大都へ入る異国人
それから何日かが過ぎた。
スリフォンは父の行方を追った。
昔住んでいた家の近くへ行き、父を知っていた商人を訪ね、寺から寺へと回った。少弐も付き合い、せっかく来たのだからと寺の縁起や戦の話を聞きながら、父について尋ねた。
だが、手掛かりは途切れていた。
「戦のあと北へ行ったらしい」
という者がいる。
「いや、寺に入った」
という者もいる。
「ビルマへ連れていかれたのではないか」
という話まであった。
生きているらしい。
しかし、それ以上が分からない。
刻々と日が過ぎた。
少弐は焦るというより、次第に奇妙に思い始めた。
これほど多くの者が知っていた官人が、まるで地面へ潜ったように消えている。
ある夕方、寺の縁側で少弐は地図を広げていた。
アユタヤの川筋と、これまで訪れた寺に印がついている。
少弐は地図を指で叩いた。
「スリフォン殿」
「はい」
「大都ならば、何か分かるのではないか」
スリフォンの顔が強張った。
少弐はそれを見逃さなかった。
「……近づけません」
「なぜだ」
「私は、近づけません」
同じ言葉だった。
少弐は少し考えた。
「おぬしが、か」
「はい」
スリフォンは大都の方向を見る。
アユタヤ。
シャムの人々がクルン――大いなる都と呼ぶ王都である。
1569年に一度陥落したとはいえ、すでに王都として息を吹き返しつつある。
そして、そこには王宮があり、役所がある。
かつてスリフォンの父が仕えた世界そのものがあった。
「私の家を知る者がいます」
スリフォンは言った。
「父を嫌っていた者も。父を裏切った者も。逆に父と親しかったために疑われた者もいるでしょう」
「おぬしが戻ったと知られれば」
「誰が何をするか分かりません」
少弐は腕を組んだ。
それなら無理に連れていくことはない。
しかし――。
「では俺が行こう」
「……はい?」
スリフォンが顔を上げた。
「俺ならば、おぬしの家とは何の関係もない」
「少弐殿」
「日本から来た旅人だ。寺を見て、珍しいものを集め、役人に妙なことを尋ねて回っている」
「それが十分怪しいのです」
「そうか?」
「そうです」
スリフォンは即答した。
少弐は少し不満そうだった。
翌朝、老僧に相談した。
老僧はしばらく考えた末、一人の男を呼んだ。
四十ほどの、痩せたシャム人だった。
寺の用向きで大都と周辺の寺院を行き来し、商人や役人とも多少の付き合いがあるという。
少弐は男を見る。
「この者が案内してくれるのか」
老僧が頷いた。
スリフォンが通訳する。
「寺からの客人としてなら、妙な場所へ入り込まない限り問題ないだろう、と」
「ありがたい」
少弐は合掌した。
そして腰の袋から、小さな包みを出した。
ジャワから持ってきた香である。
老僧へ差し出す。
「世話になった礼だ。仏前にでも使ってくれ」
老僧は香を嗅ぎ、少し驚いた顔をしてから受け取った。
出発するとき、スリフォンは門まで来た。
「少弐殿」
「なんだ」
「父のことだけを調べてください」
「分かっておる」
「王宮を見たいとか、役人にこの国の軍勢は何人いるとか、象は何頭いるとか聞かないでください」
「……」
「少弐殿」
「善処する」
「それは信用できません」
イネスが横で笑った。
少弐は杖を持ち直し、寺から用意された案内人とともに大都へ向かった。
川を進むにつれて景色が変わった。
舟が増える。
米を積んだ舟。
果物を積んだ小舟。
僧を乗せた舟。
外国人らしい者を乗せた大きな船。
水路の両側には家々が並び、その向こうから仏塔がいくつも突き出している。
そして遠くに、さらに大きな建物の屋根が見えた。
少弐は思わず身を乗り出した。
案内人が何か言う。
「なんと?」
通訳を介して答えが返ってきた。
「あれより先が大都です、と」
少弐は黙った。
一度、ビルマ軍によって落とされた都。
だが焼け跡だけではなかった。
人がいる。
舟が行き交う。
市場が立っている。
寺では鐘が鳴っている。
壊されたものの隣に、新しいものが建っている。
少弐は懐から帳面を出した。
そして最初の一行を書いた。
『大都は、滅びた都にあらず。滅びたことのある都なり』
案内人が怪訝そうに見た。
少弐は帳面を閉じる。
「まず寺を見たい」
案内人がほっとした顔をした。
しかし少弐は続けた。
「そのあと、古い役人の記録が残る場所を知りたい」
案内人の顔が再び曇った。
「七年前、都が落ちたころのものだ」
少弐は懐から一枚の紙を取り出した。
そこにはスリフォンから聞いた父の名と、かつての役目が書かれている。
「この男が、戦のあとどこへ行ったのか知りたい」
案内人はその名を読んだ。
そして、足を止めた。
もう一度、紙を見る。
少弐を見る。
周囲を確かめるように視線を動かしたあと、低い声で何かを言った。
「なんと言った?」
通訳が答える。
「……この名を、大きな声で言ってはいけないそうです」
少弐の表情が変わった。
「知っているのか」
案内人は首を横に振った。
知らない。
だが――
この名を探している者が、少弐より先にいた。
それだけは知っていた。
少弐は紙を折り畳んだ。
父親が見つからないのではない。
誰かが、その行方を追っている。
だからこそ、寺も、昔の知人も、詳しいことを語らなかったのではないか。
少弐は振り返った。
遠くに王宮の屋根が見える。
スリフォンが近づくことさえ恐れた大都。
その中心に近づいて初めて、少弐は理解し始めた。
これは単なる人探しではない。
七年前に終わったはずの戦が、まだ終わっていないのだ。




