表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
908/1021

四十郎の叔父――三木を救う策

天正二年三月――兵庫津、清盛館。


「叔父上たちを、お助け申す!」


床へ手をついた四十郎を前に、少弐冬明はすぐには答えなかった。


まず事情を聞かなければならない。


「座れ、四十郎」


「しかし――」


「助けるにしても、何も知らずに兵は動かせない。最初から話してくれ」


四十郎はしばらく俯いていたが、やがて座り直した。


そして、自分の家のことから話し始めた。



---


別所四十郎。


その名の通り、父が四十を迎えたころに生まれた子だった。


この時代としては、かなり遅い子である。


父は四十郎をかわいがった。


だが、高齢になってから得た子だったこともあり、四十郎がまだ幼いうちに身体を崩し、数年後に亡くなった。


母も長くは四十郎を守れなかった。


幼い四十郎を引き取ったのが、三木の別所一族だった。


その中心にいたのが別所長治らである。


「血の上では、私は一族の末席にございます」


四十郎は言った。


「長治様とも縁戚ではありまする。しかし――」


少し言葉に詰まる。


「私にとっては、それだけではございませぬ」


幼いころ。


父も母もいなくなった四十郎を育てたのは、三木の人々だった。


長治たちのところで暮らし、成長すると家の仕事を手伝った。


武芸も習った。


ただし、別所家の若武者として城の中だけで育ったわけではない。


「商屋にも出されました」


少弐が少し驚いた。


「商家で?」


「はい」


銭の勘定。


米の値段。


荷の扱い。


人との交渉。


物がどこから入り、どこへ出ていくのか。


そういうことも覚えた。


武芸を学びながら商屋で働き、必要な時には三木へ戻って長治を助ける。


それが四十郎の若いころだった。


やがて縁あって少弐のもとへ来た。


それからは兵庫津での仕事が増えた。


「最近は……叔父上たちにも、ほとんど会えておりませなんだ」


四十郎は俯いた。


忙しかった。


兵庫津も変わった。


少弐の仕事も増えた。


西国へ行くこともあった。


三木は近い。


近いからこそ、


いつでも会える。


そう思っていた。


「しかし」


四十郎の拳が震えた。


「父も母もおりませぬ」


顔を上げる。


「私に残った親族は、叔父上たちだけにございます」


長治たちは、四十郎にとって単なる一族の当主ではない。


父親の代わりだった。


家族だった。


「少弐殿」


四十郎はもう一度頭を下げた。


「お願い申し上げます」


「……うん」


「叔父上たちを、お助けくだされ」


少弐はしばらく黙っていた。


そして一つだけ尋ねた。


「四十郎」


「はい」


「助けるというのは、三木城を守ることか。それとも叔父上たちを生かすことか」


四十郎が顔を上げた。


答えに詰まった。


少弐は責めなかった。


「今すぐ決めなくていい」


そう言って立ち上がる。


「ただ、それによって策は変わる」


そして部屋の奥へ声を掛けた。


「官兵衛」


黒田官兵衛が顔を上げた。


少弐は三木の地図を官兵衛の前へ滑らせた。


「策を貸してくれ」


官兵衛はすぐには答えなかった。


地図を見る。


三木城。


兵庫津。


明石。


有馬。


丹波。


そして羽柴秀吉の軍勢。


少弐は条件を並べた。


「織田と小田は停戦中」


「承知しております」


「秀吉の言い分は、播磨は小田ではない。赤松は赤松、別所は別所。だから羽柴が三木を攻めても停戦違反ではない」


「理屈としては、そう申せましょう」


「こちらが正規軍を出せば?」


官兵衛は即答した。


「小田が停戦を破った、と返されますな」


「そうなる」


少弐は腕を組んだ。


「だが三木を見捨てたくもない」


官兵衛が四十郎を見る。


「四十郎殿」


「はい」


「三木には、どれほど兵糧があります」


四十郎は分かる範囲で答えた。


「城だけではない」


官兵衛は続けた。


「周辺の村は。商人は。水は。街道は。別所に従う国人は」


質問が次々と飛ぶ。


四十郎も必死に答えた。


官兵衛はそのたびに地図へ印をつけていった。


やがて少弐が尋ねた。


「どうだ」


官兵衛はまだ地図を見ていた。


「まず――」


指が三木城ではなく、兵庫津を指した。


「我らは三木へ行ってはなりませぬ」


四十郎の顔色が変わった。


「官兵衛殿!」


だが官兵衛は続けた。


「少なくとも、小田の軍としては」


少弐の目が細くなった。


「続けろ」


「羽柴殿は理屈を作りました」


官兵衛は秀吉側の書状を指で叩いた。


「播磨は小田ではない。ゆえに自分が別所を攻めても、小田との停戦には触れない、と」


「うん」


「ならば――」


官兵衛が顔を上げた。


「その理屈を、こちらも使えばよろしい」


部屋が静かになる。


「三木が小田ではないというのなら」


官兵衛の指が、ゆっくりと三木へ動いた。


「三木を助ける者まで、小田である必要はございませぬ」


少弐の口元がわずかに動いた。


四十郎はまだ意味を測りかねている。


官兵衛はさらに地図を引き寄せた。


「これは戦だけでは解けませぬ」


秀吉は戦場へ来る前に、政治上の逃げ道を作っている。


ならばこちらも、軍勢をぶつける前に仕組みを作る必要がある。


「兵を送る前に、人を送ります」


「誰を?」


官兵衛は四十郎を見た。


「まず、この方です」


四十郎が自分を指した。


「私?」


「あなたは小田の将として三木へ行くのではない」


官兵衛は静かに言った。


「別所四十郎として帰るのです」


四十郎の表情が変わった。


幼いころ育った三木。


父母の代わりだった叔父たち。


しばらく帰っていなかった故郷。


官兵衛は少弐を見る。


「まず三木の内情を知らねばなりませぬ。そして長治殿が何を望んでいるのか確かめる」


戦うのか。


和睦するのか。


援軍が欲しいのか。


兵糧が欲しいのか。


それとも、いざという時に一族だけでも逃がしたいのか。


「そこから先の策は――」


官兵衛は少し笑った。


「羽柴殿の屁理屈が、どこまで通用するものなのか」


秀吉から届いた書状を持ち上げる。


「試してみましょう」


少弐も笑った。


「頼んだ」


「御意」


三木城攻めが始まって、まだ間もない。


兵庫津から兵は動いていない。


小田の旗も動いていない。


だが清盛館ではすでに、


羽柴秀吉の作った理屈そのものを逆手に取る策


が動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ