七年前と五年前
大都へ入ってから、少弐は妙なことに気づいた。
寺から付けてもらった案内人に従い、戦火を免れた寺、焼けて建て直された僧房、かつて役人たちが出入りしていた一角を順に見て回っていたときだった。
少弐は焼け跡の残る古い壁を見ながら尋ねた。
「これは、いつの戦だ」
案内人が答える。
通訳がそれを伝えた。
「仏暦二千百十二年――こちらの数えなら、六年ほど前。西洋の暦では一五六九年だそうです」
少弐の足が止まった。
「一五六九年?」
「はい」
少弐は帳面を取り出した。
そこにはスリフォンから聞いた話が書かれている。
――七年前。
父から突然、南へ逃げろと言われた。
パタニへ逃れ、そこから港を転々とし、ついには日本まで流れてきた。
少弐はてっきり、そのとき大都が落ちたのだと思っていた。
「待て」
少弐は案内人を見る。
「大都が落ちたのは、七年前ではないのか」
案内人は首を横に振った。
違うという。
少弐はさらに聞いた。
「では七年前、大都では何が起きていた」
今度は案内人が少し考えた。
戦争そのものは続いていた。
ビルマの脅威も以前からあった。
王都では兵や物資が動き、諸侯や官人の間にも不安が広がっていた。
だが――
大都そのものは、まだ落ちていなかった。
少弐は黙った。
そして、ようやく気づいた。
スリフォンは一度も、
「大都が落ちたので逃げた」
とは言っていない。
七年前に父から逃がされた。
その後、大都が落ちた。
少弐が二つを勝手に一つの出来事として聞いていたのだ。
「……そういうことか」
少弐は小さく呟いた。
案内人が怪訝そうに見る。
少弐はさらに尋ねた。
「大都が落ちるより前に、家族を国外へ逃がした官人は多かったのか」
その質問には、すぐ答えが返ってこなかった。
案内人は少弐を見た。
それから周囲を確認して、声を低くした。
多くはなかったという。
少なくとも二年近く前から、息子だけを遠く南方へ逃がすほどの者となれば――
「何かを知っていた者でしょう、と」
少弐は帳面を閉じた。
そこだった。
スリフォンの父は、敗戦してから息子を逃がしたのではない。
敗れる前に逃がしている。
しかも一年や数か月ではない。
かなり早い。
少弐は先ほどまでとは違った目で大都を眺めた。
焼けた寺。
建て直された家。
新しい役人。
昔から残る商人。
そして王宮。
ここには、スリフォンが知らない時間がある。
彼が南へ逃れたあとも、大都では人々が暮らし、争い、備え、裏切り、戦い――そして五年ほど前、ついに都が落ちた。
スリフォンにとって故郷の時間は七年前で止まっている。
だが大都の時間は、そのあとも二年近く続いていたのだ。
少弐は案内人へ向き直った。
「頼みがある」
「なんでしょう」
「一五六九年のことを調べたいのではない」
少弐は指を二本立てた。
「その二年前だ」
案内人の表情が変わった。
「大都がまだ落ちていなかったころ、戦況や外国との交渉、物資の出入りを扱っていた役人について知りたい」
そして懐から、スリフォンの父の名を書いた紙を取り出した。
「この者が、なぜ都が落ちる前から息子を逃がしたのか」
案内人は紙を受け取った。
その名を見る。
少弐は続けた。
「父親がどこにいるかだけを探していたが、順序が逆だったらしい」
まず知らなければならない。
父親は何から息子を逃がしたのか。
ビルマ軍からなのか。
大都の政争からなのか。
それとも――
まだスリフォン自身さえ知らない何かからなのか。
少弐は王宮の方角を見た。
七年前。
大都はまだ落ちていなかった。
だからこそ、その七年前にスリフォンを逃がした父の判断には、意味がある。
少弐の人探しは、そこで初めて過去を遡り始めた。




