百年の国づくり
新年を迎えた小田城には、宇都宮尚綱、結城、小山、真壁、宍戸、大掾、鹿島、水戸頼治をはじめ、坂東諸将が一堂に会していた。末席には福建商人の陳猛哲、モンケ、ルソンとシャムの傭兵団代表も列席し、新しい一年の方針を定める評定が始まる。
この時、氏治はまだ十四歳であった。
一通り各地の報告が終わると、氏治は静かに立ち上がった。
「今年は、坂東が次の百年へ進むための土台を築く。」
家臣たちの視線が氏治へ集まる。
まず氏治は一枚の書付を広げた。
「朝廷や将軍家への公文書は従来どおり元号を用いる。しかし坂東の政務、兵学館、築城、農業、商取引、研究記録には西暦を併記する。」
紙には、
『弘治元年(西暦一五五五年)』
と記されていた。
「元号は変わる。しかし年月の積み重ねは変わらぬ。学問も技術も、記録があってこそ進歩する。」
諸将は静かに頷いた。
続いて侍従たちが漆塗りの箱を運び込む。
中には土浦の工房で製作された箱時計が収められていた。
規則正しく時を刻む音が評定の間に響く。
「異国の時計をもとに、土浦の職人が研究を重ねて作り上げた箱時計である。まだ数は少ないが、十分実用に耐える。」
氏治は一台を手に取った。
「西暦が年月を記すなら、時計は一日を記す。」
「宇都宮は軍の交代に、真壁は農業公社に、宍戸は築城奉行所に、大掾は行政に、鹿島は港の荷役に、水戸頼治は奉行所に、兵学館は授業に用いよ。」
「時を揃え、記録を揃える。それが坂東の力となる。」
諸将は恭しく箱時計を受け取った。
評定はさらに海の話へ移る。
氏治は鹿島政道へ命じた。
「陳猛哲殿の交易網、そしてルソン、シャムとの繋がりは十分育った。次は朝鮮だ。」
「朝鮮に坂東商館を設けよ。」
「商館は坂東の海外出先機関とする。坂東の品を展示し、販売し、注文を受け、倉庫を置き、商人を宿泊させ、情報を集める。坂東の海の窓口となれ。」
陳猛哲も頷く。
「福建商人の伝手を使えば、現地商人との橋渡しはできましょう。」
フェルディナンドも続けた。
「航路の護衛は我らが引き受けます。」
氏治はさらに命じる。
「朝鮮商館には、もう一つ重要な役目がある。」
「韓牛の調達だ。」
評定の間が静まり返る。
「朝鮮の農家と長期契約を結び、毎年優れた韓牛を一定数買い取る仕組みを築け。」
「商館は牛の売買だけではなく、農家との信頼を積み重ねる窓口ともなる。」
真壁幹永が頷いた。
「それなら毎年安定して良い種牛を迎えられます。」
氏治は幹永の飼育記録を手に取る。
「幹永の一年にわたる試験飼育により、韓牛は坂東の風土によく適応し、繁殖にも優れることが分かった。」
「これより韓牛を坂東の最重要資源の一つと定める。」
「北浦だけでなく、大掾領下総、宍戸領の霞ヶ浦湖畔にも繁殖牧場を設けよ。」
「農業公社は西暦で血統、繁殖、乳量、肉量、役牛としての能力まで記録し、百年先を見据えて坂東牛を育てる。」
幹永は深く頭を下げた。
「必ず坂東牛を完成させてご覧に入れます。」
氏治は穏やかに微笑んだ。
「急ぐものではない。一代ではなく、百年の事業だ。」
そして最後に、水牛についても方針を示した。
「水牛の研究は続ける。」
「しかし現状では、シャムから大量に導入することは容易ではなく、下野への将来的な普及も考えれば、韓牛ほどの適性はまだ確認できていない。」
幹永も同意する。
「北浦では成果を上げておりますが、寒冷地への展開にはなお研究が必要です。」
氏治は頷いた。
「よって、水牛は幹永の専門事業として継続する。」
「北浦を研究拠点とし、越冬法、繁殖、役畜としての能力、乳や革の利用まで引き続き記録せよ。」
「成果が積み重なれば、その時改めて坂東全体へ広げればよい。」
評定は静まり返る。
氏治はゆっくりと諸将を見渡した。
「今日決めたことは、どれも明日結果が出るものではない。」
「西暦も、時計も、商館も、韓牛も、水牛も、すべて百年先の坂東を築くための礎である。」
「我ら一代で完成せずともよい。次の代、そのまた次の代が積み重ねられる仕組みを残そう。」
その言葉に、居並ぶ諸将は一斉に頭を下げた。
こうして新年の坂東評定は、戦の勝敗ではなく、時を記録し、海を結び、家畜を育て、未来へ知識を受け継ぐ「百年の国造り」を柱とする評定として、後に坂東史の大きな転換点として語り継がれることとなった。




