橋城、そして国を築く者
水戸からの帰路、氏治は石岡側へ馬を向けた。
恋瀬川に近づくと、木槌の音と職人たちの掛け声が響き渡る。
橋の中央を抱き込むように築かれた橋城は、すでに完成間近であった。堅固な石垣、厚く盛られた土塁、屋根付きの射座、馬出し、兵の詰所、倉庫、船着場。そのすべてが一体となり、川そのものを要塞へと変えていた。
「殿、お待ちしておりました。」
土埃にまみれた宍戸が深く頭を下げる。
「思ったより早いな。」
氏治が感心すると、宍戸は穏やかに笑った。
「橋班、石垣班、土塁班、水路班と工事を分け、それぞれ競わせております。一番良い仕事をした班には米や酒、布、銀を恩賞としておりますので、皆、腕を競い合っております。」
職人たちは互いに競いながらも技を教え合い、工事の速度も精度も日に日に増していた。
「よい考えだ。」
氏治は満足そうに頷いた。
「競えば技は磨かれ、人も育つ。」
橋城の視察を終えると、宍戸は「周辺もぜひ」と氏治を案内した。
まず向かったのは恋瀬川上流。
本流ではなく支流を利用した大規模なため池群が築かれていた。谷を利用して幾つもの池を設け、大雨の際には増水を受け止め、晴天が続けば少しずつ放流して田畑を潤す仕組みである。
「本流を止めるのではなく、支流で水を預かるのです。」
さらに下流では、大きな堰と水門の工事が進んでいた。
水位を一定に保ち、橋城の堀や用水路へ安定して水を送り込むだけでなく、舟運にも利用できるよう工夫されている。
橋城、ため池、堰、水門、用水路。
それらは別々の工事ではなく、恋瀬川流域全体を治める一つの治水計画だった。
高台からその景色を眺めた氏治は、深く息をつく。
「……見事だ。」
そして宍戸を見て静かに言った。
「お前は城を築いたのではない。」
宍戸は首をかしげる。
「国を築いている。」
その言葉に、宍戸は驚き、やがて深々と頭を下げた。
しばらくして氏治は橋城を見つめながら、新たな命を下す。
「橋城が完成したら、まずはお前の息子をここへ詰めさせよ。」
「息子を……。」
「この城はお前の志を最も知る者が守るべきだ。若いうちから一城を預け、経験を積ませよ。」
宍戸は力強く頷いた。
「必ずや、一人前の城代に育てます。」
氏治はさらに続けた。
「だが、お前はここへ留まるな。」
「はっ。」
「橋城完成後は、土浦と北浦を絶えず行き来せよ。」
宍戸はその意図をすぐに悟った。
「盾にございますな。」
「その通りだ。」
氏治は真剣な眼差しで言う。
「牛革の確保、加工、楯師への引き渡し、そして各城への配備。今はそれが坂東の最優先事項だ。佐竹では代替わりの噂もある。備えは一日たりとも止めてはならぬ。」
宍戸は深く一礼した。
「橋城は息子に任せ、私は土浦と北浦を巡り、楯の生産と配備を指揮いたします。」
氏治は満足そうに頷く。
夕日に照らされた橋城は、恋瀬川を守る要塞であると同時に、次の世代を育てる城となろうとしていた。
そして宍戸は、新たな城を築く者から、坂東全土の備えを支える奉行へと、その役目を広げていくのであった。




