無名の答書
無名の答書
秋も深まり、霞浦兵学館の木々は赤や黄色へと色づいていた。
氏治は兵学館内の自室で、一人、机に向かっていた。
机の上には高く積まれた答書。
数か月前、氏治が兵学館の教官と生徒へ課した宿題――「攻める盾とは何か」――への回答である。
「軽量化。」
「牛革を重ねる。」
「銃眼を設ける。」
「地面へ立てられるよう鉄爪を付ける。」
どれも興味深い。
氏治は一枚一枚に朱筆で感想を書き込みながら読み進めていく。
やがて、一冊の答書で手が止まった。
そこには文章よりも、精密な図が描かれていた。
最前列には縦長の大楯。
側面には金具があり、隣の盾と連結できる仕組みになっている。
その後ろには坂東筒兵。
さらに槍兵、坂東サーベル兵、最後方には突破口へ突入する銃騎兵。
盾は止まるためではない。
前進しながら敵陣を押し開き、その陰から坂東筒が絶えず射撃を続ける。
氏治は思わず身を乗り出した。
「……これだ。」
図を何度も見返す。
「銃楯陣。」
そう呟くと、続いて連結金具の図へ目を移した。
「盾同士を繋げるのか。」
前線では独立して動き、必要な瞬間だけ一枚の壁となる。
まさに氏治が求めていた「攻める盾」であった。
氏治は迷わず朱筆を取る。
『採用。試作せよ。』
大きく書き込むと、満足そうに頷いた。
しかし、ふと首を傾げる。
表紙にも最後の頁にも、答書のどこにも名前が書かれていない。
「……名がない?」
もう一度めくる。
やはり署名がない。
氏治は静かに笑った。
「兵学館に、こんな面白いことを考える者がおったとは。」
すぐに小さな鐘を鳴らす。
部屋へ入ってきた書記に、氏治は答書を手渡した。
「この答書の起案者を探してくれ。」
「署名がございませんが……。」
「だから探すのだ。」
氏治は図面を見つめたまま言う。
「これほどの発想をする者を埋もれさせるわけにはいかん。」
静かな兵学館の夜。
一枚の無名の答書が、坂東軍の新たな戦い方を変えようとしていた。




