来たる雪解けへ、6月の緊急評定
ライティング
六月の緊急評定 ― 来たる雪解けへ
梅雨入りした六月。
本来なら夏評定は梅雨明けに開かれる。しかし小田氏治は、来年の戦に備えるため評定を前倒しし、重臣たちを土浦城へ招集した。
宇都宮尚綱、真壁、宍戸、鹿島政道、水戸頼治、笠間幹永、大掾らが揃うと、氏治は開口一番に告げた。
「来年、雪解けには軍を動かす。」
広間に緊張が走る。
「梅雨明けを待っていては遅い。この一年で軍備も内政も完成させ、春にはいつでも戦える国にする。」
氏治は常陸北部の地図を広げた。
「那珂湊城は堅固で、港も兵站も備える。しかし平野部が広く、佐竹は土地勘にも優れる。城を避けて西へ迂回される恐れがある。」
そこで那珂湊城の西側を指差した。
「ゆえに城だけでは守らぬ。西方に恒久的な野営陣地を築く。土塁、空堀、柵、井戸、兵糧蔵を備え、大軍が長く駐屯できる陣地とせよ。」
宇都宮尚綱へ命じる。
「尚綱、下野北部の軍を率いてこの陣地に詰めよ。敵の迂回を許すな。」
「承知いたしました。」
続いて氏治は指揮系統を定めた。
「常陸で戦う以上、地縁を重んじる。水戸頼治を常陸北部防衛軍の総大将とする。」
頼治は深く一礼する。
「謹んでお受けいたします。」
「尚綱は副将だ。西方野営陣地を預かり、頼治と連携して戦え。」
すると宇都宮は頭をかきながら笑った。
「殿、私は総大将より副将のほうが性に合っております。」
「なぜだ。」
「指揮よりも、戦働きのほうが好きでございます。」
広間は笑いに包まれた。
氏治も笑って頷く。
「それでよい。総大将は全軍を見渡し、お前は副将として存分に戦働きをせよ。」
さらに笠間幹永へ向き直る。
「幹永は北浦衆を率いる寄騎大将となれ。戦時には北浦一帯の兵をまとめ、水戸軍の一翼として戦え。」
「はっ。」
氏治は最後に海の備えへ話を移した。
「鹿島衆には、佐竹領沿岸へ攻勢をかけられるだけの船団を常駐させよ。」
鹿島政道が静かに頭を下げる。
「承知いたしました。」
「海の指揮と作戦は一任する。ただし、水戸と密に連携せよ。陸と海は別々ではない。一つの軍として戦うのだ。」
「お任せください。」
そして氏治は見聞方、交渉方、商販方の三部門を呼び寄せた。
「佐竹へ噂を流せ。小田は来年佐竹を攻めるため、すでに戦支度を始めているとな。」
交渉方が尋ねる。
「信じるでしょうか。」
氏治は静かに笑う。
「恋瀬川橋城、西方野営陣地、街道、兵糧蔵……実際に築いているのだ。宇都宮が西方陣地へ入れば、誰の目にも侵攻間近と映る。」
鹿島も頷いた。
「港や市から噂を広めれば、佐竹領中へ広がりましょう。」
氏治は諸将を見回した。
「敵が疑い、防備に兵を割けばそれでよい。」
そして最後に力強く言い放つ。
「もっとも、これは虚勢ではない。」
広間が静まり返る。
「雪解けを迎えても佐竹が動かなければ、その時は我らから攻める。」
誰一人として異を唱えなかった。
こうして六月の緊急評定は終わった。
坂東は一年をかけて橋を築き、陣地を築き、港を整え、兵を鍛え、兵糧を蓄える。そして雪解けの日、敵が来れば迎え撃ち、来なければ自ら常陸北部へ進軍する。
梅雨の雨は静かに降り続いていた。
その雨は、坂東が攻守を逆転させる春への準備を、誰にも気付かれぬよう着実に進めていたのである。




