力ずくで見つけた仏の山
爪哇へ入ってから、少弐冬明の不安はむしろ大きくなっていた。
港へ入る。
人に会う。
市場を歩く。
船乗りと話す。
どこへ行っても目につくのは回回教の者たちだった。
礼拝する商人がいる。
回回教の作法で暮らす集落がある。
海を渡ってきた商人だけではない。この土地に生まれ、この土地で暮らしている者たちの間にも、すでに回回教は深く根を張っている。
少弐は港を歩きながら首を傾げた。
「……本当にここなのか?」
今井宗及から聞いた話。
南海のどこかに、かつて仏法が盛んだった場所がある。
先遣隊からは、それらしい場所が爪哇の内陸にあるとの報告を受けている。
しかし、自分の目で見る爪哇はどうだ。
「仏がいないではないか」
少弐が呟いた。
正確には、古いものを探せば仏教やそれ以前の信仰の痕跡はある。
だが少弐が想像していたような、奈良や京のように寺院と僧侶が並ぶ土地ではない。
これならブルネイで言われた通り、最初からシャムへ向かった方がよかったのではないか。
そんな疑念さえ浮かび始めていた。
その少弐を待っていたのが、先遣隊の現地指揮を任されていた男だった。
「少弐殿」
「おお、スリフォン殿」
兵学館から派遣されていたプラヤー・スリフォンである。
坂東では軍事顧問を務め、シャム衆を屯田兵としてまとめてきた男だ。
少弐はてっきり、もっと南方らしい衣服で現れるかと思っていた。
しかし長期間現地にいたせいか、すっかり爪哇で動きやすい格好になっている。
そして何より――。
日に焼けていた。
「苦労をかけたな」
「まったくです」
即答された。
少弐は笑った。
「見つかったのか」
スリフォンは少しだけ口元を緩めた。
「見つけました」
少弐の表情が変わった。
「本当に?」
「はい」
「仏寺か」
「それは、ご自身でお確かめください」
「なんだ、それは」
「私にも、あれが何なのか説明できません」
その答えで、少弐は余計に行きたくなった。
---
翌日。
少弐たちは内陸へ向かった。
その道中、少弐はスリフォンに尋ねた。
「どうやって見つけた?」
「最初は普通に探しました」
「普通に?」
「聞き込みです」
昔、大きな寺があった場所。
石の仏があるところ。
古い王が栄えたところ。
山の中に巨大な石造物があるという話。
だが、話はばらばらだった。
ある者は東と言う。
ある者は西と言う。
そんなものは知らないと言う者もいる。
祖父から聞いたと言う者。
森の奥に仏がいると言う者。
呪われた場所だと言う者。
昔の王の墓だと言う者。
「それでは見つからんだろう」
「ええ。ですから途中でやり方を変えました」
スリフォンは平然と言った。
「まず、人が住んでいる場所を捨てました」
少弐が振り返った。
「捨てた?」
「今も大勢が暮らしている場所なら、とっくに知られております」
「なるほど」
「しかも探しているのは、昔栄えていたという場所です」
スリフォンは地形を指した。
「ならば、昔は人が集まれた。しかし今は人が少ない。その条件を満たす場所を探せばよい」
「それで?」
「古い伝承を集めました」
昔、王がいた。
大勢の人がいた。
石を運んだ。
寺があった。
仏がいた。
しかし今は森や畑になっている。
そういう話だけを拾った。
少弐は感心した。
「兵学館らしい探し方だな」
「ここまでは、です」
「ここまでは?」
スリフォンは少し遠くを見た。
「最後は力技です」
「…………何をした」
「人を雇いました」
「何人だ」
スリフォンは答えなかった。
少弐は嫌な予感がした。
「スリフォン殿?」
「たくさんです」
「たくさんとは」
「とにかく、たくさんです」
現地の農民。
猟師。
木こり。
山を知る者。
川を知る者。
古道を知る老人。
仕事を求めていた若者。
さらに食事を作る者。
道具を運ぶ者。
情報を整理する者。
それらを金で雇った。
候補地をいくつもの区画に分ける。
そして、
歩かせた。
ひたすら歩かせた。
石があれば報告。
加工された石なら詳しく記録。
仏像らしきものがあれば人を呼ぶ。
石段。
石壁。
古道。
人工的な盛土。
何でもよい。
見つけた者には追加の銭を出す。
「……それは調査なのか?」
「調査です」
「軍事行動ではなく?」
「敵がおりませんので」
少弐は頭を抱えた。
だが、兵学館の人間に「未知の巨大遺構を探せ」「金は使ってよい」「数か月ある」と命じた自分にも責任がある。
「それで?」
「一人が妙な石を見つけました」
そこからだった。
石が一つ。
さらに一つ。
土と草に覆われた場所から、加工された石が出る。
人を増やす。
周囲を調べる。
すると石が続いている。
「壁だと思いました」
スリフォンは言った。
「違ったのか」
「階段でした」
少弐が黙った。
「掘り出していくと、その横から顔が出ました」
「人骨か?」
「石の顔です」
スリフォンは少弐を見る。
「仏でした」
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さらに進んだ。
森が深くなる。
湿気がまとわりつく。
道は先遣隊によってある程度切り開かれていた。
やがて先頭を歩いていた者が止まった。
スリフォンも立ち止まる。
「少弐殿」
「うん?」
「ここからです」
木々の向こうに、黒いものが見えた。
最初、少弐には岩山に見えた。
だが違う。
直線がある。
段がある。
人間が造った形だ。
近づく。
さらに形が現れる。
石。
石。
石。
どこまで行っても石だった。
そして、その間から――。
仏の顔がこちらを見ていた。
少弐は立ち止まった。
言葉が出なかった。
奈良でも仏を見た。
京でも見た。
朝鮮でも仏教寺院を見た。
だが、これは違う。
寺というより、
山そのものを仏法の形に造り替えたように見えた。
「……これを」
少弐はようやく口を開いた。
「見つけたのか」
「はい」
「人海戦術で?」
「はい」
スリフォンは胸を張った。
「力ずくで」
少弐はしばらく巨大な石造物を見上げた。
そして笑い始めた。
「宗及殿に、なんと説明すればよいのだ」
「見つけました、と」
「それだけか」
「探し方まで聞かれたら、人をたくさん雇いました、と」
少弐はまた笑った。
しかし、すぐに笑いは止まった。
目の前には無数の仏がいる。
なのに――。
読経が聞こえない。
鐘も鳴らない。
僧侶もいない。
参詣人もいない。
あるのは森の音だけだった。
少弐はゆっくりと石段へ近づいた。
「これほどのものを造った者たちは……」
石の仏を見上げる。
「どこへ行った?」
誰も答えられなかった。
港では回回教の人々が暮らしていた。
ここには、かつての仏たちだけが残っている。
少弐は懐から帳面を取り出した。
「スリフォン殿」
「はい」
「帰るのは、少し先になりそうだ」
スリフォンは深いため息をついた。
「そう仰ると思っておりました」
こうして少弐冬明のボロブドゥール調査が始まった。




