牛の行列
春の街道に、不思議な行列が現れた。
先頭を歩くのは、大きな象。
その後ろには韓牛、坂東牛、水牛が幾重にも連なり、それぞれが荷車を曳いている。
荷車には、笠間の山から掘り上げられた栗の若木が、根を藁で包まれ、大切に積まれていた。
街道沿いの村人たちは思わず足を止める。
「戦支度か?」
「いや……木だ。」
「牛が山を運んでおる。」
子どもたちは歓声を上げ、老人たちは感心したように頷いた。
笠間では兄・真壁幹久が野栗の品種改良を始めていた。
実の大きい木、病に強い木、豊かに実る木だけを残し、それ以外は間引く。しかし若木だけは切り捨てなかった。
「兄は木が余る。」
「弟は木を欲する。」
幹久のその一言で、農業公社は坂東中の役畜を総動員した。
韓牛は長い街道を黙々と荷車を曳き、坂東牛は交代しながら隊列を支える。
ぬかるみでは水牛が車輪を力強く引き抜き、象は巨木や何台もの荷車をまとめて曳いて進んだ。
笠間から石岡を経て北浦まで、街道は見渡す限り牛の列で埋め尽くされる。
牛の吐く白い息。
車輪の軋む音。
象の低い鳴き声。
土煙を上げながら続く長い隊列は、まるで一本の川が大地を流れるようであった。
人々はこの壮大な輸送隊を、いつしか「牛の行列」と呼ぶようになる。
それは兵を運ぶ軍勢ではない。
木を運び、未来を育てるための行列であった。
数日後、北浦の牧場では、運ばれてきた栗の若木が一本また一本と植えられていく。
やがて冬の北風を防ぐ防風林となり、秋には人と家畜を養う実りをもたらすことを願いながら、人々は土を踏み固めた。
植林を終えた幹久と幹永の兄弟は、久しぶりに笠間稲荷へ参拝した。
笠間氏の居城を望む境内には、穏やかな春風が吹き抜けている。
石段に腰を下ろした幹永は、大きく息を吐いた。
「ようやく一息つけますな、兄上。」
幹久も苦笑した。
「木を植えるより、運ぶほうが骨が折れた。」
二人は境内から見える栗林を眺める。
幹永が静かに口を開いた。
「そういえば、琉球芋ですが……。」
幹久は頷いた。
「評定では、あえて話さなかったな。」
「ええ。」
幹永は小枝で地面に畝を描いた。
「収穫は申し分ありません。人も家畜も養えます。しかし寒さだけはどうにもなりません。」
「北浦でも冬は藁を厚く掛け、畑を守らねばならず、土地によっては囲いまで必要になります。」
幹久は腕を組んだ。
「無理に坂東中へ広げる作物ではないということか。」
「その通りです。」
「暖かな土地ほど力を発揮します。」
幹久はゆっくり頷いた。
「ならば、大掾殿の下総と、宍戸殿の霞ヶ浦湖畔に託そう。」
「あの辺りなら北浦より温暖だ。栽培も広げやすい。」
幹永も笑みを浮かべた。
「私は北浦で韓牛、水牛、防風林を育てます。」
「琉球芋は大掾殿と宍戸殿に任せるのがよいでしょう。」
幹久は立ち上がり、笠間の山々を見渡した。
「土地には、それぞれ向いた役目がある。」
「栗は笠間。」
「琉球芋は暖かな南。」
「韓牛は坂東全体。」
「水牛は北浦で研究を重ねる。」
幹永も兄の隣に立つ。
「氏治様は百年先を見ておられます。」
「ならば我らは、その百年の土台を築くだけです。」
兄弟は笠間稲荷へ深く一礼すると、それぞれの持ち場へと歩き出した。
一方は品種を育て、一方は牧場を育てる。
兄弟の歩みは違えど、その先に目指す坂東は一つであった。




