表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
947/1021

大都へ入る異国人

それから何日かが過ぎた。

スリフォンは父の行方を追った。

昔住んでいた家の近くへ行き、父を知っていた商人を訪ね、寺から寺へと回った。少弐も付き合い、せっかく来たのだからと寺の縁起や戦の話を聞きながら、父について尋ねた。

だが、手掛かりは途切れていた。

「戦のあと北へ行ったらしい」

という者がいる。

「いや、寺に入った」

という者もいる。

「ビルマへ連れていかれたのではないか」

という話まであった。

生きているらしい。

しかし、それ以上が分からない。

刻々と日が過ぎた。

少弐は焦るというより、次第に奇妙に思い始めた。

これほど多くの者が知っていた官人が、まるで地面へ潜ったように消えている。

ある夕方、寺の縁側で少弐は地図を広げていた。

アユタヤの川筋と、これまで訪れた寺に印がついている。

少弐は地図を指で叩いた。

「スリフォン殿」

「はい」

「大都ならば、何か分かるのではないか」

スリフォンの顔が強張った。

少弐はそれを見逃さなかった。

「……近づけません」

「なぜだ」

「私は、近づけません」

同じ言葉だった。

少弐は少し考えた。

「おぬしが、か」

「はい」

スリフォンは大都の方向を見る。

アユタヤ。

シャムの人々がクルン――大いなる都と呼ぶ王都である。

1569年に一度陥落したとはいえ、すでに王都として息を吹き返しつつある。

そして、そこには王宮があり、役所がある。

かつてスリフォンの父が仕えた世界そのものがあった。

「私の家を知る者がいます」

スリフォンは言った。

「父を嫌っていた者も。父を裏切った者も。逆に父と親しかったために疑われた者もいるでしょう」

「おぬしが戻ったと知られれば」

「誰が何をするか分かりません」

少弐は腕を組んだ。

それなら無理に連れていくことはない。

しかし――。

「では俺が行こう」

「……はい?」

スリフォンが顔を上げた。

「俺ならば、おぬしの家とは何の関係もない」

「少弐殿」

「日本から来た旅人だ。寺を見て、珍しいものを集め、役人に妙なことを尋ねて回っている」

「それが十分怪しいのです」

「そうか?」

「そうです」

スリフォンは即答した。

少弐は少し不満そうだった。

翌朝、老僧に相談した。

老僧はしばらく考えた末、一人の男を呼んだ。

四十ほどの、痩せたシャム人だった。

寺の用向きで大都と周辺の寺院を行き来し、商人や役人とも多少の付き合いがあるという。

少弐は男を見る。

「この者が案内してくれるのか」

老僧が頷いた。

スリフォンが通訳する。

「寺からの客人としてなら、妙な場所へ入り込まない限り問題ないだろう、と」

「ありがたい」

少弐は合掌した。

そして腰の袋から、小さな包みを出した。

ジャワから持ってきた香である。

老僧へ差し出す。

「世話になった礼だ。仏前にでも使ってくれ」

老僧は香を嗅ぎ、少し驚いた顔をしてから受け取った。

出発するとき、スリフォンは門まで来た。

「少弐殿」

「なんだ」

「父のことだけを調べてください」

「分かっておる」

「王宮を見たいとか、役人にこの国の軍勢は何人いるとか、象は何頭いるとか聞かないでください」

「……」

「少弐殿」

「善処する」

「それは信用できません」

イネスが横で笑った。

少弐は杖を持ち直し、寺から用意された案内人とともに大都へ向かった。

川を進むにつれて景色が変わった。

舟が増える。

米を積んだ舟。

果物を積んだ小舟。

僧を乗せた舟。

外国人らしい者を乗せた大きな船。

水路の両側には家々が並び、その向こうから仏塔がいくつも突き出している。

そして遠くに、さらに大きな建物の屋根が見えた。

少弐は思わず身を乗り出した。

案内人が何か言う。

「なんと?」

通訳を介して答えが返ってきた。

「あれより先が大都です、と」

少弐は黙った。

一度、ビルマ軍によって落とされた都。

だが焼け跡だけではなかった。

人がいる。

舟が行き交う。

市場が立っている。

寺では鐘が鳴っている。

壊されたものの隣に、新しいものが建っている。

少弐は懐から帳面を出した。

そして最初の一行を書いた。

『大都は、滅びた都にあらず。滅びたことのある都なり』

案内人が怪訝そうに見た。

少弐は帳面を閉じる。

「まず寺を見たい」

案内人がほっとした顔をした。

しかし少弐は続けた。

「そのあと、古い役人の記録が残る場所を知りたい」

案内人の顔が再び曇った。

「七年前、都が落ちたころのものだ」

少弐は懐から一枚の紙を取り出した。

そこにはスリフォンから聞いた父の名と、かつての役目が書かれている。

「この男が、戦のあとどこへ行ったのか知りたい」

案内人はその名を読んだ。

そして、足を止めた。

もう一度、紙を見る。

少弐を見る。

周囲を確かめるように視線を動かしたあと、低い声で何かを言った。

「なんと言った?」

通訳が答える。

「……この名を、大きな声で言ってはいけないそうです」

少弐の表情が変わった。

「知っているのか」

案内人は首を横に振った。

知らない。

だが――

この名を探している者が、少弐より先にいた。

それだけは知っていた。

少弐は紙を折り畳んだ。

父親が見つからないのではない。

誰かが、その行方を追っている。

だからこそ、寺も、昔の知人も、詳しいことを語らなかったのではないか。

少弐は振り返った。

遠くに王宮の屋根が見える。

スリフォンが近づくことさえ恐れた大都。

その中心に近づいて初めて、少弐は理解し始めた。

これは単なる人探しではない。

七年前に終わったはずの戦が、まだ終わっていないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ