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天正二年十月――播磨の血

次の知らせは、須磨に届いた瞬間から様子が違った。


馬が止まるより早く、伝令が叫んだ。


「西方、敗北!」


少弐が立ち上がった。


「赤松か、宇野か」


「双方にございます!」


赤井甚兵衛も地図の前へ寄る。


「何があった」


「野戦! 稲葉、仙石ら美濃衆と激突! 赤松・宇野方、討死多数!」


少弐の表情が固まった。


やはり、もう一度戦った。


一度崩された赤松・宇野勢は、兵をまとめ直して野戦を挑んだ。


今度は側面を取られぬよう場所を選び、兵を固めた。


そして――正面からぶつかった。


相手は美濃衆。


稲葉。


仙石。


羽柴の下で西国戦へ投入された者たちだった。


播磨勢も退かなかった。


最初は押し返した場所すらあったという。


だが戦が長引くほど差が出た。


隊伍を崩さず入れ替わる羽柴勢。


それに対して赤松・宇野方は、一度敗れて集め直したばかりの兵だった。


そして何より、将たちが前へ出すぎた。


「誰が死んだ」


少弐が聞いた。


伝令が名を挙げる。


一人。


二人。


三人。


まだ続く。


宇野方の将。


赤松方の将。


在地の国人。


名のある者も、少弐が直接会ったことのない者もいた。


少弐は途中で止めなかった。


全部聞いた。


甚兵衛も黙っていた。


最後に伝令が言った。


「なお確認中にございます」


つまり――増える。


少弐は座った。


「……意地を見せすぎたな」



---


しかし、今度は敗報だけではなかった。


間を置かず、別の伝令が入った。


「鷹衆、動いております!」


少弐が顔を上げる。


「スリフォンか」


「はい!」


姫路の西光寺に置いたスリフォンは、羽柴勢と正面から戦わなかった。


少弐の命令通りだった。


西を見る。


負けた者を拾う。


そして――


逃げ道を作る。


赤松・宇野勢が崩れたと見るや、鷹衆は街道へ出た。


敗走兵を止めるのではない。


走らせる。


ただし、ばらばらには走らせない。


「姫路へ!」


「こちらだ!」


「山へ入るな!」


「武器は捨てるな!」


鷹衆が道の分岐に立った。


逃げてきた兵を一方向へ流す。


負傷者は別にする。


歩ける者は歩かせる。


馬があれば重傷者へ回す。


追手が近ければ、小隊を残して牽制する。


そしてまた下がる。


敗走を――


撤退へ変えていた。



---


次の報告で、少弐はようやく息を吐いた。


「敗残兵、姫路方面へ入り始めております!」


「数は?」


「分かりませぬ。次々と!」


「羽柴の追撃は」


「あり! ですが鷹衆が道を変えながら誘導しております!」


甚兵衛が地図を見た。


「夏に歩いた道ですな」


少弐も気づいた。


八月。


まだ戦の始まる前。


少弐は黒田とスリフォンを連れ、須磨から姫路まで歩いた。


川を見た。


橋を見た。


脇道を見た。


村を見た。


どこで水が取れるか。


どこなら兵を休ませられるか。


どの道なら東へ抜けられるか。


あのとき教えた道を――


今、スリフォンが使っている。


少弐は小さく笑った。


「覚えてたか」


甚兵衛が言った。


「何をです?」


「道だよ」



---


だが、状況が良くなったわけではない。


西光寺には次々と人が運び込まれた。


赤松勢。


宇野勢。


傷兵。


馬を失った者。


具足を捨てた者。


主を失った兵。


血まみれのまま歩いてきた者。


そして、


「殿は?」


と尋ねても答えられない者。


スリフォンは寺の門前で、それらを分けた。


まだ戦える者。


傷ついた者。


家臣団ごと残っている者。


主人を失った者。


鷹衆だけでは足りない。


寺の者も、近隣の者も手を貸した。


夏に整えた井戸が使われた。


修繕した蔵から米が出された。


境内には負傷者が寝かされた。


戦のために借りた寺が、本当に戦の中継地になった。



---


夕方。


須磨に届いた報告を聞き終えると、少弐は長く黙った。


赤松。


宇野。


壊滅ではない。


だが将を多数失った。


もう以前と同じ軍ではない。


「これが最初か」


甚兵衛が尋ねる。


「何がです」


少弐は以前、自分で言った言葉を思い出していた。


――どこかが、もう戦えないという知らせを待つ。


「穴だ」


西が開いた。


完全ではない。


赤松も宇野もまだ兵は残っている。


だが、自力で羽柴の一軍を受け止め続けることは難しくなった。


その穴から、次の兵が入ってくる。


少弐はすぐ筆を取った。


スリフォンへ。


> よくやった。


追撃するな。


赤松・宇野の兵を姫路へ収容せよ。


戦える者も、すぐには戻すな。食わせ、休ませよ。


西光寺を保持できぬと判断した時点で、須磨方向へ退け。




そして最後に一行加えた。


> 寺を守るために死ぬな。




書状を渡す。


馬が須磨を飛び出していった。


少弐は地図へ戻った。


西の線を、大きく東へ下げる。


初めてだった。


この戦が始まってから、播磨側の戦線が目に見えるほど動いた。


赤松も宇野も意地を見せた。


野戦を挑んだ。


将たちは前へ出た。


そして多数が討ち取られた。


それでも軍そのものは消えなかった。


崩れた兵の前に、鷹衆が現れた。


道を示した。


姫路へ流した。


少弐はその線を指でなぞった。


敗北した。


だが――


敗北を壊滅にはさせなかった。


長い播磨攻めで、少弐たちが初めて手にした小さな成果だった。

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