夏休みの兵学館
夏休みの兵学館
八月。
霞浦兵学館は一年の課程を終え、夏季閉館に入っていた。
氏治は久しぶりに土浦城を出て、治彦とともに兵学館を訪れる。
「休みのはずだが、ずいぶん賑やかだな。」
校内には生徒たちの姿があふれていた。
演習場では土塁を築く者、水練場では泳ぎを競う者、工房では鍛冶や陶芸を学ぶ者、商館では異国人へ質問を続ける者までいる。
治彦は苦笑した。
「閉館はしています。ただ、休みにしただけで学ぶなとは言っていません。」
「帰省は。」
「思ったほど多くありません。研究を続ける者、町で商売を覚える者、遊ぶ者……皆、それぞれ好きなことをしています。『土浦のほうが面白い』そうです。」
氏治は笑った。
「良い休みだ。」
歩きながら氏治は尋ねる。
「寮は足りているのか。」
「正式な寮は一つだけです。」
治彦は城の南を指差した。
「あれが朱雀寮です。宿舎を改装した兵学館管理の寮になります。」
「他は。」
「生徒が勝手に作りました。」
「勝手に?」
「青龍寮、白虎寮、玄武寮と名乗っています。」
氏治は思わず笑う。
「場所は分かっているのか。」
治彦は首を横に振った。
「朱雀寮以外は分かりません。」
「まさか。」
「青龍寮は東の市場らしい、という噂だけはあります。商売をしている者が多く、握り飯や汁物を売っている学生が『青龍寮の者らしい』と話題になります。」
「白虎寮は。」
「虎の刻印のある武具や道具が最近よく出回るので、西の工房街ではないかと言われています。」
「玄武寮は。」
「それだけは本当に謎です。ただ、寮生らしい者が暇さえあれば馬の訓練をしています。それ以外は誰も知りません。」
氏治は苦笑した。
「秘密基地のようだな。」
「本人たちは、その秘密を楽しんでいるようです。」
その後、二人は兵学館の時計台へ登った。
土浦の町と兵学館が一望できる。
すると造成待ちになっている広い空き地から、大きな歓声が聞こえてきた。
氏治は眼下を見下ろす。
六人ほどずつに分かれた生徒たちが馬に乗り、豚の膀胱へ革を張った鞠を教練用の木槍で叩き合っている。
敵陣の網囲いへ鞠を打ち込めば得点らしい。
「……何をしている。」
治彦は苦笑する。
「遊びです。」
「遊び?」
「異国の馬上競技の話を聞いた生徒たちが勝手に始めました。」
試合は歓声に包まれていた。
町人も商人も職人も集まり、屋台まで並んでいる。
氏治はしばらく眺めた後、静かに口を開いた。
「造成は中止だ。」
「えっ。」
「この広場は残せ。」
治彦は驚く。
「演習場を造る予定でしたが。」
「演習場は他にも造れる。しかし、これほど人が集まり、皆が笑い、町まで潤う場所は簡単には造れぬ。」
氏治は広場を指差した。
「周囲を土で盛り上げ、段々の観覧席を設けよ。やがて木や石で固め、誰もが見物できる競技場とする。」
モンケも目を輝かせる。
「兵学館の競技だけでなく、武芸大会や祭りも開けますな。」
氏治は満足そうに頷いた。
「そうだ。遊びから始まったものでも、人を育て、人を集め、町を栄えさせるなら立派な学びだ。」
時計台から見下ろす広場では、再び歓声が響いた。
その日、造成待ちの空き地は、新たな校舎ではなく、兵学館と自由都市土浦を象徴する大競技場へ生まれ変わることが決まったのである。




