十月――海から戻る仏と、三木を囲む火
天正二年十月。
三木城をめぐる戦が七か月目へ入るころ、少弐冬明のもとには、まったく別の戦果が相次いで届いていた。
人を斬った数でもなければ、奪った城の数でもない。
海の底から引き揚げられた、古い時代そのものだった。
対馬と瀬戸内。
二件の沈没船調査が、ようやく一段落したのである。
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対馬で発見された古船については、少弐の期待以上の結果が出た。
現地の記録、船の構造、遺物の年代、残された文字資料を突き合わせた結果、調査に加わった僧や識者たちはかなり強く判断した。
遣新羅使に関係した船である。
少弐は報告を聞くと、まず尋ねた。
「本当に?」
「まず間違いないものと」
「……見つかるものなんだな」
以前は寺で遣唐使や遣新羅使の記録を探し、
「昔は今より船が沈んだのだから、その船が海底に残っているのではないか」
という発想から始めた話だった。
それが本当に出てきた。
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しかも驚くべきものがあった。
船内の一角から見つかった、古い絵画である。
完全な姿ではない。
だが偶然いくつもの条件が重なったのか、同じ船から出た木や紙の遺物と比較して、異様なほど状態がよかった。
描かれているのは仏教に関係する図像だった。
日本の僧たちが見慣れた後世の仏画とは、どこか違う。
衣の描き方。
顔。
色。
細部。
古代朝鮮半島から日本へ仏教文化が伝わって間もない時代につながるものではないか――。
そう考えられた。
少弐は、すぐに触ろうとはしなかった。
「これ、乾かしたら駄目なんじゃないか?」
誰も即答できなかった。
「分からないなら、何もしない方がいい」
それが少弐の判断だった。
無理に広げない。
洗わない。
日に当てない。
まず現状を記録する。
そして絵を扱った経験のある僧や絵師、紙や布に詳しい職人を呼ぶ。
見つけたことより、壊さず残すこと。
それを優先した。
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もちろん、すべてが奇跡的に残ったわけではない。
むしろ大半はこちらだった。
欠けた器。
腐食した金属。
形を失った木製品。
海水に侵され、文字の一部しか読めなくなったもの。
仏具らしき破片もある。
「これ、何だったんだろうな」
少弐は欠けた品を見ながら呟いた。
だが捨てさせなかった。
欠けているなら、欠けたまま記録する。
分からないなら、不明と書く。
以前、羽柴秀吉の軍勢について実見・伝聞・推測を分けさせたのと同じだった。
分からないことを、分かったことにしない。
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そして瀬戸内。
こちらも面白かった。
引き揚げられた船は、平安末期――ちょうど平清盛が瀬戸内の海運を盛んにしていた時代に重なるものと考えられた。
積荷からは経典。
仏像。
仏具。
そのほか交易品。
こちらも傷んでいる物は多かったが、対馬とは違う意味で少弐を黙らせた。
少弐の拠点は――清盛館である。
「清盛公の時代の船を、清盛館へ持って帰るのか」
誰かが言った。
少弐は笑った。
「出来すぎてるな」
だが、こちらも単なる宝探しにはしなかった。
経典は僧に見せる。
仏像も由来を調べる。
船そのものの構造も記録する。
どこから出て、どこへ向かっていたのか。
何を積んでいたのか。
なぜ沈んだのか。
清盛の時代の瀬戸内を知る手掛かりとして、一つずつ整理させた。
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これで二件。
ようやく海老屋特注の引揚船が空く。
と思ったところへ――
五島から早船が来た。
「また?」
少弐は思わず聞き返した。
「沈船らしきものが見つかったとのことにございます」
「いつの船?」
「分かりませぬ」
「何船?」
「それも」
ただ、潜って確認した者によれば造りが古い。
これまでの調査が噂になり、
「海底に変な木組みがある」
「昔、網に古い器が掛かった」
といった船乗りの話が、以前より清盛館へ集まるようになっていた。
これほど組織立って沈没船を探し、報告すれば実際に調査船が来る者など、ほとんどいなかったのである。
少弐は笑った。
「行かせよう」
引揚船は休む間もなく、今度は五島沖へ向かった。
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一方――三木。
こちらも十月になって様相が変わっていた。
羽柴秀吉の軍勢は、まだいる。
兵糧もある。
陣も崩れていない。
だが四十郎の報告には、以前にはなかった言葉が増え始めた。
疲れ。
七月の羽柴勢は違った。
裁定によって少弐の妨害が消え、
「ようやく三木を攻められる」
という勢いがあった。
八月には包囲を縮め、兵を押し出した。
九月には脱走の噂が聞こえ始めた。
そして十月。
「息切れしております」
有馬へ来た四十郎が言った。
少弐が顔を上げる。
「羽柴殿が?」
「軍全体が、と申した方がよいかもしれませぬ」
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三木城は、思った以上に硬かった。
力を加えれば簡単に割れる城ではない。
秀吉もそれを認めざるを得なくなっていた。
攻め続ければこちらが減る。
ならば――囲む。
羽柴勢は再び包囲を軸に据え始めた。
兵糧を断つ。
往来を止める。
城内の蓄えが減るのを待つ。
もともと秀吉が得意とする方向へ、戦い方を戻したともいえた。
しかし、ただ座って待つわけでもない。
そこが秀吉だった。
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ある夜。
三木城の外で火が動いた。
羽柴勢が出る。
夜襲だった。
城方が対応する。
しばらく激しい物音が続く。
だが翌日は静か。
その次の日には、別の場所で小競り合い。
また数日は包囲。
そして突然、兵を押し出す。
同じことを繰り返さない。
城方を休ませないためでもあり、羽柴側の兵に「ただ待っているだけ」と思わせないためでもあった。
秀吉自身も分かっていた。
軍が疲れている。
だからこそ刺激を与える。
「今日は攻める」
「明日は待つ」
「次は夜に動く」
戦の呼吸を変える。
完全に勢いを失えば、包囲軍の方から腐り始める。
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四十郎は、それを見ていた。
「攻めが弱くなったと思えば、夜に動きます」
少弐が記録係を見る。
紙に書かれる。
十月――羽柴勢、包囲を主とする。
さらに、
夜襲・局地的攻撃等、攻め手に変化あり。
少弐は少し考えてから尋ねた。
「兵糧は?」
「不足しているようには見えませぬ」
「兵は?」
「疲れております」
「城は?」
「外からは、まだ」
少弐は頷いた。
「なら、それ以上は書くな」
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少弐は対馬から引き揚げられた古い仏画の記録と、四十郎が持ってきた三木城の記録を並べた。
片方は、何百年も前の海を渡った人々の痕跡。
片方は、今まさに起きている戦の記録。
不思議なものだった。
遣新羅使の船に乗った者たちも、自分たちの航海が何百年後に海底から掘り出されるとは思わなかっただろう。
清盛の時代の商船に乗った者も同じだ。
ならば――
三木で疲れ切っている羽柴の足軽たちも。
城内で包囲に耐えている別所の者たちも。
自分たちの日々が後世にどう記録されるかなど知らない。
少弐は筆を取った。
「だから、ちゃんと残そう」
十月。
対馬からは古代の仏教文化が引き揚げられ、瀬戸内からは清盛の時代の仏と経典が姿を現し、五島では新たな古船が待っていた。
そして三木では――
食糧はある。しかし人が疲れている羽柴秀吉が、包囲、攻撃、夜襲と呼吸を変えながら、それでもなお落ちない城の前に座り続けていた。
冬が近づいていた。




