春の臨時坂東評定
春の訪れとともに、小田氏治は坂東諸将へ臨時評定の招集を命じた。
「今回の議題は一つ。」
「水牛である。」
評定の間には宇都宮尚綱、大掾、宍戸政繁、笠間幹久、笠間幹永、鹿島政道、陳猛哲らが顔を揃える。
氏治は開口一番、静かに言った。
「優先事項である水牛について、大きな進展があった。」
一同が身を乗り出す。
氏治は幹永へ目を向けた。
「幹永、皆へ話してくれ。」
幹永は一礼し、北浦での出来事を語り始めた。
新年の評定を終えて北浦へ戻ったこと。
笠間家へ婿入りし、正室の娘・綾乃と北浦を視察していたこと。
その途中、一頭の象が珍しく大きな鳴き声を上げ、自分たちを呼ぶように先導したこと。
象の後を追うと、湖畔の一角だけが大きく掘り返されており、鼻でさらに土を掘り返していたこと。
そして、その掘れた地面から白い湯気が立ち上っていたこと。
「恐る恐る手をかざすと、冬にもかかわらず熱い湯が湧いておりました。」
評定の間がざわめく。
「北浦に温泉か……。」
宍戸が思わず呟いた。
幹永は続ける。
「その日のうちに兄・幹久へ早馬を送りました。」
数日後には坂東農業公社の役人、獣医師団、石工、大工が北浦へ集まり、さらにシャムやルソンから渡来し、今では坂東に根付いた元傭兵たちも工事へ加わった。
湧き口は石積みで固められ、木樋で湯が引かれ、人用と家畜用の湯場を分ける工事が始まる。
調査の結果、草津や箱根ほどではないものの、平地としては豊富な湯量が確認された。
氏治も興味深そうに頷く。
「それで、水牛はどうなった。」
幹永は一冊の帳面を差し出した。
「坂東農業公社では、厳重管理した五頭の水牛で越冬試験を行いました。」
獣医師団が続ける。
「防風林が北風を防ぎ、栗や琉球芋など滋養に富む餌を十分に与えました。」
「さらに、オンドルを応用した牛舎、堆肥の発酵熱、温泉による湯浴み、そして寒さに強い坂東肉牛との混合飼育を行いました。」
幹永は静かに言った。
「その結果、五頭すべてが越冬に成功しました。」
評定の間がどよめく。
「しかも、冬の間は運動を控えさせたにもかかわらず、よく肥える餌を与え続けたことで、春先には越冬前より肉付きが良くなっております。」
宇都宮尚綱が豪快に笑った。
「冬を越えただけではなく、肥えたのか!」
幹永も力強く頷く。
「はい。」
「温泉だけではありません。防風林、飼料、牛舎、獣医学、そのすべてが噛み合って初めて得られた成果です。」
氏治は静かに立ち上がった。
「つまり。」
「坂東は、水牛を育てる基礎を手に入れた。」
評定の間が静まり返る。
氏治は鹿島政道へ向き直る。
「鹿島殿。」
「北浦がこれだけ受け入れられるなら、もう頭数が足りぬ。」
「坂東ガレオン船団を用い、シャム、ルソン、その他南方より良質な水牛を買い付けよ。」
鹿島は深く頭を下げた。
「承知いたしました。」
こうして北浦家畜温泉の発見は、単なる温泉の発見では終わらなかった。
それは坂東が本格的に水牛を増やし、湿地開墾と畜産を飛躍させる、新たな時代の幕開けとなったのである。




