表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
940/1021

力ずくで見つけた仏の山

爪哇へ入ってから、少弐冬明の不安はむしろ大きくなっていた。


港へ入る。


人に会う。


市場を歩く。


船乗りと話す。


どこへ行っても目につくのは回回教の者たちだった。


礼拝する商人がいる。


回回教の作法で暮らす集落がある。


海を渡ってきた商人だけではない。この土地に生まれ、この土地で暮らしている者たちの間にも、すでに回回教は深く根を張っている。


少弐は港を歩きながら首を傾げた。


「……本当にここなのか?」


今井宗及から聞いた話。


南海のどこかに、かつて仏法が盛んだった場所がある。


先遣隊からは、それらしい場所が爪哇の内陸にあるとの報告を受けている。


しかし、自分の目で見る爪哇はどうだ。


「仏がいないではないか」


少弐が呟いた。


正確には、古いものを探せば仏教やそれ以前の信仰の痕跡はある。


だが少弐が想像していたような、奈良や京のように寺院と僧侶が並ぶ土地ではない。


これならブルネイで言われた通り、最初からシャムへ向かった方がよかったのではないか。


そんな疑念さえ浮かび始めていた。


その少弐を待っていたのが、先遣隊の現地指揮を任されていた男だった。


「少弐殿」


「おお、スリフォン殿」


兵学館から派遣されていたプラヤー・スリフォンである。


坂東では軍事顧問を務め、シャム衆を屯田兵としてまとめてきた男だ。


少弐はてっきり、もっと南方らしい衣服で現れるかと思っていた。


しかし長期間現地にいたせいか、すっかり爪哇で動きやすい格好になっている。


そして何より――。


日に焼けていた。


「苦労をかけたな」


「まったくです」


即答された。


少弐は笑った。


「見つかったのか」


スリフォンは少しだけ口元を緩めた。


「見つけました」


少弐の表情が変わった。


「本当に?」


「はい」


「仏寺か」


「それは、ご自身でお確かめください」


「なんだ、それは」


「私にも、あれが何なのか説明できません」


その答えで、少弐は余計に行きたくなった。


---


翌日。


少弐たちは内陸へ向かった。


その道中、少弐はスリフォンに尋ねた。


「どうやって見つけた?」


「最初は普通に探しました」


「普通に?」


「聞き込みです」


昔、大きな寺があった場所。


石の仏があるところ。


古い王が栄えたところ。


山の中に巨大な石造物があるという話。


だが、話はばらばらだった。


ある者は東と言う。


ある者は西と言う。


そんなものは知らないと言う者もいる。


祖父から聞いたと言う者。


森の奥に仏がいると言う者。


呪われた場所だと言う者。


昔の王の墓だと言う者。


「それでは見つからんだろう」


「ええ。ですから途中でやり方を変えました」


スリフォンは平然と言った。


「まず、人が住んでいる場所を捨てました」


少弐が振り返った。


「捨てた?」


「今も大勢が暮らしている場所なら、とっくに知られております」


「なるほど」


「しかも探しているのは、昔栄えていたという場所です」


スリフォンは地形を指した。


「ならば、昔は人が集まれた。しかし今は人が少ない。その条件を満たす場所を探せばよい」


「それで?」


「古い伝承を集めました」


昔、王がいた。


大勢の人がいた。


石を運んだ。


寺があった。


仏がいた。


しかし今は森や畑になっている。


そういう話だけを拾った。


少弐は感心した。


「兵学館らしい探し方だな」


「ここまでは、です」


「ここまでは?」


スリフォンは少し遠くを見た。


「最後は力技です」


「…………何をした」


「人を雇いました」


「何人だ」


スリフォンは答えなかった。


少弐は嫌な予感がした。


「スリフォン殿?」


「たくさんです」


「たくさんとは」


「とにかく、たくさんです」


現地の農民。


猟師。


木こり。


山を知る者。


川を知る者。


古道を知る老人。


仕事を求めていた若者。


さらに食事を作る者。


道具を運ぶ者。


情報を整理する者。


それらを金で雇った。


候補地をいくつもの区画に分ける。


そして、


歩かせた。


ひたすら歩かせた。


石があれば報告。


加工された石なら詳しく記録。


仏像らしきものがあれば人を呼ぶ。


石段。


石壁。


古道。


人工的な盛土。


何でもよい。


見つけた者には追加の銭を出す。


「……それは調査なのか?」


「調査です」


「軍事行動ではなく?」


「敵がおりませんので」


少弐は頭を抱えた。


だが、兵学館の人間に「未知の巨大遺構を探せ」「金は使ってよい」「数か月ある」と命じた自分にも責任がある。


「それで?」


「一人が妙な石を見つけました」


そこからだった。


石が一つ。


さらに一つ。


土と草に覆われた場所から、加工された石が出る。


人を増やす。


周囲を調べる。


すると石が続いている。


「壁だと思いました」


スリフォンは言った。


「違ったのか」


「階段でした」


少弐が黙った。


「掘り出していくと、その横から顔が出ました」


「人骨か?」


「石の顔です」


スリフォンは少弐を見る。


「仏でした」


---


さらに進んだ。


森が深くなる。


湿気がまとわりつく。


道は先遣隊によってある程度切り開かれていた。


やがて先頭を歩いていた者が止まった。


スリフォンも立ち止まる。


「少弐殿」


「うん?」


「ここからです」


木々の向こうに、黒いものが見えた。


最初、少弐には岩山に見えた。


だが違う。


直線がある。


段がある。


人間が造った形だ。


近づく。


さらに形が現れる。


石。


石。


石。


どこまで行っても石だった。


そして、その間から――。


仏の顔がこちらを見ていた。


少弐は立ち止まった。


言葉が出なかった。


奈良でも仏を見た。


京でも見た。


朝鮮でも仏教寺院を見た。


だが、これは違う。


寺というより、


山そのものを仏法の形に造り替えたように見えた。


「……これを」


少弐はようやく口を開いた。


「見つけたのか」


「はい」


「人海戦術で?」


「はい」


スリフォンは胸を張った。


「力ずくで」


少弐はしばらく巨大な石造物を見上げた。


そして笑い始めた。


「宗及殿に、なんと説明すればよいのだ」


「見つけました、と」


「それだけか」


「探し方まで聞かれたら、人をたくさん雇いました、と」


少弐はまた笑った。


しかし、すぐに笑いは止まった。


目の前には無数の仏がいる。


なのに――。


読経が聞こえない。


鐘も鳴らない。


僧侶もいない。


参詣人もいない。


あるのは森の音だけだった。


少弐はゆっくりと石段へ近づいた。


「これほどのものを造った者たちは……」


石の仏を見上げる。


「どこへ行った?」


誰も答えられなかった。


港では回回教の人々が暮らしていた。


ここには、かつての仏たちだけが残っている。


少弐は懐から帳面を取り出した。


「スリフォン殿」


「はい」


「帰るのは、少し先になりそうだ」


スリフォンは深いため息をついた。


「そう仰ると思っておりました」


こうして少弐冬明のボロブドゥール調査が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ