臨時評定の続き、坂東海運開拓史
北浦で温泉が発見されたことで、水牛の越冬計画は大きく前進した。
温泉を利用した越冬地の整備、水牛街道の建設、韓牛との改良計画――。
次々と方針が定まり、評定もようやく一区切りついた。
氏治は満足そうに周囲を見渡したが、ふと何かを思い出したように眉を上げた。
「……そういえば、鹿島。」
突然名を呼ばれた鹿島政道は姿勢を正す。
「はっ。」
「海の方はどうなっている。」
その一言で評定の空気が変わった。
氏治は苦笑しながら続ける。
「水牛ばかり気にしていたが、お前に丸投げしていた海の仕事を聞いておらなんだ。」
鹿島も思わず笑みを浮かべる。
「殿もお忘れでしたか。」
「忘れていた。」
氏治はあっさり認め、家臣たちから笑いが漏れた。
「申せ。今や坂東は海も国の半身だ。」
鹿島は海図を広げた。
「承知いたしました。」
「まず船団でございます。」
海図には大小さまざまな船が描かれていた。
「遠洋航海の主力は、坂東で建造した坂東ガレオン、そして南方との交易で買い付けたマニラガレオンでございます。」
「この二種を船団の基本軸としております。」
「大型船は交易だけでなく護衛も兼ね、定期的に南洋との航路を往復しております。」
氏治は静かに頷く。
「よい。海もようやく骨格ができてきたな。」
鹿島はさらに続けた。
「一方、河川輸送につきましては、曳舟の運営を民間へ下ろしました。」
宍戸が目を丸くする。
「鹿島衆ではなくか。」
「はい。」
鹿島は答えた。
「商人や船頭に営ませ、公社や商人が利用料を払う形へ改めました。その方が人も船も増え、河川交通も自然と発展いたします。」
「鹿島衆は海へ専念いたします。」
氏治も笑う。
「官が抱え込むより、民が稼いだ方が坂東は豊かになる。」
「まさしく、その考えにございます。」
鹿島は小さな船を描いた図を示した。
「さらに外洋用の小型船も整備しております。」
「南方の高速艇を参考に改良したもので、探検、測量、航路調査、急使や伝令に用いております。」
「大船が海を渡るなら、小船は海を駆ける目と耳でございます。」
家臣たちは感心したように頷いた。
鹿島は最後に一枚の組織図を広げる。
「そして鹿島衆も役目ごとに三つへ分けました。」
「見聞方。」
「海外情勢、航路、地図、風や潮流の調査を担います。」
「商販方。」
「交易、市場開拓、積荷や契約を担当いたします。」
「こちらには堺や博多から招いた腕利きの商人たちを召し抱え、実務を任せております。商いは商人に任せるのが最も効率的でございます。」
氏治は満足げに頷いた。
「うむ。それでよい。」
鹿島は最後の項目を指した。
「そして交渉方でございます。」
真壁が尋ねる。
「交渉方とは。」
鹿島は少し考えてから、穏やかに微笑んだ。
「競合する商人や、将来利害がぶつかるかもしれない者たちと、争いになる前に穏便に話し合い、互いに納得できる道を探す者たちでございます。」
宇都宮が「ほう」と頷く。
「戦を未然に防ぐ役目か。」
「そのようなものでございます。」
鹿島は曖昧に笑った。
「話し合いで済むなら、それに越したことはございません。」
その含みのある言い方に、評定の間には小さな笑いが広がった。
氏治も肩を揺らして笑う。
「なるほど。海の方も、なかなか頼もしい組織になったようだ。」
こうして、水牛による陸の発展に続き、坂東の海もまた、船団・航路・交易・外交を備えた一つの大きな力として着実に成長を遂げていた。




