四十郎の叔父――三木を救う策
天正二年三月――兵庫津、清盛館。
「叔父上たちを、お助け申す!」
床へ手をついた四十郎を前に、少弐冬明はすぐには答えなかった。
まず事情を聞かなければならない。
「座れ、四十郎」
「しかし――」
「助けるにしても、何も知らずに兵は動かせない。最初から話してくれ」
四十郎はしばらく俯いていたが、やがて座り直した。
そして、自分の家のことから話し始めた。
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別所四十郎。
その名の通り、父が四十を迎えたころに生まれた子だった。
この時代としては、かなり遅い子である。
父は四十郎をかわいがった。
だが、高齢になってから得た子だったこともあり、四十郎がまだ幼いうちに身体を崩し、数年後に亡くなった。
母も長くは四十郎を守れなかった。
幼い四十郎を引き取ったのが、三木の別所一族だった。
その中心にいたのが別所長治らである。
「血の上では、私は一族の末席にございます」
四十郎は言った。
「長治様とも縁戚ではありまする。しかし――」
少し言葉に詰まる。
「私にとっては、それだけではございませぬ」
幼いころ。
父も母もいなくなった四十郎を育てたのは、三木の人々だった。
長治たちのところで暮らし、成長すると家の仕事を手伝った。
武芸も習った。
ただし、別所家の若武者として城の中だけで育ったわけではない。
「商屋にも出されました」
少弐が少し驚いた。
「商家で?」
「はい」
銭の勘定。
米の値段。
荷の扱い。
人との交渉。
物がどこから入り、どこへ出ていくのか。
そういうことも覚えた。
武芸を学びながら商屋で働き、必要な時には三木へ戻って長治を助ける。
それが四十郎の若いころだった。
やがて縁あって少弐のもとへ来た。
それからは兵庫津での仕事が増えた。
「最近は……叔父上たちにも、ほとんど会えておりませなんだ」
四十郎は俯いた。
忙しかった。
兵庫津も変わった。
少弐の仕事も増えた。
西国へ行くこともあった。
三木は近い。
近いからこそ、
いつでも会える。
そう思っていた。
「しかし」
四十郎の拳が震えた。
「父も母もおりませぬ」
顔を上げる。
「私に残った親族は、叔父上たちだけにございます」
長治たちは、四十郎にとって単なる一族の当主ではない。
父親の代わりだった。
家族だった。
「少弐殿」
四十郎はもう一度頭を下げた。
「お願い申し上げます」
「……うん」
「叔父上たちを、お助けくだされ」
少弐はしばらく黙っていた。
そして一つだけ尋ねた。
「四十郎」
「はい」
「助けるというのは、三木城を守ることか。それとも叔父上たちを生かすことか」
四十郎が顔を上げた。
答えに詰まった。
少弐は責めなかった。
「今すぐ決めなくていい」
そう言って立ち上がる。
「ただ、それによって策は変わる」
そして部屋の奥へ声を掛けた。
「官兵衛」
黒田官兵衛が顔を上げた。
少弐は三木の地図を官兵衛の前へ滑らせた。
「策を貸してくれ」
官兵衛はすぐには答えなかった。
地図を見る。
三木城。
兵庫津。
明石。
有馬。
丹波。
そして羽柴秀吉の軍勢。
少弐は条件を並べた。
「織田と小田は停戦中」
「承知しております」
「秀吉の言い分は、播磨は小田ではない。赤松は赤松、別所は別所。だから羽柴が三木を攻めても停戦違反ではない」
「理屈としては、そう申せましょう」
「こちらが正規軍を出せば?」
官兵衛は即答した。
「小田が停戦を破った、と返されますな」
「そうなる」
少弐は腕を組んだ。
「だが三木を見捨てたくもない」
官兵衛が四十郎を見る。
「四十郎殿」
「はい」
「三木には、どれほど兵糧があります」
四十郎は分かる範囲で答えた。
「城だけではない」
官兵衛は続けた。
「周辺の村は。商人は。水は。街道は。別所に従う国人は」
質問が次々と飛ぶ。
四十郎も必死に答えた。
官兵衛はそのたびに地図へ印をつけていった。
やがて少弐が尋ねた。
「どうだ」
官兵衛はまだ地図を見ていた。
「まず――」
指が三木城ではなく、兵庫津を指した。
「我らは三木へ行ってはなりませぬ」
四十郎の顔色が変わった。
「官兵衛殿!」
だが官兵衛は続けた。
「少なくとも、小田の軍としては」
少弐の目が細くなった。
「続けろ」
「羽柴殿は理屈を作りました」
官兵衛は秀吉側の書状を指で叩いた。
「播磨は小田ではない。ゆえに自分が別所を攻めても、小田との停戦には触れない、と」
「うん」
「ならば――」
官兵衛が顔を上げた。
「その理屈を、こちらも使えばよろしい」
部屋が静かになる。
「三木が小田ではないというのなら」
官兵衛の指が、ゆっくりと三木へ動いた。
「三木を助ける者まで、小田である必要はございませぬ」
少弐の口元がわずかに動いた。
四十郎はまだ意味を測りかねている。
官兵衛はさらに地図を引き寄せた。
「これは戦だけでは解けませぬ」
秀吉は戦場へ来る前に、政治上の逃げ道を作っている。
ならばこちらも、軍勢をぶつける前に仕組みを作る必要がある。
「兵を送る前に、人を送ります」
「誰を?」
官兵衛は四十郎を見た。
「まず、この方です」
四十郎が自分を指した。
「私?」
「あなたは小田の将として三木へ行くのではない」
官兵衛は静かに言った。
「別所四十郎として帰るのです」
四十郎の表情が変わった。
幼いころ育った三木。
父母の代わりだった叔父たち。
しばらく帰っていなかった故郷。
官兵衛は少弐を見る。
「まず三木の内情を知らねばなりませぬ。そして長治殿が何を望んでいるのか確かめる」
戦うのか。
和睦するのか。
援軍が欲しいのか。
兵糧が欲しいのか。
それとも、いざという時に一族だけでも逃がしたいのか。
「そこから先の策は――」
官兵衛は少し笑った。
「羽柴殿の屁理屈が、どこまで通用するものなのか」
秀吉から届いた書状を持ち上げる。
「試してみましょう」
少弐も笑った。
「頼んだ」
「御意」
三木城攻めが始まって、まだ間もない。
兵庫津から兵は動いていない。
小田の旗も動いていない。
だが清盛館ではすでに、
羽柴秀吉の作った理屈そのものを逆手に取る策
が動き始めていた。




