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六甲に敵なし――虎衆、須磨へ

明智光秀は、来なかった。


シレトクは六甲山中の砦で待った。


虎衆も待った。


道を見張り、夜になれば斥候を下ろし、焚火の数まで数えた。


だが明智勢は、六甲へ踏み込もうとしなかった。


理由は、山を下りればすぐに分かった。


三木が死んでいた。


かつて軍勢が行き交い、人が暮らしていた場所は、度重なる戦で焼け野原となっている。


兵を進めることはできても、そこで大軍を養うことが難しい。


まして六甲山中には虎衆がいる。


土地を知らぬ兵を山へ入れれば、どこから襲われるか分からない。


明智はそれを嫌った。


無理に六甲へ踏み込むより、まず軍勢をまとめる。


そして確保された竹田城を利用する。


明智勢が竹田城方面へ兵をまとめつつある――。


その報告を受けたシレトクは、逆に動いた。


「ならば、こちらから行く」


虎衆が山を下りた。


大軍ではない。


夜陰と山道を使い、明智勢の後方へ食いつく。


突然矢を射かける。


荷駄を驚かせる。


斥候を追い散らす。


敵が追えば消える。


追撃を諦めれば、また別の場所に現れる。


明智を打ち破るためではなかった。


尻を叩くための戦だった。


六甲へ来るのか。


三木へ戻るのか。


それとも竹田へ入るのか。


態度を決めさせる。


虎衆が何度か仕掛けるうち、明智勢の動きははっきりした。


竹田城へ向かっている。


シレトクはさらに三木方面へ斥候を広げた。


村々を確認する。


街道を見る。


伏兵がいないか調べる。


そして自らも焼けた三木の一角まで出た。


敵はいなかった。


だが、味方が留まる理由もなかった。


焼けた家。


崩れた柵。


踏み荒らされた畑。


食えるものも、兵を休ませられる場所もほとんど残っていない。


シレトクは焼け跡をしばらく見渡した。


「ここを守っても仕方がない」


虎衆は六甲へ帰った。


これで三木方面から突然大軍が現れる危険は、ひとまず薄れた。


そして六甲の砦で、シレトクは兵を二つに分けた。


一方は六甲に残す。


山道を知る者。


斥候に長けた者。


夜でも山を歩ける者。


彼らには砦と間道を任せた。


明智が再び南へ動けば、戦う必要はない。


見つければよい。


数を数え、進路を見定め、狼煙と早足の伝令で須磨へ知らせる。


六甲は防壁ではなく、巨大な物見台になった。


残る者たち。


虎衆でも、とりわけ戦える者をシレトクは集めた。


「須磨へ行く」


山を下り始めた。


須磨では、ちょうどスリフォンが連れて帰った五千の整理が始まっていた。


五千といっても、そのまま五千を戦場へ出せるわけではない。


負傷者がいる。


疲労した者がいる。


武器のない者もいる。


所属もばらばらだった。


鷹衆二百余が必死になって隊を作り直している。


そこへ六甲から虎衆が下りてきた。


黒田は報告を聞いて、まず尋ねた。


「明智は?」


シレトクが答える。


「竹田へ向かっている」


「三木は」


「敵はいない」


そこで一度言葉を切った。


「何もない」


黒田には、その意味が分かった。


焼け野原を取り返したところで、そこに大軍を置けば自分たちが兵糧に苦しむだけである。


ならば六甲に最低限の兵を置き、主力を須磨へ集める。


黒田は地図の駒を動かした。


北東。


六甲には虎衆の監視部隊。


その向こうの三木は、事実上の空白地帯。


さらに北西では明智が竹田城方面へ集結している。


そして須磨。


ここだけは逆だった。


日に日に兵が増えている。


黒田・小寺勢。


赤井直正。


宇野・赤松旧臣。


須知の遊撃隊。


スリフォンが連れ帰った五千。


その骨格となる鷹衆二百余。


さらに今、六甲から虎衆の精鋭が加わった。


海を見れば、西国艦隊がいる。


家島には阿波辺岩蔵がいる。


黒田は地図を眺めながら、ようやく状況の変化に気づいた。


ほんの少し前まで、自分たちは西から須磨へ逃げていた。


ところが今は違う。


明智は六甲へ入らない。


三木は空白になった。


竹田城へ敵が集まっていく。


対して自分たちの精鋭は、逆に須磨へ集まり始めている。


戦線が縮んだことで、兵力が濃くなったのである。


黒田は須磨の一点を指で押さえた。


ここを抜かれれば兵庫津。


だが――。


ここを抜かせなければいい。


沖には西国艦隊の帆が並び、山からは虎衆が下りてくる。


その間では、スリフォンが五千の敗残兵をもう一度兵士へ戻そうとしていた。


須磨はもはや退却地点ではない。


西国から流れ込んだ兵と、六甲から下りてきた精鋭と、海から届く物資が一つに重なる場所になっていた。

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