白蓮寺の涙
少弐は大都を出た。
父親の墓を見つけたこと。
その墓の主を知るという老人に会ったこと。
そして老人が最後に残した言葉。
道中、少弐は何度も考えた。
だが結局、考えることをやめた。
あれが本当に父親だったのか。
なぜ死んだことになっているのか。
なぜ息子を拒絶したのか。
推測ならいくらでもできる。
しかし、それをスリフォンに聞かせるべきではないと思った。
少弐が戻ったのは、スリフォンを匿っていた白蓮寺だった。
白い蓮の咲く小さな池があり、土地の者からそう呼ばれている古寺である。
大都の巨大な寺院とは違う。
堂は小さく、境内には木陰が多い。
スリフォンが少年のころ文字を習った寺でもあった。
門をくぐると、スリフォンがいた。
少弐の姿を見て、すぐ立ち上がった。
「少弐殿」
「戻った」
スリフォンは少弐の顔を見た。
「……父は?」
少弐はすぐには答えなかった。
境内の端へ歩いた。
スリフォンもついてきた。
大きな木の下で、少弐は立ち止まった。
「ありのまま話す」
それだけ前置きした。
「大都へ入り、紹介された大寺に泊まった」
スリフォンは黙って聞いている。
「そこで墓を見つけた」
スリフォンの表情が止まった。
少弐は父親の名を告げた。
墓標に、その名が刻まれていたこと。
寺の者に尋ねると、その人物を知っている老人がいると言われたこと。
翌朝、その老人が現れたこと。
「老人は名を名乗らなかった」
少弐は続ける。
「寺を案内してくれた。戦の前のことにも詳しかった」
スリフォンは何も言わない。
「それから墓へ行った」
少弐は一言ずつ、覚えている通りに話した。
「俺は老人に、この墓の男を探していたと言った。そして、知っているのなら一緒に拝んでほしいと頼んだ」
スリフォンの指がわずかに動いた。
「すると老人は聞いた」
――この一族を知る者か。
「俺は答えなかった」
スリフォンは少弐を見る。
少弐はそれ以上説明しない。
ただ事実を続けた。
「老人は、もうここへ来るなと言った」
スリフォンが俯いた。
「大都にも近づくな。この墓を探すな。この男について尋ねるな、と」
そして。
少弐は老人が口にした言葉を、そのまま伝えた。
「もし一族の者を知っているなら、その者にも伝えろ」
少弐はそこで一度言葉を切った。
「――父がそう言っている、と」
スリフォンが動かなくなった。
「……父が」
小さな声だった。
「そう言っている……」
スリフォンはその一節だけを繰り返した。
少弐は何も足さなかった。
あの老人が父親だったのではないか。
そう思ったことも言わない。
墓が偽物なのではないかとも言わない。
ただ、老人の言ったことだけを伝えた。
スリフォンは考えていた。
長い間。
やがて何かに気づいたように、ほんの少し顔を上げた。
しかし、何も言わなかった。
また俯いた。
肩が小さく震えた。
少弐は声をかけなかった。
スリフォンの目から涙が落ちた。
一滴。
乾いた土へ落ちる。
もう一滴。
スリフォンは声を上げなかった。
顔を覆うこともしなかった。
ただ俯いたまま、静かに泣いた。
七年前、父に言われて南へ逃げた少年。
パタニへ行き、さらに海を渡り、知らない土地を転々とし、日本にまで流れ着いた男。
ようやく故郷へ帰った。
父を探した。
見つからなかった。
そして大都へ行った異国人が持ち帰ったのは、父の墓と、
「もう来るな」
という言葉だった。
スリフォンの涙が、白蓮寺の土を濡らした。
少弐は隣に立ったまま、何も言わなかった。
慰めることもしなかった。
推測を話すこともしなかった。
ただ、そこにいた。
やがて風が吹いた。
池の白蓮が小さく揺れた。
それでもスリフォンは、まだ顔を上げなかった。




