海底の仏を探せ――清盛館の古航路調査
天正二年二月――兵庫津・清盛館。
比叡山を下りた少弐冬明は、そのまま兵庫津へ帰った。
安土で地球儀を渡し、七つの酒を飲み、坂本で明智光秀から話を聞き、最後には比叡山から妙な頼みまで背負わされた。
清盛館へ戻った少弐は、旅装を解くと早々に人を集めた。
「ちょうどいい。前からやろうとしていたことと一緒にやる」
集められた者たちは何のことか分からない。
少弐は大穂田での沈没船引き揚げについて改めて説明した。
オホーツクの海底には古い船が沈んでいた。
そこから壺や積荷を回収し、あの蜂蜜酒まで見つかった。
そして正月には、その経験から海老屋へ沈没船を調査し、積荷を引き揚げるための専用船を一隻、特注している。
まだ船は出来上がっていない。
だからこそ今のうちに、どこを探すか決める。
「今回は仏だ」
「仏?」
「比叡山から頼まれた」
少弐は事情を簡単に説明した。
ただ高価なものではない。
珍しい唐物でもない。
見た者が仏を思い、思わず手を合わせたくなるようなものを探している。
「仏教は天竺から来た」
少弐は指を西へ向ける。
「そこから唐へ伝わり、朝鮮を通り、日本へ来た。逆に日本から唐へ渡った者もいる」
鑑真は唐から日本を目指した。
何度も海に阻まれた。
遣隋使が海を渡った。
遣唐使が海を渡った。
最澄も空海も海を渡った。
僧だけではない。
経典。
仏像。
仏具。
香。
薬。
書物。
それらも船に載って海を渡った。
「今より船が小さい。海のことも分からない。嵐が来ても明日の天気すら分からない」
少弐は卓を叩いた。
「難破した船は、いくらでもあるはずだ」
一同の表情が変わった。
ようやく話がつながった。
「海の底から宝を探す」
少弐は言った。
「仏が見つかれば比叡山の依頼にも使える。見つからなくても、昔の船の積荷が分かる。それだけでも価値がある」
まず二つの仕事を同時に始めることにした。
一つは、海の者から情報を集めること。
兵庫津に出入りする船衆へ話を回した。
対馬。
博多。
五島。
朝鮮沿岸。
さらに壱岐や平戸。
昔から大陸との船が行き来してきた土地で、
「海底に古い船がある」
「網に古い壺が掛かる」
「海が澄んだ日に海底に木材が見える」
「妙な銅器を漁師が拾った」
「昔、唐船が沈んだと言い伝えられている」
そうした話を集めさせる。
ただし噂を聞いただけでは足りない。
最後にその話を知っている者がどこにいるかまで突き止めろ。
漁師なのか。
海女なのか。
寺なのか。
港の長老なのか。
船頭なのか。
少弐はそこまで指定した。
「噂の出どころが分からなければ、海一面を探すことになるからな」
そしてもう一つ。
昔の記録を調べる。
こちらは渡辺とシレトクへ任せた。
「二人で吉田兄弟と順慶を頼れ」
「何を調べればいい?」
シレトクが聞く。
「全部だ」
「全部では分からん」
「そうだな」
少弐は紙を取った。
まず遣隋使。
次に遣唐使。
唐から日本へ渡ってきた僧。
日本から唐へ仏教を学びに行った僧。
鑑真。
最澄。
空海。
そのほか名の残っている入唐僧。
どこから出航したか。
どこへ着いたか。
何隻で出たか。
何隻戻ったか。
途中で船団から消えた船はないか。
漂着した者はいないか。
帰国した者が「別の船は沈んだ」と証言していないか。
寺に残る記録だけではない。
公家の日記。
古い縁起。
僧侶の伝承。
港町に残っている話。
「記録と噂と記憶を、分ける必要はない」
渡辺が眉をひそめた。
「噂まで拾うのですか」
「拾う」
少弐は即答した。
「ただし、横に書いておけ。これは記録、これは寺の言い伝え、これは漁師の噂、と」
本当かどうかは後で判断すればいい。
最初から捨てれば、それまでだった。
シレトクは少弐の書いた地名を見た。
「対馬、博多、五島……ずいぶん広いぞ」
「だから船衆にも聞かせる」
少弐は地図を広げた。
日本から大陸へ伸びる海路。
古い時代には朝鮮半島沿いを行った。
後には東シナ海を横断した。
時代によって道が違う。
「一番欲しいのは、ここだ」
少弐が指で印をつけた。
出航記録はある。
しかし――
到着記録がない。
別の場所にも印をつける。
船団の他船は帰った。
しかし――
一隻だけ消息がない。
「こういう船を探す」
渡辺が理解した。
「沈んだ可能性のある船だけを絞るのですな」
「そういうことだ」
少弐は頷いた。
海老屋が造っている引揚船が完成してから調査を始めるのでは遅い。
船が出来るころには、
どこの海へ行き、誰を訪ね、どの岬から何里のところを探すか
まで決めておきたい。
渡辺とシレトクはその日のうちに動き始めた。
吉田兄弟へ話を通す。
順慶にも協力を求める。
寺院や古記録に詳しい者を紹介してもらう。
一方、兵庫津を出入りする船衆には、対馬、博多、五島、朝鮮方面へ向かう者がいるたびに同じ問いが託された。
昔の船が沈んだ場所を知らないか。
清盛館にも少しずつ古い記録が集められ始めた。
遣隋使。
遣唐使。
鑑真。
最澄。
空海。
そのほか、名も残らなかった無数の渡海僧。
少弐は夜になると、それらを一枚の海図へ書き込んでいった。
赤い印は遭難。
黒い印は漂着。
丸印は出航地。
そして消息不明の船には、何も塗らない小さな印を置いた。
まだ海老屋の引揚船は完成していない。
まだ仏像一体、見つかってはいない。
そもそも海底に比叡山が望むようなものが眠っている保証すらない。
それでも少弐は楽しそうだった。
大穂田では偶然、海底の船を見つけた。
今度は違う。
記録を読み、人の記憶を集め、沈んだ船をこちらから探しに行く。
兵庫津の清盛館で、後に各地の海へ広がっていく古代沈没船探索が、静かに始まった。




