南へ続く道
琉球での補給は、少弐が思っていた以上に手際よく進んだ。
港へ入ってまず目についたのは、見覚えのある荷印だった。
「……神戸のものではないか」
少弐が足を止める。
荷を改めていた男も少弐に気づき、慌てて頭を下げた。
「少弐様。お久しゅうございます」
「お前たち、ここまで来ていたのか」
聞けば、神戸から送り出された買い付け人たちは、もう一隻の船ですべてを往復するような商売をしていなかった。
役割を分けている。
琉球と五島の間を往復する者たち。
五島と博多を往復する者たち。
さらに博多から先は瀬戸内を通じ、神戸へ品が流れていく。
逆方向には日本側の商品が運ばれてくる。
一つの船が神戸から琉球まで往復するのではない。
人も船も、それぞれ自分たちの海域を受け持っていた。
少弐は思わず腕を組んだ。
「なるほど……」
琉球から来た荷を五島行きへ積み替える。
五島では別の者が受け取り、博多へ運ぶ。
そこでまた荷がまとめられる。
船が着くたび帳面が開かれ、荷札と数が照合される。
誰か一人の豪商が勘だけで動かしているのではない。
いつの間にか、交易そのものが仕組みになり始めていた。
少弐の目が輝いた。
「ちょっと帳面を――」
代理船長が横から言った。
「少弐様」
「なんだ」
「今回は、商売の旅ではございません」
少弐は黙った。
目の前では買い付け人が何かを仕分けしている。
非常に気になる。
「いや、見るだけだ」
「少弐様の『見るだけ』は半日かかります」
「半日はかからん」
「では一刻?」
少弐は答えなかった。
代理船長はため息をついた。
「南海の仏はどうなさるので」
「……分かった」
珍しく、少弐が折れた。
買い付け人に向き直る。
「順調なのだな?」
「はい。五島との船も増えております」
「ならばよい。帰ったら詳しく聞く」
男は笑った。
「帳面を神戸へ送っておきます」
「頼む」
それだけ言って、少弐は本当に立ち去った。
本人としては相当な自制であった。
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ポラールへの補給も順調だった。
水、食糧、果物、塩。
必要なものだけを積む。
交易品を満載する必要がないため作業も早い。
少弐は出航前、もう一度だけ港を眺めた。
小田の船。
琉球の船。
五島へ向かう船。
荷を担ぐ者。
帳面をつける者。
以前、自分たちが一つ一つ交渉して作った道を、いまは別の人間たちが当たり前のように使っている。
少弐は少し笑った。
「私がいなくても動いているな」
代理船長が答えた。
「動いてもらわねば困ります」
「それもそうだ」
帆が上がった。
ポラールは琉球を離れ、さらに南へ向かった。
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次の補給地はマニラ方面である。
そこにもすでに南方航路を往来する者たちとの繋がりがある。
今回の航海では、未知の海岸を探して進む必要がない。
琉球で水を取り、次の寄港地へ。
そこでまた補給して、その次へ。
点だった場所が、航路として線になっている。
だからポラールは速かった。
「以前とは違うな」
少弐は海図を見ながら呟いた。
「何がでしょう」
「旅だ」
少弐は海図の上を指でなぞった。
神戸。
五島。
琉球。
そして南へ。
「昔は次の港に着けるかどうかから考えていた。いまは次にどこで水を積むかまで分かっている」
代理船長が笑った。
「そのために皆が働いておりますので」
「ありがたいことだ」
少弐は素直に言った。
そのおかげで、今回は海上で時間を使わずに済む。
時間を使うべきなのは、その先だった。
先遣隊から届いた話。
爪哇の内陸。
山中に眠る巨大な石造物。
無数の仏。
それが今井宗及の言っていたものなのかは、まだ分からない。
だから自分の目で見る。
少弐は海図から顔を上げた。
「マニラでは補給だけだ」
代理船長が疑わしそうな顔をした。
「本当に?」
「本当だ」
「市場をご覧になっても?」
「……見ない」
「珍しい品があっても?」
少弐は少し考えた。
「報告だけ聞く」
「現物を見せられたら?」
「お前、私を試しているだろう」
甲板に笑いが起きた。
ポラールは南へ走った。
琉球の島影はすでに水平線の向こうへ消えている。
次はマニラ。
その先にはブルネイ。
そして、さらに向こうには爪哇が待っている。
少弐は今回は寄り道をしないと決めていた。
――少なくとも、今のところは。




