友として――別所長治の来訪
天正二年十一月。
羽柴秀吉が三木の包囲を解き、丹波へ転進してから間もなく。
清盛館に、別所四十郎がやってきた。
ただし、その日は一人ではなかった。
「少弐殿」
四十郎の後ろにいた男を見て、少弐冬明は立ち上がった。
別所長治だった。
三木城を七か月にわたって守り抜いた当人である。
少弐は二人を奥へ通した。
酒や茶を出すよう命じたものの、席についてもしばらく口を開かなかった。
長治の方も急かさない。
やがて少弐が、深く頭を下げた。
「長治殿。申し訳なかった」
四十郎が驚いた。
「少弐殿?」
長治も眉を上げる。
少弐は頭を上げなかった。
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「俺は四十郎に、叔父上たちを助けると言った」
三月。
清盛館へ飛び込んできた四十郎の顔を、まだ覚えている。
唯一残った親族を助けてほしい。
そう頼まれた。
少弐は官兵衛に策を求めた。
四十郎に金を貸した。
三木城との商いを始めさせた。
羽柴兵に荷を壊された時には、自ら羽柴陣へ赴いた。
市を開いた。
規制されれば場所を変えた。
赤松氏まで担いだ。
だが――
「結局、羽柴殿の攻撃そのものを止められなかった」
六月末。
裁定が下った。
少弐は兵糧搬入を止めた。
そして七月からは、四十郎に三木周辺を観察させた。
「それだけじゃない」
少弐は続けた。
「俺は途中から、この戦を羽柴秀吉という人間を見るためにも使った」
長治が黙って聞いている。
「山城からの動き、夢野での戦、若狭から丹波、播磨への移動。それと三木での戦い方を繋げて記録した」
四十郎が持ち帰る情報も、その一部になった。
「四十郎にも、叔父上を助けたいという気持ちがあるのを知りながら、斥候のようなことをさせた」
少弐はもう一度頭を下げた。
「利用させてもらった」
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「少弐殿」
長治がようやく口を開いた。
「頭を上げてくだされ」
少弐は動かない。
「謝らないでいただきたい」
「しかし――」
「我らは生きております」
その一言で少弐が顔を上げた。
長治は穏やかだった。
「三木城も残りました」
羽柴が去った理由が、少弐だけにあるとは長治も思っていない。
丹波で戦機が生まれた。
秀吉がそちらを選んだ。
それだけなら確かに、少弐が羽柴を撃退したわけではない。
「されど、少弐殿が何もしてくださらなかったとは、誰にも申させませぬ」
四十郎も強く頷いた。
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長治は一つずつ挙げた。
羽柴勢が四十郎の荷駄を止めた時。
少弐は家臣だけを行かせたのではない。
自ら羽柴の陣へ行った。
謝罪を求めた。
壊された荷の弁償を求めた。
四十郎への扱いを改めろと求めた。
しかも織田と小田の停戦を破らないよう、刀ではなく言葉だけで秀吉と争った。
「五日も退かなかったと聞きましたぞ」
「……あれは」
「命を張ったことに変わりはござらぬ」
さらに市。
少弐は三木城だけを見ていたわけではない。
戦場となった周辺の村々にも物資を流した。
米。
味噌。
塩。
生活用品。
やがて炊き出しまで行った。
「三木の周りの者が飢えぬよう、随分と私財を使われたそうですな」
少弐は答えなかった。
長治が笑った。
「それで謝られては、我らの立つ瀬がござらぬ」
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四十郎も言った。
「私は利用されたなどと思っておりませぬ」
「四十郎」
「少弐殿が止めなければ、私は何度でも米を持って三木へ向かったでしょう」
おそらく、いつか捕まっていた。
それでも行っただろう。
「見るだけにせよ、と命じてくださったから私はここにおります」
四十郎は笑った。
「それに叔父上もおります」
少弐は二人を見た。
ようやく少し肩の力を抜いた。
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しばらくして、長治の方から本題を切り出した。
「少弐殿」
「はい」
「今こそ、我ら別所も身を寄せる時なのかもしれませぬ」
少弐の表情が変わった。
意味はすぐ分かった。
小田へ入る。
あるいは少弐の下につく。
羽柴が三木を諦めたのは今回だけかもしれない。
丹波が片付けば、再び播磨を見る可能性はある。
ならば今のうちに大きな傘へ入る。
合理的な判断だった。
しかし少弐は首を振った。
「それは受けられません」
長治が少し驚く。
「なぜです」
「別所殿が臣下になったら、赤松殿を担いだ意味がなくなる」
六月の裁定で、赤松氏を播磨守護として立てた。
その直後に三木の別所氏を少弐が臣従させれば、
結局、少弐は播磨を自分の勢力へ取り込むために赤松を利用した
と見られかねない。
「それに」
少弐は長治を見る。
「俺は長治殿を家臣にしたいわけじゃない」
「では?」
少弐は手を差し出した。
「友になりませんか」
長治がその手を見る。
「友……」
「困った時は助ける。こちらが困った時は頼る。商いもする。情報も交換する」
だが上下は作らない。
「それではいけませんか」
長治はしばらく黙っていた。
やがて笑った。
「それならば」
少弐の手を取った。
「喜んで」
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話が一段落したところで、少弐がふと思い出したように四十郎を見た。
「ところで」
「はい」
「四十郎って、本当に四十郎なのか」
長治が吹き出した。
四十郎が困った顔をする。
「幼い頃よりそう呼ばれておりますゆえ」
「正式な名は?」
四十郎は答えた。
幼名・通称として四十郎が定着し、成人後の諱については家中で用いる名があるものの、本人も四十郎の方を長く使ってきたという。
少弐は少し考えた。
そして長治を見る。
「一つ、頼んでもいいですか」
「何でしょう」
「こいつに名をやりたい」
四十郎が目を丸くした。
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少弐は紙を引き寄せた。
墨をつける。
まず一字。
長。
「長治殿から一字」
続いて、
明。
少弐冬明の「明」。
二文字を並べる。
長明。
「別所長明」
四十郎が、その文字を見つめた。
少弐は言った。
「お前は叔父上を捨てなかった」
何度止められても三木へ向かった。
荷を転がされても戻った。
正面から羽柴勢へ行った。
そして少弐から「もう米を運ぶな」と命じられてからは、その命令も守った。
斥候となれば、今度は自分の感情を抑えて三木を見続けた。
「勇気って、刀を振ることだけじゃないと思う」
少弐は四十郎を見る。
「だから、これはお前の功だ」
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さらに少弐は立ち上がり、自分の持ち物を収めているところから一振りの刀を持ってこさせた。
備前の刀だった。
華美すぎる拵えではない。
だが少弐が自分のために持っていた一振りである。
長治が驚く。
「少弐殿、それは」
「俺が持ってても、最近はあまり使わないから」
少弐は刀を四十郎の前へ置いた。
「長明」
呼ばれた四十郎は、一瞬反応できなかった。
「……私でございますか」
「もう忘れたのか」
長治が笑った。
少弐は刀を押し出した。
「別所長明。今回の働き、見事だった」
羽柴と戦った功ではない。
城を落とした功でもない。
家族を見捨てず、それでも最後には命令を守り、七か月走り続けた功。
「褒美として取らせる」
長明は刀を両手で受け取った。
重かった。
刀の重さだけではない。
叔父から一字。
少弐から一字。
そして自分が走り回った七か月が、一つの名になっていた。
長明は深く頭を下げた。
「……生涯、大切にいたします」
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長治はその姿を見ながら静かに笑っていた。
「少弐殿」
「はい」
「やはり我らは、助けていただいたようです」
少弐は今度は否定しなかった。
「では」
少し笑う。
「その代わり、今度はこちらが困ったら助けてください」
長治も笑った。
「友とは、そういうものでございましょう」
主従ではない。
臣従でもない。
三木城を少弐の城にするわけでもない。
赤松という神輿も降ろさない。
ただ三木の別所と神戸の少弐との間に、新しい関係ができた。
上下ではなく、友誼。
そしてその間に立つ男には、新しい名が与えられた。
別所長明。
叔父・長治の「長」と、
少弐冬明の「明」。
七か月に及んだ三木城攻めが残したものは、守られた城だけではなかった。
一振りの備前刀と、一つの新しい名前。
そして――
戦が終わってから初めて結ばれた、友という約束だった。




