二人目――クリスマスまでは父でいなさい
天正二年十一月。
三木をめぐる一連の騒ぎがようやく収まり、別所長治との話もまとまったころ。
少弐冬明は再び有馬へ戻った。
羽柴秀吉は丹波へ去った。
三木城は残った。
赤松氏との裁定も守った。
四十郎――新たに長明と名を与えた男も、ようやく叔父たちのもとへ顔を出せるようになった。
そして少弐には、もう一つ片づけなければならない話があった。
ジャワ・スマトラ行きである。
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有馬の家へ戻ると、雲丸の姿を探すより先にライラを探した。
「ライラ」
「なに」
「話がある」
その言い方だけで、ライラにはだいたい分かったらしい。
嫌そうな顔をした。
「どこ」
「まだ何も言ってない」
「あなたがそういう顔で話があると言ったら、どこかに行く話でしょう」
「……ジャワとスマトラ」
「やっぱり」
ライラは呆れた。
以前から先遣隊を出している。
五島沖では新たな沈没船まで見つかり、遣新羅使船から出た古い仏画や、瀬戸内で発見された清盛の時代の仏教遺物も調査中だった。
そしてその延長に、南海の古い仏教遺跡を求める旅がある。
少弐としては、そろそろ自分の目で確かめたかった。
「行っていい?」
少弐が尋ねた。
ライラはしばらく少弐を見る。
「いつ」
「できれば――」
「だめ」
「まだ言ってない」
「すぐ行きたい顔をしている」
完全に読まれていた。
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ライラは少し考えた。
「クリスマス」
「え?」
「クリスマスが終わってからなら、いい」
少弐が目を瞬かせる。
「本当に?」
「それまではここにいる」
「分かった」
返事があまりにも早かったので、ライラが目を細めた。
「雲丸と」
「うん」
「ちゃんと一緒にいる」
「いる」
「神戸へ行って、そのまま一週間帰ってこないとかは?」
「しない」
「沈没船が見つかったと言われても?」
少弐が一瞬黙った。
「……なるべく」
「だめ」
「はい」
ライラはようやく頷いた。
「なら、クリスマスの後」
少弐にとっては十分だった。
年明けから動けばいい。
南海へ行くなら準備にも時間がかかる。
むしろ十二月いっぱい有馬にいられるなら、身体を休めるにも都合がいい。
「ありがとう」
少弐がそう言うと、ライラはなぜか微妙な表情をした。
「まだある」
「なに?」
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今度はライラが座った。
「このところ、少し変だった」
「体調?」
「そう」
少弐の顔から旅のことが消えた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫」
ライラはすぐ答えた。
むしろ、それを確かめるために調べてもらったのだという。
「あなたが最近、有馬にずっといたでしょう」
「うん」
「それで――」
ライラは少し言いにくそうにしてから、結局そのまま言った。
「二人目ができたみたい」
少弐が止まった。
「…………え?」
「だから」
ライラは自分の腹へ手を添えた。
「雲丸に、弟か妹ができる」
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少弐は何も言わなかった。
ライラが少し心配になった。
「冬明?」
「ちょっと待って」
「なに」
「今、頭が追いついてない」
雲丸が生まれて、まだそれほど経っていない。
あの夜のことも覚えている。
生まれた雲丸を見て感動し、そのまま眠れず翌日を丸々過ごした。
その子に、もう弟か妹ができる。
少弐はようやくライラを見る。
「本当に?」
「たぶん」
「本当に?」
「二回聞かないで」
少弐は笑った。
それからライラの手を取った。
「おめでとう」
ライラが笑う。
「あなたもでしょう」
「あ、そうか」
「そうか、じゃない」
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少弐はライラを抱きしめた。
「ありがとう」
今度は素直にそう言った。
そして少し離れると、もう一度ライラを見る。
「雲丸がお兄ちゃんになるのか」
「そうね」
「兄上か」
「まだ早い」
「男の子かな」
「分からない」
「女の子だったら――」
「名前を考えるのもまだ早い」
全部止められた。
それでも少弐は嬉しそうだった。
あまりにも嬉しそうなので、ライラが笑い始めた。
「冬明」
「うん」
「落ち着いて」
「落ち着いてる」
まったく落ち着いていなかった。
少弐は部屋を一度歩いた。
雲丸を見た。
またライラを見る。
それから突然、
「ちょっと外に行ってくる」
と言い出した。
「どこへ?」
「そこ」
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縁側から外へ出る。
冬の近づいた有馬の空気は冷たかった。
少弐は腰を下ろし、キセルを取り出した。
火をつける。
一服。
ゆっくり吐く。
ようやく少し落ち着いた。
三木。
羽柴。
赤松。
沈没船。
ジャワ。
スマトラ。
ここ数か月、頭の中にはそんなものばかり詰まっていた。
ところが今は全部どこかへ飛んでいた。
「……二人か」
煙と一緒に呟く。
少弐冬明には、子が二人になる。
まだ無事に生まれてくるまで何があるか分からない。
だから浮かれすぎてもいけない。
そう自分へ言い聞かせる。
もう一服。
それでも頬が緩んだ。
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しばらくして部屋へ戻る。
ライラが呆れた顔をしていた。
「落ち着いた?」
「少し」
「なら、さっきの話」
「ジャワ?」
「そう」
ライラは改めて言った。
「クリスマスが終わるまでは、有馬にいること」
「はい」
「雲丸といる」
「はい」
「私ともいる」
少弐が頷いた。
「もちろん」
ライラは腹へ手を添えた。
「今度は二人分ね」
少弐はそれを見ると、また顔が緩んだ。
ライラがすぐ気づいた。
「また外へ行く?」
「いや」
少弐は笑って雲丸のところへ行った。
抱き上げる。
「雲丸」
当然、幼い雲丸には何のことか分からない。
少弐はそれでも言った。
「兄上になるぞ」
ライラが後ろから笑った。
ジャワもスマトラも逃げない。
沈没船も、海の底で待っている。
だからこの年の残りくらいは――有馬にいればいい。
クリスマスまでは、旅人でも商人でもなく、父でいる。
その約束だけは、少弐も喜んで守るつもりだった。




