どうしたい?」


スリフォンは少し考えた。


彼が拾った兵たち。


一緒に須磨まで退いた。


一緒に漣の計で戻った。


姫路まで奪還した。


もう単なる敗残兵ではない。


「全員を軍人として残す必要はありません」


スリフォンは答えた。


「ですが、すぐ解散させるべきでもないと思います」


黒田が頷く。


ならば段階的に減らす。


帰郷できる者は帰す。


家が残っている者は家へ。


田畑を持つ者には復旧を手伝わせてから戻す。


職人だった者は町へ。


船を扱える者は兵庫津や家島へ。


読み書きのできる者は役所へ。


そして、それでも軍に残ることを望む者だけを選ぶ。


鷹衆を骨格として、スリフォンのもとに一定数の常備兵を残す。


「五千全部はいらないな」


少弐が言う。


「いりません」


スリフォンも笑った。


---


そして第三の問題。


帰る家そのものがない者をどうするか。


これが一番難しかった。


少弐は外を見た。


兵庫津はもう戦前の港ではない。


人が増えすぎている。


だが逆に考えれば、人手がある。


「兵庫津を広げよう」


少弐が言った。


黒田が見る。


「ここを?」


「うん」


倉庫。


造船所。


市場。


船宿。


職人町。


寺。


新しい住宅。


戦災で帰る場所を失った者すべてを農村へ戻す必要はない。


海で働いてもよい。


船大工になってもよい。


荷役でもいい。


商人の手伝いでもいい。


西国艦隊に入る道もある。


阿波辺が言った。


「人はいくらでも要ります」


兵庫津は、西国艦隊の拠点として拡張を続けている。


そこへ播磨復興そのものを結びつける。


少弐は頷いた。


「帰る家がないなら、新しく作ればいい」


---


評定は日が暮れても終わらなかった。


守護。


評議。


兵。


普請。


難民。


年貢。


田畑。


橋。


街道。


港。


話すことはいくらでもあった。


戦の評定なら、


どこへ何千。


誰が先鋒。


誰が殿。


それで済んだ。


戦後は違った。


一つ決めれば、別の問題が出てくる。


少弐は途中で疲れたように言った。


「羽柴殿と戦っていた方が簡単だったな」


黒田が即答した。


「それは絶対に口外なされぬよう」


笑いが起きた。


長い戦が始まって以来、清盛館でこれほど穏やかな笑いが起きたのは久しぶりだった。


だが外へ出れば、まだ帰る場所のない者たちがいる。


だから翌日も評定は続く。


その翌日も。


播磨は取り戻した。


しかし、取り戻した播磨をどうするのか。


それを決める戦いが、今度は清盛館の畳の上で始まっていた。

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